米中冷戦下の日本:小原凡司氏に聞く #3 対中戦略に必要な「理想と現実」の両輪
日本が最も大事にすべきは何か?(編集部より)海上自衛隊OBで中国の軍事情勢に詳しい小原凡司氏(笹川平和財団 上席研究員)に米中冷戦時代に直面する日本の課題についてインタビューしてきた連載も大詰め。台湾有事の可能性、対中包囲網を巡る各国の思惑すれ違いなどを論じてきましたが、最終回は日本が中国と向き合う上での理想と現実について。

日本は中国の「三戦」に対抗できるか
――日本は「戦略的コミュニケーション」、つまり広報やPRが弱い。一方で中国は「三戦」と言われる対外戦略を掲げ、「輿論戦」の他、「心理戦」「法律戦」を交えています。

【小原】中国のいう「法律戦」は、国際司法の場で戦ったときに負けない、ということも意味しています。日本はすぐに「中国は国際法違反だ」と批判しますが、例えば、海洋に関しても国際法は国連海洋法だけでなく、明文化されていない慣習法や条約法という一般国際法などがあります。法律をもって相手を批判するのであれば、国際司法裁判所や仲裁裁判所の判例をきちんと研究しなければならないでしょう。
中国はそれらをかなり研究していて、「海警法」もその上にあると考えられます。例えば尖閣周辺で中国の公船が武器を使用した場合、それが国連憲章で禁じられている武力行使に当たるのか、それとも警察権力による国内法執行と認められるのか、ここを中国は重視している。判例によれば「係争区域において、一方の船が国内法で法執行を行った」と主張した際には認められたケースがあることから、中国は仮に尖閣周辺で公船が武力行使をした場合には「ここは日中の係争区域である」「だから国内法で法執行を行った」と主張するかもしれない。
もちろん「海警法」はかなりグレーであり、国際法違反になりかねない行動ができるかのように明記されてはいます。ただ、実際にどう動いたか、その時どういう根拠に基づいて行ったか、によっては国際司法の判断が変わる可能性があることは理解したうえで、日本ももし何かあった際には、国際司法の場で勝てるようにしておかなければなりません。
課題回避に勤しむ日本
――単に「法の支配を重んじる」と言っているだけでは、尖閣を守り切れないかもしれない、と。
【小原】そもそも中国やアメリカは国際法の解釈を自国に有利な方向に変える、あるいは自国を有利にするときだけ使って、あとは無視するということもしてきます。そのため、国際法は自国がやろうとしていることの障害にはならないので、目標に向かって真っすぐ進んでいこうとする。
一方、日本の場合はそういうことはできないのだから、本来は自分の周りの環境がどうなっているのか、国際法の判例はどうなっているのかなど、他国の思惑や意図も含めてアメリカや中国以上に情報収集し、理解しておかなければなりません。
しかし実際は、日本は課題が見えてくると、その課題をどう避けるかばかりに囚われて、どこに進んでいるのか、進むべきなのか、分からなくなってしまう。もちろん、日本の意思や本心をすべてさらけ出す必要はありませんが。
――欧米各国も、内心は自国の経済のためであっても、表向きには「人権問題」などを掲げたりしている。
【小原】はい。アメリカだって「中国との戦略的競争が目指すゴールはどこですか」と聞いたって、本当のことは言いません。中国の人権侵害を厳しく批判しても、アメリカの目的が、中国の人権問題の改善等だけなのか、「習近平体制打倒」や「中国共産党統治の打倒」まで求めるのか、わからないのです。
米国ではイデオロギー対立は危険なので、「民主主義対専制主義」という政治体制間の競争にするとも言われますが、中国にとっては大差ありません。中国が政治体制における優位性競争で負ければ、中国共産党は統治の正統性を失いますから、同様に、中国を焚きつける結果になりかねません。

戦略は目標がなければ持つことはできない
――その中で日本はどうするのか。
【小原】繰り返しになりますが、日本が理解しておかなければならないのは、「日本は中国と戦争したいわけではない」という点です。台湾海峡の平和と安定は、もちろん日本も望むところです。両岸関係は平和的に解決してください、ただし日本の主権を脅かすことは許しません、と言うしかない。
アメリカとの連携が重要であることは言うまでもありませんが、日本にとって最も大事なことは「日本の安全を守る」ことで、そのための情勢や安全保障環境を創り出すことです。台湾有事に参戦したいとか、ましてや中国共産党を打倒するということが目的ではない、という点は忘れてはならない。
もちろん、中国が尖閣諸島周辺や、台湾に対する軍事的圧力を強めていることは事実で、これを許容することはできない。また人権問題なども大きな問題ではある。しかし「共産党打倒」や「中国に変わって日本が地域の覇権を取る」ことが目的ではないはずです。みんなが平和に暮らして、豊かに暮らすことが一番の目的ですから、日本にとっても戦争が起こらないことが最も望ましい。
――日本だけではないのかもしれませんが、右派は軍事と現実だけを語り、左派は平和と理想だけを語りたがります。しかし「両方あってこそだ」と小原さんは『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー21)で指摘されています。
【小原】はい。中国の行動が脅威であるとは言っても、「打倒中国」が目標ではなく、「みんなが平和に豊かに暮らせるように、中国にも行動してもらう」ことが重要でしょう。ただし平和を求めるからと言って、「軍事的な手段は一切排除すべきだ」と言い出したら、それもまた現実的ではありません。今起きている現実と理想、そのギャップをどう埋めるかが「戦略」なのです。
戦略は目標がなければ持つことはできません。まず日本はどうしたいのかを定め、今の日本を取り巻く環境を分析し、その目標に達するためにどのような障害があるのか、どうすれば克服できるのか。回避できるのか。それを考えるのが「戦略」ですよね。

中国は「ネイション・ビルディング」の過程
――中国は「2049年までにアメリカを超える」という目標に邁進しています。
【小原】中国は「屈辱の百年」を掲げ、国際社会の現在の秩序に対する反発を国民に刷り込んでいますから、中国からその「屈辱」を拭い去るのは難しいでしょう。私は、中国はまだネイション・ビルディングの過程にあると考えています。中国共産党は、「中華民族」という国民を形成する手段として、「屈辱」や「偉大な復興」を使っている。
一方で、「中国の膨張主義」などという批判はありますが、台湾や香港、あるいは尖閣などに対する対応を見ていると確かに膨張主義に見えるのですが、さらに外側まで中国の領土にしようという野心は、今のところ見えない。それよりも、中国は国際的なステータスを得たい。強くて豊かになった中国は国際社会から尊敬や支持を得たい、得て然るべきだと考えている。
人権問題などの指摘も、「中国が豊かになったから僻んでいるんだろう」「邪魔するためにやっている」としか考えませんし、「屈辱の百年を与えた欧米が、また中国の台頭を押さえつけようとしている」としか受け取りません。権利意識と被害者意識がある。
しかし日本としては、「豊かになるのは構わないけれど、そんな被害者意識や人権意識のまま大国になられては困る」。日本としては、なぜ彼らはそうした行動に出るのか、他国はどういう意図を持っているのかを、感情的にならず、現実をしっかり見据えて、自国の利益を守るためにどうすべきなのか、分析しなければなりません。
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