「鬼滅の刃」“柱”の流儀 ② 蟲柱 胡蝶しのぶ

毒の刃を笑顔に隠す
大東文化大学社会学部社会学科助教/心理・キャリアカウンセラー
  • 鬼滅の刃の女性剣士「蟲柱(むしばしら)」胡蝶しのぶの強さとは
  • 家族を鬼に殺されたという怒りはベルソナに隠し、常に笑顔を貫いた
  • 女性であるという特性を理解し、他の剣士とは違う戦い方を見出した

「鬼滅の刃」の作品の中で2番目に出てくる“柱”(鬼殺隊最高位の剣士)は、「蟲(むし)柱」の胡蝶(こちょう)しのぶ。「蟲の呼吸」の使い手で、コミックでは、6巻の表紙を飾っています。

女の子好きな我妻善逸(あがつまぜんいつ)からは「顔だけで飯食っていけそう」と評されるほど、美しくたおやかな女性の柱です。鬼殺隊で唯一、鬼の頸(くび)を落とせない柱で、鬼を倒す薬を開発したエキスパートでもあります。アニメでは、早見沙織さんが声優を務め、しのぶの穏やかで優しい雰囲気にも関わらず笑顔に隠された少し怖い側面を、見事に表現されています。

JakeOlimb/istock

鬼殺隊の美しき女性剣士  胡蝶しのぶ

胡蝶しのぶは、薬学や医学に精通しており、「蝶屋敷」といわれる鬼殺隊専用の医療施設で怪我人や病人の治療と療養を行っています。しのぶは炭治郎が遭遇した2人目の柱で、炭治郎が胡蝶しのぶに初めて会ったのは、那田蜘蛛山での戦いの終盤です。炭治郎が鬼となった妹の禰豆子を連れていることを、胡蝶しのぶが“隊律違反”であると諫めたときのことです。

全ての柱が鬼殺隊本部に集う柱合会議で、禰豆子の存在は認められることとなり、怪我をしていた炭治郎は蝶屋敷に引き取られました。そこで、炭治郎は善逸と嘴平伊之助と再会を果たします。ここで怪我の治療と機能回復訓練が行われ、炭治郎たち3人はのち「全集中・常中」を身につけることになります。この機能回復訓練はあまりに厳しく、途中、善逸と伊之助は訓練に参加しなくなりました。

やる気を無くしている彼らのモチベーションを高めたのがしのぶでした。伊之助には「できないなら仕方ないですね」とプライドを擽り、善逸には「一番応援している」と手を握り、やる気にさせたのです。しのぶは観察眼と洞察力が高く、その人に合った方法でアプローチすることができるのです。全ての人に同じやり方では通じません。その人の個性に合った形で指導できることは、リーダーとしての資質の高さを伺わせます。これは人を導くときにとても大切な姿勢です。

14歳からリーダシップを発揮

蝶屋敷にいるのは女性しかいません。屋敷の主人であるしのぶを筆頭に、継子の栗落花カナヲ、鬼殺隊最終試験に合格はしたものの後方支援に徹する神崎アオイ、仕事に従事する幼いきよ・すみ・なほたちです。皆が役割分担をしながら協力しあって生活をしており、それがよく機能しています。

蝶屋敷では、鬼によって不幸になった女の子たちを家族にように支え、仕事を与えることで役割を持たせ、自立・自律を促しています。蝶屋敷はさながら女性シェルターのような、女性のために用意した職場のようなニュアンスがあります。現代の女性支援のあり方にも通じる様です。

Kommercialize/istock

しのぶは最初から主であったわけではありません。14歳の時に、柱をしていた姉のカナエが亡くなり、一家を支える家長となったのです。姉のカナエがそうしたように、しのぶも蝶屋敷のみんなを本当の妹たちのように可愛がり、愛情を注いでいます。姉が亡くなる時、「しのぶの笑顔が好きだ」と残した言葉を胸に、姉が亡くなった日以来、どんなに苦しくても、悲しくても、笑顔を絶やしていません。姉の葬儀のとき以外は。14歳は今で言うと中学生です。大正時代では、14、15歳での自立は当たり前かもしれませんが、しのぶの力量の高さと懐の深さには、頭が下がります。

柱とは、鬼殺隊の最上位ではあるものの、チームを率いるリーダーではありません。柱の中でも、最もリーダーらしい役割を担っているのは、しのぶでしょう。弱冠18歳で組織を率いるリーダーの役割を見事に成し遂げているからです。

蝶屋敷のメンバーは、家員でありフォロワーであり、しのぶというリーダーの元に活動しています。それはしのぶの責任感と役割認識力の高さ、姉・カナエの遺志を引き継ぐ使命感から成立していると考えられます。

悲しみを隠し笑顔を貫く

カナエとしのぶ姉妹の両親は鬼に殺され、二人は悲鳴嶼行冥(岩柱)に助け出されて鬼殺隊員となりました。姉のカナエが先に蟲柱となりましたが、のち上弦の鬼に殺されています。残されたしのぶは鬼に対する嫌悪と怒りを笑顔の裏に押し隠しながら、蝶屋敷を運営しているのです。

こうしたしのぶの笑顔は「ペルソナ(仮面)」だといえます。「ペルソナ」とは、分析心理学を創始したユングによる概念で、社会的に適応するために表現する「外側の自分」を示します。人はだれも皆、幾つかのペルソナを持って生活をしています。学校での自分、会社での自分、家族の前での自分といった、状況や役割に適した仮面を被った「顔」を持っています。

女性は、外面的に「女性らしさ」を強調する仮面を被りますが、内面は男性的であったり、ネガティブな感情を内に秘めていたりするものです。悲しくとも辛くとも、笑顔を貫くしのぶの“仮面”は硬く厚いのです。普段は、しのぶの表情からは、菩薩のような笑顔と優しさしか受け取れないでしょう。そんなしのぶから、隠された怒りを察知したのは、炭治郎です。優れた嗅覚によって感情を感じとることができる炭治郎は、しのぶの匂いに「怒り」を感じます。

炭治郎

「怒ってますか? なんだかいつも怒っている匂いがしていて ずっと笑顔だけど…」

しのぶ

「そう…そうですね 私は いつも怒っているかもしれない。 鬼に最愛の姉を惨殺された時から 鬼に大切な人を奪われた人々の涙を見る度に 絶望の叫びを聞く度に 私の中には怒りが蓄積され続け膨らんでいく」

(第50話「機能回復訓練・後編」より)

炭治郎にそう語りながら、自分の心にある違和感を認識したしのぶ。

姉のように鬼を哀れむことができないことを、吐露し始めます。姉が望んでいることだから、自分もその想いを継がなければいけないと、笑顔を絶やさず頑張らなければいけないと、自分自身を縛っていたことに気づきます。

それはペルソナに亀裂が入ったような感覚で、しのぶが被り続けてきた仮面を剥がす準備となっていきます。

ペルソナとは、生活の中で欠かせない役割意識や常識的な対応をすることに役立ちますが、ペルソナがあまりに強固で厚すぎるのであれば、それは次第に自分を疲れさせます。

炭治郎に心の重荷を託すことができると理解したしのぶは、心が少し楽になっていき、ペルソナの厚みが変化していきます。

「任せる」「託す」ことは、リーダーとして重要な取組みです。全てを自分ひとりではできないことを自覚し、人に任せることができれば、自分の仕事の幅も広くなっていくからです。

力の使いどころを工夫した日輪刀

しのぶの日輪刀は、少し形状が変っています。刀というよりサーベルに近く、斬るのではなく、“刺す”様式になっています。この刀は藤の花の成分から、鬼を倒すことができる毒薬を精製して刀に仕込むことに成功したものです。

鬼を倒す毒をつくり出したとき、しのぶは考えました。鬼舞辻無惨やカナエを殺した、上弦の弐(童磨)を倒す方法を。しのぶが出した答えは、自分を毒の塊にして相手に取り込ませることでした。こうして、弱った鬼の頸(くび)を、確実に斬ってもらう。これは実にしのぶらしく、自分の力の使いどころを理解した結論の出し方だといえます。

さらに、鬼の珠世(たまよ)との共同実験によって、毒の威力をあげて使用しました。珠世もしのぶも執念は同じ。同じ方法を用いて、無惨や童磨を追いつめて行ったのです。

このように、しのぶが薬学や医学に造形を深めたのは、姉のカナエが鬼に殺されたこともありますが、同時に己の非力を見極めているからでもあります。自分の腕力では、鬼の頸を切り落とすことはできないと判断したのです。彼女は他の柱たちとは違う戦い方を生み出した唯一の柱なのです。

このように創意工夫する視点と努力は、自らが女性であることの特性を理解しつつ、自分に合った方法を見つけることに繋がりました。諦めるのではなく、嘆くのではなく、投げやりになるのではなく。違う方法を探しだし、無ければ生み出すという、しのぶのバイタリティーは、現代女性にも影響を与え得るものでしょう。

硬いペルソナを自ら剥がす

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しのぶは童磨と対峙する時、幾つかの会話をします。この時、しぶのが覆っていたペルソナは見事に取り外されます。

剥き出しの怒りと、軽蔑の念を叩きつけたのです。これが功を奏しました。

童磨「俺は信者たちの想いを 血を 肉を しっかりと受け止めて救済し高みへと導いている」

しのぶ「正気とは思えませんね 貴方 頭大丈夫ですか? 本当に吐き気がする」

(第141話「仇」より)

童磨「ねぇ しのぶちゃん ねぇ 俺と一緒に地獄へ行かない?」

しのぶ「とっとと くたばれ 糞野郎」

(第163話「心あふれる」より)

この最後の言葉は笑顔で放ちました。ペルソナではなく心からの笑顔です。念願が叶い、後悔はなく、潔く死ぬ覚悟ができていた笑顔。最後に、ペルソナではなく心からの言動がとれたことで、しのぶは満足しました。

自分の仮面は、自分で外すことができると、しのぶは教えてくれたのです。

しのぶは怒りの矛先を違えない、優しく強く逞しい女性でした。鬼によって不幸になる家族を無くすために立ち上がり、身を挺していった。実にレジリエンス(再起力)の高い、女性に人気のキャラクターであることがよく解ります。

『「鬼滅の刃」流 強い自分のつくり方』(アスコム刊)では、別の視点から優しく強くなれる方法を解いています。読み合わせていただければ幸いです。

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大東文化大学社会学部社会学科助教/心理・キャリアカウンセラー

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