“パラリンピック中止論”をどう見るか?乙武さんに聞いてみた
「障害者を軽んじているという見方は出てくる」- 爆発的な感染拡大のなか、パラリンピック中止論が浮上。乙武洋匡氏に聞く
- 判断基準なしの中止なら「障害者を軽んじているという見方は出てくる」
- パラスポーツには車いすバスケなど、純粋に観戦を楽しめる競技も少なくない
東京五輪の閉会式は8月8日。約2週間後の8月24日には、パラリンピック開会式を予定している。東京では「経験したことのない爆発的な感染拡大(都モニタリング会議)」が続くなか、すでにパラリンピック中止論が浮上し始めている。
“8割おじさん”こと京都大学大学院医学研究科の西浦博教授はこのまま感染拡大が続いた場合、「『有観客』以前に、開催にこぎつけることが出来るかどうか、非常に厳しい状況だと言わざるを得ません」と発言。内閣官房参与の岡部信彦氏も「一般医療にしわ寄せがいくような状況になれば大会の中止も検討するべき」との考えを示しているほか、政治学者の姜尚中氏もパラ中止を提言した。
オリンピックは開催してパラリンピックは中止するというこの判断について、作家の乙武洋匡氏に見解を聞いた。乙武氏自身は差別とは思わないというが、そういう見方をする人が出てきても仕方ないと指摘する。
「パラリンピック中止という意思決定をする人のなかに、障害者を差別するとかパラスポーツを軽んじるとかっていう意図はないと思います。ただ、本来であれば五輪開催についても『こういう場合は開催して、こういう場合は開催しない』という基準を作るべきだった。そうした判断基準なしにパラだけ中止となれば、障害者を軽んじているという見方は当然出てきてしまうと思います」
パラリンピック中止論が生まれる理由は、放映権料に尽きると考えている。
「オリンピックは、あれだけ国民的な反対があっても、目をつぶってアクセルを踏み続けた。それは放映権料の問題があったからだと思います。パラリンピックの放映権料は五輪に比べて決して高くはない。ある意味、『感染防止のために中止したほうが良い』という理性的な判断がしやすいのかもしれません」
とはいえ、放映権料が安いのは「見る人が少ない」ということを意味している。
「24時間テレビ」以外の障害者像
パラリンピックを開催する意義については、こう語った。
「これまで日本では障害者スポーツというと、24時間テレビに代表される『お涙頂戴的な話』がほとんどでした。同情的か、あるいは哀れで気の毒な存在という見方です。パラリンピックによって、障害者が社会のなかで普通に活躍する存在として認知されるようになれば、障害者といっても一口ではくくれない存在なのだと示せる良い機会になると思います。もちろん、障害のある人がみんな前向きに活躍できるというわけではなく、色々な人がいるなかの一部ですが」
近年は漫画作品『リアル』(井上雄彦・作)で車いすバスケが描かれるなど、パラスポーツはかつてほど遠い存在ではなくなりつつある。テレビ映像であっても、目に触れる機会が増えれば、心理的な距離感はもっと縮まるかもしれない。
「パラスポーツのなかには、なかなか面白さが伝わりにくいものもあるのは事実です。それでも、たとえば車いすバスケや車いすラグビーなどは、ゴールデンタイムの放送に耐えうるほど純粋に面白いコンテンツだと思います」
“障害者のスポーツ”というバイアスを取り外すことも重要だという。
「“スノーボード”という器具を使うスポーツはオリンピックの種目だけれど、“車いす”という器具を使うスポーツはパラリンピックの種目になる。この違いは何なのかと考えると、面白い議論ができるのではないでしょうか」
大学サークルのなかには、健常者が混じって楽しむ車いすバスケサークルもあるという。今回の五輪で新しく加わった混合ダブルスのように、テニスやバドミントンなどの種目では、健常者と障害者がペアを組む“混合ダブルス”も実現できたら面白いかもしれない。
「日本の教育現場では『分離教育』という制度が取られ、障害のある子とない子が別々に教育を受ける環境が続いてきた。そのため、障害者と接した経験のある人が先進国のなかでもとりわけ少なく、どう接していいのか戸惑ってしまう人が非常に多い。だからこそ、パラリンピックは障害者を身近な存在として感じられる良い機会になると思います」
オリ・パラを分ける必要はない
乙武氏は、以前からオリンピック・パラリンピックという垣根をなくし、一つの大会としてまとめることを提言している。
「マラソンで男女を分けたり、柔道で体重ごとに階級を分けるように、一つの大会で健常の部や車椅子の部など分けて競技したら良いと思います」
オリンピックの種目のなかに男子バスケ、女子バスケ、男子車いすバスケ、女子車いすバスケ、などが並列しているイメージだ。なかなか良いアイデアのようにも思える。
パラリンピック中止論については、著名人もツイートしている。
金子勝・慶應義塾大学名誉教授のツイート。
【手遅れになる前にパラリンピックはさらに丁寧な検討がいる】パラリンピック中止は障害者差別と決めつける人がいる。感染が命に関わる危険性を持つ障害者アスリートもいる。デルタ株の拡大の中で、世界から障害者を移動させ集めるのが正しい行動なのか、検討すべき時になっている。
— 金子勝 (@masaru_kaneko) August 2, 2021
岩田健太郎・神戸大大学院教授のツイート。
今考えられる最悪のシナリオはIOCと政府と組織委などのエゴで五輪は無理やり完遂させ、その間収集がつかなくなった感染対策のためにパラリンピックだけ犠牲にし、これだけ中止するものです。それはアスリートとして、いや人として絶対にやってはいけない禁じ手だと思います。
— 岩田健太郎 Kentaro Iwata (@georgebest1969) July 29, 2021
乙武氏の指摘する通り、パラリンピックには国民無視でゴリ押しするほどの経済的利益はないのかもしれない。それでも、開催する社会的意義は決して小さくないはず。パラリンピック開催の可否をめぐる問題は、日本社会の“不都合な真実”をあぶり出しているようにも見える。
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