なぜ中国は輸出規制で失敗したのか?戦略学が教える「逆説的論理」

「平和ボケ」日本人が忘れてしまった重要点
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 筆者が翻訳したルトワック氏の戦略論の考え方を歴史的事例をもとに紹介
  • 「戦略」を立てるにも日本人が忘れがちなのは「相手の存在」
  • チャーチルがなぜ部下を批判したか。中国が対日貿易規制で失敗したこととは

日本人に有益な「戦略論」

「戦略」という言葉を聞くと、みなさんは一般的に

「何かものごとを実行するときに必要となる、準備やプラン、方策、企みのこと」

というニュアンスの意味を思い浮かべるかもしれない。

この言葉はいまでは広くビジネスなどの分野でも使われているが、本来は読んで字の如く「戦い」に関するものであり、必然的に軍事や戦争の意味合いが強いものだ。

ルトワック氏(DLuttwak /Wikimedia:CC BY-SA 3.0)

私はひょんなことからこの「戦略」というものを学問的に学んできた人間だが、そのおかげでエドワード・ルトワックという世界的な戦略論の大家と親しくさせていただき、何冊か彼の本の翻訳をさせていただいてきた。

今回もまた『ラストエンペラー習近平』という新刊を文春新書から出版させていただいたのだが、ここで出てくる彼の軍事系の戦略についての考え方は、われわれ日本人にとって実に有益なものだと私は確信している。

なぜ有益なのか? その理由について簡潔に紹介してみたい。

成功が失敗につながるパラドックス

日本は幸いなことに戦後75年以上、どこかの国と「戦争」はしていない。これはこれで実にありがたいことではあるのだが、ゆえに戦略論における最も大事な要素を忘れてしまっているような気がしてならない。

それは、ルトワックのような戦略論の大家たちが口を酸っぱくして強調する「相手の存在」である。

たとえば日本が突然どこかの国から軍事的に攻撃を仕掛けられたとしよう。政府はそれを受けて、こちらがとるべき「次の一手」を考えることになるのだが、ここで重大な問題が発生する。

それは、もしこちらが仕掛ける「次の一手」が本当に効くのかどうかは、実は誰にもわからないという点だ。

さらにやっかいなのは、もしこの「次の一手」が成功したとして、また同じ手が相手に通用するかといえば、その成功の保証は一切ないことだ。むしろ「次の一手」が成功すると、それが成功してしまうことによって、それが逆に失敗につながる(!)こともありえるのである。

なぜチャーチルは部下を批判したか

チャーチル(Andrew_Howe /iStock)

一体どういうことか。ルトワックがよく使っている、本当にあった実際の例で説明しよう。

1941年(昭和16年)といえば、日本では12月に真珠湾攻撃の開始によって対米戦争が本格的に始まった年だが、欧州のほうではすでに3月の時点で、イギリスがドイツに対して爆撃機で空爆(空襲)を開始していた。

その年の9月にイギリス空軍のトップを務めていたチャールズ・ポータル元帥は、時の宰相であったウィンストン・チャーチル首相に対してある計画書を手渡している。そこには、

「最新鋭の爆撃機400機があれば、半年以内にドイツに勝てます」

と書かれていたのだが、チャーチルはこれを痛烈に批判している。なぜならそこには「相手の反応」についての配慮が少なかったからだ。

実際にイギリスは後にアメリカと共同で、ハンブルグやドレズデンに空爆を仕掛けて成功しているのだが、奇妙なことに、空爆を仕掛けられた地域の軍需工場の生産力などは、焼きだされた地域であるにもかかわらず、むしろ上がってきているのだ。

なぜかといえば、普段は工芸品や馬具、電化製品などをつくっていた工場が焼き出されてしまい、技術はあるが職を失った人々が働き場所を求めて、唯一稼働している軍需工場で一斉に働き始めたからだ。

つまり空襲を受けたことで、ドイツの一般国民の平時の生活は完全に破壊され、生活が「戦時モード」に切り替わったのだ。

これをイギリスとアメリカの連合国側から見れば、「攻撃したら相手が強くなった」ということにもなる。

「リアクション」考慮してこその戦略

なぜ戦争や軍事では、このように本来こちらが計画した通りに行かない、いわば逆説的な事態が発生するのだろうか?

それは戦略における実にシンプルな現実として「相手が存在する」からだ。

この「相手」という存在は、アクションをしかける自分たちに対して、必ずリアクションをとる。

つまり、こちらが相手を破壊・殺害しようと色々と仕掛けても、相手は単なる標的のように動かない存在ではなく、「殺されまい」として攻撃を必死に避けたり、あるいはその動きを利用してカウンター攻撃をしかけたりしてくるのだ。

中国が陥った「逆説的論理」の罠

戦争でなくとも、国際関係や外交においても同じような現象が発生することがある。

たとえば2010年の尖閣諸島沖の漁船衝突事件において、海上保安庁が中国漁船の船長を逮捕し、北京政府がその対抗措置として日本に対してレアアースの輸出を禁止したことを覚えている方も多いだろう。

SCM Jeans/iStock

ところが北京側のアクションは、日本側のリアクションをあまり想定していなかったため、結果的に失敗に終わった。日本がそこからレアアースに代わる代替品の開発などを必死に進め、中国のレアアースの輸出への依存を減らすようにしたからだ。

結局のところ、中国のレアアース業界は2014年に赤字を出し、北京政府は2015年にWTOで敗訴してレアアースの輸出規制を全面撤廃せざるをえなくなっている(参考:「日本はどうやってレアアース紛争で勝利したのか」東亜日報)。

戦略の実行には、こちらのアクションには、必ず相手のリアクションが発生するということを考慮する必要がある。中国はどこまで考えていたのかはわからないが、日本からのリアクションを深く考えることなく輸出規制を開始してしまったようだ。

ルトワックの戦略論が教えているのは、「リアクションをしてくる相手の存在を忘れてはならない」ということだ。

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地政学・戦略学者/多摩大学客員教授

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