永守、孫、三木谷、柳井…カリスマ経営者と日本企業を悩ます「後継」問題

勇退後も会社を永続できる名経営者像とは?
2021年07月26日 06:00
ジャーナリスト
  • 強烈なリーダーシップを発揮してきた創業経営者の後継者問題を考える
  • オーナー経営者には「起業家」「事業家」「名経営者」の3タイプが存在
  • 一線から退いた後も会社を永続させる「名経営者」に最も近いのは?
記者会見した永守氏(右)と関氏(写真:東洋経済/アフロ)

「(CEOの座から離れることに)葛藤はあったが、寂しさを断ち切った。後継に渡さないと会社はこれ以上伸びないとの思いもある」
裸一貫で起業し、日本電産を世界トップのモーター会社に育てた永守重信会長(76)がCEO(最高経営責任者)の座を今年6月22日の定時株主総会後、関潤社長(60)に譲った。総会後に記者会見した永守氏はこう語った。

日本電産は1973年の創業以来、すべての経営判断を永守氏が担ってきた。同社の2021年3月期の売上高は1兆6180億円。これからEV向け車載モーター事業を強化して30年に10兆円の売上高を目指している。組織が巨大化していく中、すべての判断を永守氏に委ねる体制では、さらなる飛躍が期待できないと永守氏は考えたのであろう。意思決定の手法を含めて、仕事の進め方を大きく変えると同時に、人材育成・評価の手法も変えていかなければならなくなった。

業種や事業規模の大小にかかわらず、強烈なリーダーシップで組織をけん引してきた創業者が引退局面を迎えた会社がさらに進化していくためには、意思決定や執行の在り方を時代と戦略に合わせて変えていくことが重要となる。しかし、今の日本においてはこれが簡単ではない。その大きな要因が「後継者難」だ。永守氏もCEO交代が「7年くらい遅れた」と言う。当初は70歳くらいを目途に経営のバトンを渡そうと、13年から後継と目される外部人材を招聘してきたが、潜在能力はあっても会社が苦難に直面した時にそれを乗り越えられる人材がいなかったそうだ。

昨年、関氏を日産自動車からヘッドハントした。「彼でダメだったら10兆円はいかない」と永守氏は言い切り、能力、人格の両面でお眼鏡にかなう人材がやっと見つかった。

オーナー経営者を3タイプに分類

日本電産と並んで、国内で多くの人が知る有名企業で勢いのある会社と言えば、ソフトバンクグループ、楽天グループ、ファーストリテイリングといったところだろう。永守氏、孫正義氏(63)、三木谷浩史氏(56)、柳井正氏(72)。いずれのトップも歯に衣着せぬ発言でメッセージを社内外に訴える発信力を持つ。

孫正義公式フェイスブックより

強烈なリーダーシップを発揮する「オーナー」4人の中で対外的に後継者を明らかにしているのは日本電産のみだ。後述するがこの点は重要だ。この4人はどんなリーダーなのか、筆者の独断によって分類してみようと思う。自ら会社を興した創業者には、「起業家」「事業家」「名経営者」の3タイプがいると筆者は考えている。

まず「起業家」とは単に会社を新たに興した人物のことではなく、既得権や既成概念と対立しながらこれまで世の中に存在しないような新技術や新サービスを新たに生み出し、社会に新たな価値観をもたらす人である。壮大な構想力の下、自ら生み出した技術やサービスが人々の暮らしぶりを変えてしまうことがある。

楽天の業績発表をする三木谷氏(楽天公式YouTubeより)

続いて「事業家」とは、合併や買収などのテクニックを駆使するのがうまく、すでにある技術やサービスなどをうまく組み合わせてビジネスを拡大していく人である。もちろん起業家と同様にリスクテイクして新しい会社を作ることもあるが、それはむしろ買収や合併の受け皿としての会社だ。会社をゼロから興したわけではないが、親の会社を受け継ぎ、その業態を変えたり、業容を拡大させたりしている二代目社長も「事業家」の範疇に入るだろう。

最後に「名経営者」とは、自分が経営の第一線から退き、死後も会社を永続させる仕組みを作った人のことだ。評価は後世に定まるのかもしれない。

信長と龍馬は起業家タイプ

戦国武将にたとえると分かりやすい。織田信長は「起業家」ではないだろうか。半農だった武士を専業にしたり、集団戦で鉄砲を使う戦術を編み出したり、戦国大名のイメージを完全に打ち壊した。既得権を嫌って信仰崇拝の対象であった比叡山延暦寺を焼き打ちにし、楽市楽座も行った。

豊臣秀吉は「事業家」である。信長から受け継いだものをベースに、巧みな交渉術で難敵の徳川家康を表面的に臣従させ全国を統一。しかし、「朝鮮出兵」という「買収戦略」に躓き、政権基盤が揺らぎ始め、自分の死後、豊臣政権は崩壊して事実上の一代限りであった。

徳川家康は「名経営者」である。自分の死後、200年以上続いた江戸幕府という組織体系を整えたからだ。

ちなみにベンチャーの創業者に人気の坂本竜馬は「起業家」ではないだろうか。「脱藩」という当時の既成概念から大きくはみ出した行動を取り、「薩長連合」を仲介して成立させたことが江戸幕府という「既得権」を打ち壊したことにつながったからだ。

「起業家」タイプは既得権と戦うために敵が多く野垂れ死にすることが多い。信長は家臣の明智光秀に殺され、竜馬も暗殺された。ビジネスの世界でもベンチャーは「センミツの世界」と呼ばれることがある。1000社設立して3社くらいしか成功しないというイメージからそう呼ばれるのだ。

これに対して「事業家」は着眼点と要領がいい。人たらしで、時には財界の長老も味方につける。起業家が失敗したビジネスを引き取りうまく軌道に乗せることもある。自分の会社の経営がやばいと思えば、すぐに方針転換もする。

「名経営者」は前述したように死後に評価が定まる。求められる資質が違う「三役」を一人でこなせた人物で、誰もが知る人を挙げなさいと言われれば、筆者は一人しか思いつかない。それは、松下幸之助氏だ。パナソニックをゼロから興し、途中、買収をしながら会社を大きくし、自分の死後も会社が存続する組織を作った。

ホンダを創業した本田宗一郎氏を挙げる人がいるかもしれないが、本田氏は藤沢武夫氏との二人三脚だったので、一人で「三役」をこなしたとは言い難い。

誰が最も「名経営者」に近い?

孫氏は「事業家」の範疇に入ると思う。出版やソフト販売などの創業時のビジネスは世間になかった「商売」ではない。携帯電話ビジネスも買収戦略で大きくなった。孫氏がこれまでの世の中になかった技術やサービスを生み出したわけではないが、着眼点と要領の良さで事業を拡大させてきたように見える。

三木谷氏は黎明期に国内でネット通販ビジネスを起業し、その成功に乗じて金融、旅行事業などを買収し、スポーツビジネスの領域にも進出した。「起業家プラス事業家」といったところか。

柳井氏は家業の洋服店を継いだものの、日本のアパレルに製造小売りという新たな概念を持ち込み、日本人のファッションに関する価値観を変えた。買収や戦略的提携でも事業を拡大させている。三木谷氏と同じ範疇に入るだろう。

柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長(写真:AFP/アフロ)

では4人の中で誰が最も「名経営者」に近づいているのかと言えば、それは永守氏であろう。組織永続のための条件の一つと言える、実力のある後継者を見出し、自分が経営の第一線を退いているであろう10年先の計画まで公表している。そればかりか、すでに「新50年計画」も策定し、自社が今後どうなりたいかの長期ビジョンを作った。

断っておくが、「起業家」「事業家」「名経営者」のどれが良い悪いと言っているわけではない。求められる資質が違うということだ。活力ある企業社会を構築させるためには、様々なタイプがいた方が面白い。

 

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