あなたが知らない坂本龍馬の真実とは!教科書では学べない意外な一面

尾藤克之「週末ライブラリー」第1回
2021年05月02日 06:00
コラムニスト/著述家/明治大学客員研究員
  • 本紹介で人気の筆者。今回ご紹介するのは『龍馬のマネー戦略』
  • 浪人だったことも龍馬人気の一因だが、現実にはトラブルの連続
  • 次男の龍馬を江戸留学。実は“豊か”な坂本家。龍馬のマネー感覚は?
国立国会図書館デジタルコレクション「近代日本人の肖像」より

独自の筆致と視点から、知る人ぞ知る名著や、著者をドキュメンタリータッチで紹介する人気コラムニストの尾藤克之さん。SAKISIRUでも毎週末、魅力的な本をご紹介いただきます。GW前半にいかがですか?

第1回に尾藤さんがオススメする一冊は、大村大二郎 著『龍馬のマネー戦略』(秀和システム)。

近代日本の誕生に大きな役割を果たした幕末の志士・坂本龍馬。とりわけ日本人に人気の高い人物です。彼の目的は常に一貫していました。それは、「自由と経済自立」です。江戸時代、身分は固定され、個人の自由は著しく制限されていました。職業の選択の自由はおろか、居住の自由や、旅行の自由さえもありませんでした。そのような状態では、欧米の列強と渡り合うことは不可能だったのです。

様々な場面で不利な浪人という身分

坂本龍馬は日本史の偉人の中では、ヒーロー的な存在です。龍馬は、なぜこれほど人気があるのでしょうか。魅力の一つに、彼が浪人であったということがあると思われます。どこにも属さない浪人という身分ながら、歴史的な大事業をいくつもやり遂げたことに人々は魅了されるのでしょう。

著者の大村さんは次のように解説しています。

(大村さん)現代よりもはるかに組織に属することが大事だった江戸時代で、浪人という自由な境遇で数々の大事業を成し遂げるという、これ以上の『自由でダイナミックな生き方』はないと言えるでしょう。息苦しい社会生活を営んでいる現代の我々から見れば、まさに理想的な生き方のようにも見えます。が、龍馬とて、ただただ自由を謳歌した人生ではありませんでした。

(同)自由を手に入れるために、龍馬は数々の困難に見舞われます。龍馬の人生をたどると、決して順風満帆で生きていたわけではなく、よくもまあこれほどの困難が押し寄せるものだと思われるほど、トラブルの連続だったのです。自由に生きていくということは、実は非常に大変なことなのです。江戸時代においては、浪人になること自体が大変なリスクを伴うものでした。

江戸時代の武士というのは、藩に属し、藩から俸禄をもらうことで生活が成り立っていました。脱藩浪人というのは、生活の糧がなくなることを意味します。さらに、身分制度が厳しく、移動の自由もありません。江戸時代の人々は生まれた身分、生まれた場所にくくりつけられて生活していたのです。

(大村さん)その代わり、その場所にいる限りは自動的に職業が与えられ、それなりに生きていくことができました。しかし、脱藩して、諸国を放浪するというのは、非常に困難な経済生活を伴うものでした。母藩から捕縛される可能性もありました。江戸や京都、大坂などでは不逞浪人の取り締まりも頻繁におこなわれていたのです。取り締まりのときに斬られたり、捕まって拷問されたりすることもありました。

(同)勤王の志士というと脱藩浪士のイメージがありますが、明治の元勲は、その多くが脱藩浪人者ではありません。西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文などは、藩に属しており『藩士』として、倒幕運動をおこなっていました。浪人は、正規の藩士に比べると、身体の危険、経済力の弱さがありました。元勲に浪人がほとんどいないのも、明治維新を迎える前に死んでしまった者が多いからです。

武士の身分を買った坂本龍馬

龍馬は、はじめから好き好んで浪人になったわけではありませんでした。やむにやまれぬ事情があって浪人になったのです。その経緯について、大村さんは次のように説明します。

(大村さん)龍馬は、土佐藩の郷士の家の次男でした。郷士というのは、武士の中でもっとも低い身分です。龍馬の生家である坂本家は、その郷士の身分を、お金を出して買ったのです。江戸時代、武士の身分を金で買うことは禁じられていましたが、金に困っている下級武士などは、内々で武士の身分を売るようなこともありました。坂本家は、それを買ったのです。

(同)坂本家は、身分は低いといえ経済力は決して低くありませんでした。というより、龍馬の坂本家は、土佐有数の豪商・才谷屋の家系だったのである。龍馬の4代前の才谷屋が、郷士の権利を買って分家の坂本家をつくりました。そのため龍馬の親戚には豪商も多く、また坂本家は下級武士といえども豊かだったのです

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大村さんによれば、当時の坂本家は、領地161石の家禄を持っていました。これは、土佐の郷士の中でも、上から3番目です。参考までに幕末期の参政(首相格)後藤象二郎の家は150石でした。身分は、坂本家より上でしたが、領地は坂本家より狭かったのです。

坂本家では、龍馬の剣術の才能を伸ばそうと江戸に遊学させています。江戸に行き、そこで生活するだけで、莫大な費用が掛かります。裕福な家でないと江戸に遊学などさせることは難しかったでしょう。

しかも龍馬は、家の跡取りではなく次男です。次男にそれほどお金をかけられる家というのは、この時代にそうはありません。そんな龍馬のマネー感覚は、いつどのようにして養われていったかも興味深いところです。

本書は、社会との関係性に悩んでいる若手ビジネスパーソンに役立つ一冊です。龍馬の先見性、柔軟性と包容力とはなにか?一風変わった、“龍馬伝”をこの機会にお試しください。

※尾藤克之さんの連載は次回から毎週土曜に掲載します。

 

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コラムニスト/著述家/明治大学客員研究員

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