東京オリンピックで初めて達成「10の出来事」#2 コロナ開催ならではのシーンも

政治亡命、話題の名解説まで
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授
  • 「10の出来事」後編は、テニス界の英雄の「蛮行」から
  • 体操女子米国選手の順大への感謝の背景、ベラルーシの陸上女子選手亡命劇…
  • 女子バスケ日本代表チームの快挙、女子マラソン中継で飛び出した「名解説」

「東洋の魔女」「男子マラソン、アベベの快走」「国立上空の五輪のリング」--。1964年東京オリンピックは半世紀が過ぎた今も、数々のエピソードが語り継がれている。となれば、今大会で達成された新記録や五輪史に残るエピソードも、多くの人々の記憶に刻まれるに違いない。「兄妹同日金メダル」「人口3万4000人の小国の初メダル」などを伝えた前編に続き、「初めての10の出来事」の後編を紹介したい(前編はこちら)。

⑥ テニス界の英雄、ジョコビッチがラケットを観客席に!

四大大会(グランドスラム)通算20勝の実績をひっさげて、東京大会に出場したテニス界のスター、ノバク・ジョコビッチ選手は4年に1度の金メダルを加える「ゴールデンスラム」を目指したが、あえなく準決勝で敗退。さらに格下を相手に3位決定戦でも敗れ、メダルなしの結果に終わった。

前代未聞のふるまいに出たのは大会9日目、7月31日の3位決定戦の一コマ。ジョコビッチはあろうことか、相手のショットを拾えず、勢い余って自分のラケットを観客席に投げ入れた。そのあともミスを連発。イライラしてラケットをネットにぶつけて破壊するなど、メンタルをコントロールできない場面が続いた。ラケットを観客席に投げ入れるという行為は、今大会が新型コロナウイルス禍により無観客になっていなければ実現しなかった。

ジョコビッチは大会2日目の24日の初戦を終え、「あまりの暑さと湿気、そして空気がこもっているせいで、両肩に重りが乗っているような感覚だ」「(選手たちは)常に脱水状態にある」と訴え、試合時間を遅らせるよう要望していた。ゴールデンスラムを達成できなかったのは東京の気温が影響した可能性もあり、「観客席のラケット放り投げ事件」は、2020大会のコロナ禍の無観客と東京の過酷な猛暑があったからこそのエピソードと言えよう。

⑦ 体操界の女王「順天堂に永遠に感謝します💛」感謝ツイート

今大会ほどトップアスリートの心の健康に注目があたったオリンピックはなかった。そのきっかけを作ったのは、2016年リオデジャネイロ大会4冠の米体操女子のエース、シモン・バイルス選手(24)が大会5日目の7月27日の団体女子決勝で途中棄権したことだ。

女子体操競技は東京大会もバイルス選手の独壇場になると思われた。しかし、この団体決勝の前日に、バイルス選手に空中での技を繰り出す際に演技と身体の区別が難しくなる「ツイスティ」という症状が発症。「メンタルヘルスを優先する必要がある」として、2連覇がかかった大会7日目の29日の個人総合も欠場した。

しかし、12日目の8月3日、最終種目となった平均台に復帰。「すべての金メダルよりも大きな意味がある」とする銅メダルを獲得した。実は、バイルス選手は「静かな環境」で回復できるようにひそかに、千葉県印西市にある順天堂大学の施設で練習していた。今大会を終えた後、自身のツイートにこう書き込んだ。

自分の技術を取り戻すために、個人トレーニングに来ることを許してくれた順天堂💛には一生感謝する。日本人は、私がこれまであった中で最も優しい人々だ

国際オリンピック委員会(IOC)によると、トップアスリートの約半数が睡眠障害、3人に1人が不安や「うつ」の症状を抱えているという。命を絶つことさえ考えるアスリートの心を寄り添うサポート体制がかつてないほど重要になっている。メンタル面で苦しんだバイルス選手と順天堂大学のエピソードはレガシーとして語り継がれるだろう。

⑧ 大会中の政治亡命、ベラルーシの陸上女子選手

今大会で、試合やメダル争い以外のエピソードで最も大きな騒動となったのが、ベラルーシ陸上女子チーム代表、クリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手(24)のポーランドへの政治亡命だろう。ツィマノウスカヤ選手は大会8日目の7月30日、最初の参加種目、100メートル予選に出場(予選落ち)した後、本人が「まさかこんな政治スキャンダルになるとは思っていなかった」と振り返るように人生が流転した。

ベラルーシは「欧州最後の独裁者」と言われるルカシェンコ大統領が、反体制派を徹底的に弾圧。トップアスリートさえも政権にたてつけば、迫害の対象となる。ツィマノウスカヤ選手はリレー競技の参加をめぐって、SNS上に不満を書き込んだが、そのことを発端に本国に「強制送還」されそうになった。

羽田空港へと向かう途中で、祖国にいる祖母から「ベラルーシに帰ってくるな」と忠告を受けて、空港の警察官に保護を求め、その後、ポーランドへの政治亡命を果たした。ベラルーシでは選手団の大会前半戦のふがいない成績にルカシェンコ大統領が激怒。ツィマノウスカヤ選手はそのスケープゴートとなり、帰国すれば投獄される恐れがあった。事実として大統領側近からは「裏切り行為で、卑劣なふるまい」との酷評や、「売女め」「くそ野郎が」「殺す時が来た」などと誹謗中傷のメッセージが寄せられていた。

ツィマノウスカヤ選手はポーランドに政治亡命後も現役続行を宣言した。2021年の真夏の出来事はその後も彼女を取り巻く人生を大きく変えることになるだろう。

⑨史上最大のジャイアントキリング

東京大会は日本選手団にとって史上最高の成績となった。しかし、競泳の瀬戸大也選手、桃田賢斗選手をはじめとするバドミントン代表チーム、体操の内村航平選手のように、金メダルの最有力候補とされる選手たちがあえなく予選の段階で敗退するなど、結果を残せなかった。この原因には、新型コロナウイルス禍による1年延期がトップアスリートの調整に深刻な影響をもたらしたことは否めないだろう。

しかし、そうした中で予想外のミラクルもあった。女子バスケ日本代表チームが格上のチームを次々にやぶるジャイアントキリング(番狂わせ)を演じ、大会最終日の8月8日の決勝戦にコマを進めた。世界ランキングトップで五輪6連覇中に米国に善戦したが、結局、銀メダル。それでもメダル獲得は女子バスケ界初の快挙だ。

ツイッターの大会公式アカウントは「誇るべき日本チーム。信じらないトーナメントを演じた」と銀メダルを称えた。

1964年大会は女子バレーボールチームが強豪ソ連をやぶり、「東洋の魔女」の異名をとどろかせた。史上最大のジャイアントキリングを演じた2020年大会の女子バスケットチームも、日本スポーツ界の金字塔として後輩たちに受け継がれるだろう。

⑩「アスリートよ、大志を抱け」の名解説

話題をさらった増田明美さん(公式サイトより)

今大会も数々の名言がお茶の間を沸かせた。その中の一つとして、大会16日目の8月17日に行われた女子マラソンのレース中に生まれた言葉を紹介したい。レースの解説を務めたのはロサンゼルスオリンピック女子マラソン代表でスポーツジャーナリストの増田明美さん。これまでの数々の大会でも、選手の好きな食べ物や彼氏がいるかどうかなど「細かすぎる情報」を伝え、視聴者の話題をさらい、この日もツイッターでトレンド入りした。

酷暑の中のマラソン種目は「アスリートファースト」を理由に、会場が東京から札幌に移された経緯がある。増田さんはレース中に、北海道開拓の父、クラーク博士が残した有名な言葉「Boys, Be Ambitious」(少年よ、大志を抱け)にひっかけて、「Athlete, Be Ambitious」(アスリートよ、大志を抱け)の名解説を行った。札幌に会場が移されなければ、増田さんの名言も生まれなかった。オリンピックの熱き戦いがコロナ禍でも敢行されたことを象徴する言葉として、「初めての10の出来事」の最後に付け加えたい。

【8日 13:30】 女子バスケ決勝の結果を受けて更新。

 
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

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