米中冷戦下の日本:小原凡司氏に聞く #2「対中包囲網」は機能するのか

日本の致命的弱点は何か
2021年08月16日 06:00
ライター・編集者

(編集部より)昨日は終戦の日でしたが、現下の日本を取り巻く国際情勢にも目を向け、この国の未来の平和を確かなものにしていくことが重要です。海上自衛隊OBで中国の軍事情勢に詳しい小原凡司氏(笹川平和財団 上席研究員)に米中冷戦時代に直面する日本の課題についてインタビューします(3回連載の2回目:初回はこちら)。

pengpeng / iStock
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日本がやるべき「たった一つのこと」

――日本が「台湾防衛」を明言することは、中国に対する挑発になってしまう。ではどうすればいいか。いい方法がある、ということでしたが。

小原 凡司(おはらぼんじ)1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修了。1985年海上自衛隊入隊後、回転翼操縦士として勤務。2003から06年駐中国防衛駐在官。2006年防衛省海上幕僚監部情報班長、2009年第21航空隊司令、2011年IHS Jane’sアナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー、2013年東京財団研究員を経て、2017年から笹川平和財団上席研究員。著書多数。

【小原】はい。「日本は日本の領土を絶対に守ります。そのための能力を備えていきます」と言うだけでいいんです。#1でもお話したように、台湾有事は日本にとって全く他人ごとではありません。有事となれば、日本の領土・領空・領海はもちろん、国民の生命財産が危険にさらされることになります。ですから、脅威となる主体を明言せずとも「どの国による、どんな事態であれ、日本の主権の一部を軍事的コントロール下に置こうとする動きに対しては、日本は自衛権を発動する」と言うだけでいいんです。

台湾有事に絡むものであったとしても、あくまでも「自国の防衛」のために日本が自衛権を発動することにより、アメリカは日米安保第五条のもとで日本に協力することになる。日本としても憲法上の制約なく、アメリカと完全な共同作戦ができるようになりますから、中国にとってこれほど嫌なことはありません。

つまり、日本が「自衛権を発動します」と明言するだけで、中国が台湾に武力侵攻しようとする前の段階で、中国に対する抑止が働くことになります。

――あくまでも日本は「自国防衛の意志」を示すということですね。

【小原】はい。中国は日本がアメリカと一体化して動くことを警戒しています。

ただし、一方で忘れてはならないのは、アメリカの国益と日本の国益は常に一致しているわけではない、ということです。アメリカと中国が対立しつつある、「新冷戦だ」などとは言っても、経済的にも対立して「デカップリング」に向かうかといえば、必ずしもそうではない。バイデン大統領も、気候変動問題では中国と協力したいと言っています。

国際社会の様相は非常に複雑です。日米関係が重要であることは言うまでもありませんが、一方で日本としては「日本はどうしたいのか、どうすべきか」を常に考えておかなければなりません。

「対中包囲網」すれ違う各国の思惑

――現在、QUAD(日米豪印戦略対話)の枠組みや、欧州各国もインド太平洋に軍艦を派遣するなど、「対中包囲網」構築の機運が感じられます。日本がその中心にいる、というイメージさえありますが。

【小原】情勢をイメージや表面的なものでとらえてしまうと、現実を見誤ります。ヨーロッパを見てもアメリカ一辺倒、対中一辺倒ではありませんし、欧州各国がインド太平洋に軍艦を派遣しているとはいえ、各国ごとに、その内容や規模、狙いは異なっています。

2020年夏、海自が参加した日米豪共同訓練(海自サイト)

どの国も、基本的に考え方のベースには「米中の競争を経て、インド太平洋地域から新たな国際秩序が生まれるんじゃないか」という思いがあり、「何らかの関与をしておかないと、新秩序が生まれた時に自分たちが蚊帳の外に置かれかねない」という危機感があるのでしょう。

特にドイツはその危機感を強く持っており、2020年9月にドイツが発表した「インド太平洋外交指針」の中で、ヘイコ・マース外相が「インド太平洋地域がドイツの外交政策の優先事項である。インド太平洋は国際秩序の形が決まる場所であり、強者の法に基づくのではなく、ルールと国際協力に基づくものだ」と述べています。

フランスはニューカレドニアなどのフランスの海外領土・海外共同体がこの地域にあるため、ドイツよりも積極的に大きな戦力を派遣しています。ただ、だからと言って中国が台湾に武力侵攻した、となった時に、フランスがアメリカと一緒になって中国と戦うかと言えば、それは疑問です。そもそもフランスはインド太平洋地域に軍艦を派遣する際、国防省は「台湾周辺海域も航行する」などとかなり強気の主張をしていました。しかしその直後に、外務・国際開発省がすぐにそれを取り消したうえ、「アジアにおける行動計画はすべて中国に伝えている」と公表しました。そのフランスを、本当に「対中包囲網」の一員と見なせるのか。

一方でイギリスは、クイーン・エリザベスという最新空母と、空母打撃群を派遣しています。クイーン・エリザベスに乗っている艦載機18機のうち、10機はアメリカ海兵隊の機体、1700名あまりいる乗員のうち250名がアメリカ海兵隊員というように、英米は運用がほぼ一体化しています。イギリスの場合はアメリカの動きにそのまま参戦する可能性が高い。

しかもアメリカに引きずられてのことではなく、イギリスはむしろアメリカ以上に積極的です。ここからは憶測ですが、おそらくイギリスはブレグジッド以降、苦境に立たされているために、「この先、何か新しい秩序が立ち上がるのなら、そこに積極的に関与してイギリスの権益を拡大したい」と考えているのでしょう。

アメリカが「人権カード」を持ち出した理由

――単純に「中国が怪しからんから押さえつけてやろう」とか「ようやくヨーロッパも膨張する中国の脅威に目覚めた」という話ではないのですね。

【小原】はい。各国とも、根幹にあるのは自国の発展、特に経済であり、どうしたら自分たちの国が潤うのかを常に考えています。単純な善悪の問題ではありません。そういった各国の思惑がそれぞれある中で、どこまで協力できるのかを考える必要があります。

――中国のウイグル政策を欧米もかなり厳しく批判するようになったからこそ、「中国の本性を知った以上、国際社会は中国を許さないだろう」と日本人は考えがちですが。

【小原】人権問題を持ち出して対中牽制をしようというのは、さすがアメリカだと感じさせるところではあります。トランプ前大統領にしろ、バイデン大統領にしろ、「ヨーロッパ各国は中国を脅威だと認識していない」ことはよくわかっていたんですね。そのうえで欧州を何とかこちら側に引き入れようとしたときに、人権問題を指摘するのがベストだと考えたのでしょう。

フランス国内でのウイグル人らのデモAdrianHancu /iStock

「香港の民主主義を守る」と言っても中国の対応を非難するのがせいぜいであり、それは台湾にしても同じことで、欧州にはあまり響かない。しかし人権問題は別です。ここが肝なのですが、特にドイツは人権問題を出されれば、厳しく対処せざるを得ません。いくらメルケル大統領が「中国はドイツのパートナーである」と言ったところで、人権に関しては国内的にも、国外的にも中国を非難しなければならない。

中国としては、ウイグル政策は「人権問題」ではなくあくまでも「治安問題」なので、国際的に非難を受けるようなものだとは思っていない。しかし欧米にとっては自分たちが血を流して獲得してきたものですから、人権問題にはかなり敏感です。この点を日本もしっかり理解しておく必要があります。

――中国を「人権カード」で批判しているつもりが、自分たちに返ってくる可能性もありそうです。

【小原】人権において理想主義を掲げろと言いたいわけではないのですが、例えば公人による人種差別的発言、女性蔑視発言などは、相当気を付けなければなりません。相手の主張、状況がどういうものかを理解したうえでなければ、効果的な主張ができません。

「発信力」は日本の致命的弱点

――慰安婦問題なども「英語での発信を増やせ」といった「宣伝戦」的な視点は近年強まっていますが、「その英語の表現ではむしろ誤解される」というような事例も見受けられます。

小原 よく「戦略的コミュニケーション」という言い方をしますが、自分たちの何を伝えたいのか、それを伝えるためにはどういうツールを使って、誰をターゲットにするのか、どう伝えればいいのか、など、内容をしっかり考えなければ効果がありません。

――桒原響子さんとの共著である『アフター・シャープパワー』(東洋経済新報社)は、まさに中国が国際世論工作を行ってきた実態を明るみにしています。日本はそうした発信が手薄ですか。

小原 はい。ここは日本の弱点だと思います。(#3に続く)

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