「櫻井よしこが国情院と…」韓国MBCのズサンな報道から何を読み取るべきか

「報道」に練り込まれる工作の実態
早稲田大学名誉教授
  • 韓国MBCテレビの看板番組が櫻井よしこ氏や西岡力氏を「右翼」と根拠なく批判
  • 櫻井氏らを“支援”した元工作員が登場も、「情報や資金を提供」の証拠なし
  • 韓国と北朝鮮は工作国家。新聞記者時代、情報機関からの話は危なくて書けず

韓国のMBCテレビが10日夜、看板番組「PD手帳」で日本の公益財団法人・国家基本問題研究所と、理事長である櫻井よしこ氏、企画委員である西岡力氏を「右翼」と根拠なく批判し、韓国の情報機関から支援を受けていた、と報じた。悪意ある攻撃といっていい内容である。

しかも番組内容はズサンで、取材力は落第点だ。あまりにお粗末で、私がデスクならこんなのは危なくて使わない。韓国の新聞や日本の特派員も、記事にしなかった。MBCテレビは東京五輪開会式放送で失敗し、社長が謝罪した(参考拙稿:五輪のどさくさに北方領土上陸の露首相、狙いは韓国との「反日連携」)。その汚名返上を狙ったのだろうが、これも大失敗だ。

韓国MBCテレビ「PD手帳」(8/10放送)より

「櫻井よしこは安倍総理の守護神」?

番組内容はこうだ。証言者として登場する「工作員」は、日本で20年以上も工作活動したというが、その証拠を提示しなかった。国の機関から贈られた表彰状や活動を収めたCD を示したが、それは工作活動というより在日同胞への宣伝活動に対する評価であって、日本の政治家やジャーナリスト、学者の誰に「工作」したのか、証言していない。大体、本物の工作員なら身分を明かすものは消去しているのが普通だ。

おそらく、この「工作員」は国家情報院の職員が日本で使っていた団体の下っ端だろう。韓国情報機関は、日本への留学生や研究員、会社員の資格で、工作員を派遣する。北朝鮮も、在日の大学院生や学者、研究者を学者の包摂や工作に使う。

さらに「PD手帳」は、日本の恵泉女子大学で教える韓国人教員に、次のように発言させた。

「櫻井よしこは、安倍を首相にするために、メディアで安倍を大成させた。安倍首相の守護神である」「韓国の進歩政権が南北平和共存を実現すれば、日本の保守政党は『北朝鮮危機論』で支えられていたために、自民党が基盤を失う」

何が守護神だ、嘘をついては困る。大間違いの日本政治分析と北朝鮮への無知だ。北朝鮮が平和共存政策を取れない理由を理解していない程度の「学者」に、日本を解説させるから日韓関係は良くならないのだ。もう少し、日本社会と政治を正確に分析してほしい。日本の実情をありのままに伝え、韓国と日本の偏見を正すのが日本の大学に奉職する韓国人学者の使命ではないのか。

「情報や資金を提供」というも証拠なし

私は、櫻井さんと西岡さんを古くから知る仲でその活動を評価しているが、仲間ではない。新聞記者は「運動」に参加すべきでないからだ。拉致問題では西岡さんは朝鮮総連関係者に「殺してやる」との脅しを何度も受けた。櫻井さんのジャーナリストとしての活動は、広く知られている。だが取材責任者は、それを全く知らなかったようだ。櫻井さんや国家基本問題研究所の名前を「初めて聞いた」と発言している。それで番組を作るというのだから、困ったものだ。

「PD手帳」は、国家問題基本研究所が韓国の情報院の極秘情報や北朝鮮情勢を入手し、影響力を拡大したと報道した。だが取材者として言わせてもらえれば、国家情報院には大した情報はなかったし、今や北朝鮮の同調者と批判されるほどなのである。

しかも番組は、国家情報院が提供したのはどんな極秘情報なのか、具体的に証拠を提出していない。

番組はまた国家情報院の駐日公使であった人物の疑惑を報じているが、こちらも調査取材が甘く証拠も提示できなかった。この人物も私は古くから知っているが、今回は言及を避けたい。

韓国ソウルにある国家情報院(公式サイトより:CC 2.0)

韓国も北朝鮮も「巨大な工作国家」

こうした報道から、何を読み取るべきか。まず日本人が忘れがちなのは、韓国と北朝鮮は巨大な工作国家である、という点だ。韓国の国家情報院は2万人もの職員を抱え、日本や海外に数万人の協力要員がいる。北朝鮮は、朝鮮総連や統一戦線部、偵察総局、作戦部などに十数万人の工作員がいる。

新聞記者時代に、韓国や総連、ロシア、中国の情報員や工作員の接触を受けたが、「北朝鮮経済を悪く書くな」といった脅しから「どうして我々が知らない事実を知っているのか、お会いしたい」といった接近工作まで、あの手この手を使ってくる。

韓国の情報機関は、今も日本の新聞記者に記事を書かせようと、情報を流す。だが私は、韓国・国家情報院と朝鮮総連の情報は、決して記事にしなかった。危ないからだ。彼らの情報には、工作の悪意が練り込まれている。「報道」のつもりで、相手の「宣伝」に加担することにもなりかねない。

学者や記者を抱き込む「工作戦争」

戦後の日本では、韓国の情報機関と北朝鮮系の朝鮮総連が「日本人工作戦争」を展開した。新聞記者や学者、政治家などに「韓国」「北朝鮮」のどちらかを支持させる働きかけだ。日本人の差別意識を、北か南のどちらかに向ける作戦で、この活動が日本人の「韓国・朝鮮蔑視感情」を増幅させたと、私は著書『絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニプラス新書)などで指摘してきた。

岩波書店の雑誌『世界』は、日本人拉致を否定する「親北反韓」の姿勢をとっており、これがその後の「反韓、嫌韓」の源流になったと、私は考えている。

「南北工作戦争」の成果で、日本の多くの新聞が一時は「北朝鮮評価」「韓国否定」の論調や記事を掲載した。

私は、韓国留学後に「韓国は先進国を目指す」の記事を書いて「韓国の手先」と批判され、94年に「北朝鮮は戦争できない」と書き「北朝鮮の手先」と攻撃されたが、実際に南北朝鮮の手先になる質の悪い日本人は、今なお存在する。

MBC「PD手帳」の「落第点報道」は、南北朝鮮のこの「工作戦争」を知らなければ、理解できない。

韓国を批判すると誰でも「右翼」

さらには文化の違いもある。韓国では、「右翼」の用語は「反韓人士」「韓国差別」の意味に繋がる。さらに「右翼」は、保守主義者から軍国主義者や差別主義者、朝鮮半島植民地化を正当化する悪意の日本人までも含まれてしまう。

MBCの番組「PD手帳」は、こうした言葉の違いを利用し「右翼」「極右」の言葉を散りばめたナレーションで、視聴者の感情を煽った。韓国人は、日本右翼、慰安婦、徴用、竹島などの言葉を聞くと自然に感情がたかぶり、怒りが盛り上がるからだが、何らの証拠も、分析力も示せない内容で、かえって韓国テレビ局記者の取材力不足を露呈する結果となった。

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