米中冷戦下の日本:小原凡司氏に聞く #1 「台湾有事」は起こるのか
本当は「戦いたくない」アメリカと中国- 米中冷戦時代の日本の安全保障について小原凡司氏にインタビュー連載
- 台湾有事は日本に他人事ではないが、米中ともに戦争はしたくない
- バイデン政権が日本に与えた「宿題」とは?
(編集部より)今年も終戦の日を迎えましたが、現下の日本を取り巻く国際情勢にも目を向けることで、この国の未来の平和を確かなものにしていくことが重要です。海上自衛隊OBで中国の軍事情勢に詳しい小原凡司氏(笹川平和財団 上席研究員)に米中冷戦時代に直面する日本の課題についてインタビューします(3回連載)。

他人事ではない「台湾有事」
――日米共同声明やG7声明で「台湾海峡の安全を守る」との文言が入るなど、「いよいよ台湾有事勃発か」との緊張感が高まっています。
小原 まず日本が最初に認識しなければならないのは、台湾の問題は他人事ではないという点です。台湾と与那国がだいたい110キロという近い距離にあり、沖縄本島でも600キロ程度しか離れていません。

もし中国が台湾に武力侵攻をしようと思えば、台湾を中心に広い空域で航空封鎖をかけ、広い海域で海上封鎖をかけてくる。その時、日本の南西諸島は中国の軍事的なコントロール下に置かれることになり、それは日本にとってこれは主権・領土・国民の生命財産が脅かされることと同義であることをまず認識しなければなりません。
しかしその一方で、「では中国は台湾統一に向けて、すぐにでも台湾に軍事侵攻しようとしているのか」といえば、それも間違いです。中国にとって「台湾統一」は絶対目標なので、なんとしても達成しなければなりませんが、台湾のインフラや経済力をそのまま吸収したい中国にとって、最良の統一プロセスは、台湾の方から中国と一緒になりたいと言ってくること。一方、実力行使による統一は中国にとっては最悪の手段なのです。
中国としてはなるべく武力侵攻はしたくないが、「武力侵攻はない」と言ってしまえば、いくら台湾に圧力をかけても意味がありません。そのため、中国としては軍事的圧力や緊張を高めざるを得ず、「ことと次第によっては軍事的手段に出るぞ」という態度を見せ続ける必要がある。
また、アメリカも中国が圧力をかければそれに対処しますが、決して中国と戦争をしたいわけではありません。アメリカは中国よりも優位な立場に居たいと思ってはいますが、主要な貿易相手国でもある中国がつぶれてしまえば、アメリカ経済も大きな打撃を受ける。「アメリカが豊かで強い国であり続ける」という目的をアメリカが果たすためには、中国との間で戦争が起きないことが一番であり、そのためには中国に「武力行使をさせない」ことが一番のアメリカの目的になります。
つまり、アメリカも中国もどちらも戦争をしたくはない。アメリカは中国の抑止を目的として動いていますが、そのために「台湾防衛」に積極的な姿勢を見せれば見せるほど、アメリカの「台湾介入」を阻止したい中国も、より強く出ざるを得なくなる。お互いに踏み込ませたくないという思惑があるのですが、しかし台湾をどうするかという目標が異なるため、緊張が高まるわけです。
「不測の事態」の可能性
――互いに抑止を掛け合っているのが米中の現状だといういことですね。小原さんはご著書の『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)の中で、相手の脅威は「意志×能力」で見積もる必要がある、と指摘されています。中国は軍事的な能力を高めつつあり、「台湾統一」の意志はあるけれど、「武力進攻による統一」の優先度は低い、という実態を見なければならないわけですね。
小原 はい。ただし、それは中国の脅威を軽視していいということではありません。
アメリカからの圧力を恐れる中国は、なるべくアメリカが手を出しづらい状態にしておきたいと考え、ICBMを大量に保有し、核弾頭もここ2年で30発ほど増やし、330発保有していると見られています。アメリカは6000発持っていますから、中国は核による抑止が破綻する可能性を考えて、A2/AD (接近阻止・領域拒否)戦略によって、通常兵器でもなんとかアメリカを遠ざけようとしています。
一方、アメリカはこのA2/ADを無力化していつでも中国に接近できる状態にしておきたい。そのためにインド太平洋軍はPDI(パシフィック(太平洋)・デタレンス(抑止)・イニチアシブ)などを提唱し、効果的な抑止が行えるよう戦略を練っています。
お互いに抑止を掛け合っているのが現状なのですが、しかし非常に狭い空域・海域で競争が行われているため、不測の事態を招く可能性はある。日本はそうした現状をしっかり認識しておく必要があります。
日本が米国から与えられた「宿題」
――台湾海峡はもちろんですが、尖閣についても、また中国の脅威についても「アメリカがやってくれる」「国際社会も中国の脅威に気づいた」というような一部の解説はあるものの、「日本が何をすべきなのか」はあまり具体的に語られていないように思います。
小原 そうですね。少なくとも、今年下半期にあると言われている2プラス2までは、日本はアメリカから「宿題」を与えられたままの状態です。
日米首脳会談では、バイデン大統領が「インド太平洋におけるアメリカの活動に、全面的に協力してください」と要請し、菅総理が「協力します」と述べました。アメリカとしてはその瞬間に日本の言質をとったことになりますが、ではその「全面的な協力」の中身は、何なのか。政策に落とす段階で、「さて日本は何をやってくれるんですか」と、アメリカは日本の対応を見ている状態です。

「日本はルビコン川を渡ったか」という趣旨の解説記事が出ていましたが、果たしてそこまで言っていいのか。アメリカは「日本はようやく川を渡ってきた」と思っていても、日本はそうではないかもしれない。
――「『全面的に協力する』と言っておいて、実際はこの程度か」という回答だったとすれば……。
小原 アメリカは失望するでしょうね。もちろん、中国も「日本はどこまでやるつもりなのか」「その能力があるのか」を知るために、情報を集めています。
「台湾を防衛する」はNGワード?
――正直、日本政府や防衛当局が台湾有事の際にどういう姿勢を取るのかは、日本国民である私達にもわかりませんよね。
小原 ただ、台湾については、日本は「台湾を防衛します」と言ってはいけないし、そもそも防衛できないと考えています。
――それは能力的に、ですか。
小原 いや、能力的にも、政治的にもです。日本とは同盟関係にない台湾の防衛に、日本が何を根拠に「責任を持つ」のか。アメリカや中国は国際法を自国の都合で解釈しますが、日本にはそれはできない。その状況で、もし日本が「台湾を防衛します」「台湾有事の際にはアメリカと一体となって参戦します」などと言ってしまえば、それは日本側から中国に喧嘩を売ることになってしまう。
むしろ、日本は「台湾防衛」を一言も言わなくても、抑止を高められる方法があるので、それをすべきでしょう。
――その方法については#2でうかがいます。
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