「大乱戦」横浜市長選、“選挙DX”で実のある選挙戦は実現できるか?
コロナ時代の“民意集約”は?- 横浜市長選が8日に告示。過去最多の8人が立候補の見通し
- 政局化して政策議論がおざなりになるか懸念。ネットに期待
- デジタル選挙事務所などの陣営や、落選運動の動きなど紹介
横浜市長選(22日投開票)はきょう8日、告示される。過去最多の8人が立候補する見通しで、現職に加え、前国務大臣が1人、知事経験者が2人も参戦と異例中の異例の「オールスター選挙戦」の様相だ。個人的に携帯電話の番号を存じている候補予定者や近しい応援者も複数いて、いくつかの陣営関係者からは当事者発信でSAKISIRUへの寄稿を要望いただくなど、「身近」に感じさせる出来事もあった。
ただ、創刊数か月の本サイトには身に余る光栄ではあるものの、丁重に辞退させてもらった。SAKISIRUとしてはもちろん、個人的にもあくまで中立の立場、是々非々で本選挙戦を折に触れて取り上げるつもりだ。
一つだけ気がかりだったのは、今回の横浜市長選はかつてないほど政局的な要素が強く、また、複雑な都市問題が問われるべきところを、IRの是非というマスコミが設定したシングルイシュー論争に終始する恐れがあることだ。そういうこともあり、ネットの議論を起点にして、生産的な「異論」が出てくるのか、期待もしているし、注目もしている。
デジタル選挙事務所、SNSで民意集約
候補者乱立の状況にあって、客観的な視点から個人的に「興味深い」陣営が複数ある。先述した通り、特定候補者を支持するために書くものでは全くないという断りをした上でのことだが、まず一人目は元自民党の衆議院議員で、内閣府副大臣も歴任した福田峰之氏だ。福田氏陣営は今回、リアルの選挙事務所を設けずに、“デジタル選挙事務所”を開設で臨む方針だ。もちろんポスターの証紙貼りなどの作業や打ち合わせなどに使う場所はあるようだが、街中に選挙事務所をどんと構えるという「定石」は取らないのだという。
国政時代の福田氏は、議員立法の官民データ活用推進基本法の成立に尽力。第2次安倍政権ではマイナンバー制度の担当大臣だった甘利明・経済財政担当相(当時)を大臣補佐官としてサポートするなど自民党の中堅議員の中でも「IT通」の一人だ。前回衆院選で落選後も浪人中に沖縄県内のウェブ専門学校で若者たちに混じってプログラミングを一から学んだ。福田氏は「3年あまり“一般人”として選挙を見た時、有権者が『こういう公約を入れてほしい』と言える機会が全然ないと痛感した」のだという。何よりコロナ禍になったことで「人と人の接触が難しくなったというのに、政党も政治家もこれまでの選挙のやり方でいいのだろうか」と問題意識を強めたという。
陣営が力を入れる一つがネットを使った民意の集約だ。これは筆者個人の話だが、2014年都知事選で、中の人として参加した、IT起業家の家入一真氏の陣営では、「政治家が発信ばかりで受信をしていない」という家入氏のコンセプトを体現する形でツイッターを活用。選挙開始後に3万超のツイートを集め、マニフェストを編纂し、120の政策を掲げる試みをした。これに対し、今回、福田陣営のネット戦略を支える一人、柿崎充さんは「完全にボトムアップ型で振り切った家入さんの選挙とは異なり、福田さんは政治のプロなので双方向型になる」と話す。柿崎さんに取材をしたのは6月終わりのことだったが、その後、告示までの1か月間、陣営は音声SNSのクラブハウスやZOOMで有権者と語らう機会を通じて、公約のブラッシュアップにいかしてきたようだ。
先述したように、事務所もバーチャル。6月から陣営が本格的に始動してからは、沖縄や九州、果てはベトナムにいるスタッフとコミュニケーションを取り合う「クラウド選対」として準備を重ねてきた。これまで選挙の投票に行ったことすらないテック系の若者も参画している。その一人で、ウェブデザインを手がけてきた本間亮さん(26歳)はこれまでの政治や選挙について「何かが目に見える形で変わるイメージがわかなかった」と振り返るが、チームに参加してからはどんなデザインが有権者によりよく印象付けられるか知恵を絞るなど、当事者となって目線が変わりつつあるようだ。
落選運動から代案提示まで
ところでこの選挙戦、もう一人、筆者旧知の候補予定者がいたのだが、直前になって出馬を取りやめた。横浜市のコンプライアンス顧問を先月まで務めていた弁護士の郷原信郎氏だ。精力的なブログ発信で知られる同氏もコロナ禍での“選挙DX”の必要を痛感し、ネットを生かして政策的な議論を仕掛けていこうとしていた。
落選運動に舵を切ったのは、「自分自身が市長の職に就くことが目的ではなく、長く横浜市のコンプライアンスに携わってきた立場から、今回の市長選が、横浜市民や地域社会の要請に反する結果になることを阻止しようと考えて」(ブログより)とのことで、与党が推す小此木八郎氏、野党が推す山中竹春氏の落選運動を展開する。この判断をめぐっては、橋下徹氏が酷評したことがネットニュースで取り上げられたが、むしろ注目すべきは左派やリベラル側の反応だ。
安倍前首相や菅首相など、自民党の政権運営に手厳しかった郷原氏は今回、山中氏の経歴に対する追及の方が激しく思える人も多い。郷原氏がリベラル論客だけに、山中氏を支持する左派の人たちは困惑や反発をしているが、郷原氏はこれまで筆者の取材に対し「市長として適格性に疑問のある人物を擁立しようとする立憲民主党の体制も問題だ」と述べていた。“野党がしっかりしないと日本の政治は良くならない”との思いが強くうかがえる。
直近の発信だけを見ていると落選運動に耳目が集まるが、立候補していれば争点のIRについても反対派として地域振興策の「代案」を出すことにも拘っていた。水産仲卸会社社長で、出馬予定の坪倉良和氏が提案する「フィッシャーマンズワーフ」(海鮮市場)構想に共鳴し、その将来性や魅力を発信していくつもりだった。落選運動が、ほかの候補者の当選を有利にするために行うことが公選法で制限されているため、この構想についての発信を積極的には行いづらくなるかもしれないが、IR反対派がしっかりと代案を出すことで政策論議が深まることは、IRの単純な賛否に終わらせない意味でも、市民には有益なはずだ。
◇
ネットを使った選挙活動が解禁されて8年になる。最近は動画の活用頻度が増えてきたこともあって、よりさらにビジュアル性やわかりやすさ、パフォーマンス性を求める傾向が候補者側にも強まっているが、だからこそ言いっぱなしに終わらせてほしくはない。実のあるコミュニケーションが展開する選挙戦になることを望みたい。
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