中川コージ氏語る「デジタル人民元が武器 〜 中国が狙うマネー覇権」
インタビュー連載「目覚める獅子」はどこへ行く?#1アフガニスタンの政変でもタリバンとの良好な関係を示し、そのプレゼンスを見せつけた中国。日本よりも格段とデジタル化を進め、アメリカと世界の覇権を競い合うまでになった「目覚める獅子」は今後、世界の政治と経済にどんな影響を及ぼすのか。気鋭の中国ウォッチャーとして近年注目される中川コージ氏に展望を聞いた。(3回連載の1回目)。

進む「デジタル人民元」の社会実装
――中国が正式導入に向けて動きつつある「デジタル人民元」。2021年7月16日には中国人民銀行(中央銀行)が「中国におけるデジタル人民元(中国数字人民币、e-CNY)の調査研究の進展」と題する白書を発表しました。8月1日からは北京のレール交通でデジタル人民元の利用が始まっています。
【中川】チャイナが言うところの「デジタル資産」には、いわゆるビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)だけでなく、「デジタル人民元」を含む壮大な野望がありますが、その大きな野望の端緒が垣間見えるのは2019年10月25日の新華社通信の報道でした。
「24日に共産党の集団学習会が開かれ、ブロックチェーン技術がテーマとなっていた」とするこの報道によれば、この集団学習会で習近平総書記が「ブロックチェーン技術を進めろ」という談話を出し、デジタル資産取引などの領域でブロックチェーン技術を応用すべきであるとの具体例が挙げられたと言います。

その後、矢継ぎ早に様々な政策が発表され、2019年10月28日には当時の中国国際経済交流センターの黄奇帆副理事長が、上海で開催された金融サミットで「デジタル人民元の社会実装は具体的段階である」という旨の発表を行っています。僕自身はこの発表で初めて「デジタル人民元、ついに来たか!」と驚きました。
三菱UFJなど日本のメガバンクも参加
――そこから、コロナ禍を挟んでわずか2年余りで、一部とはいえ運用が始まったことになるわけですね。
【中川】実際には、中国が公に「デジタル人民元」の社会実装構想を明らかにしたのがこの時期だっただけで、中国人民銀行内にデジタル通貨研究チームが置かれたのは2014年4月のことですし、「デジタル人民元」と実は連動してチャイナの「マネー覇権」構想を支える「人民元国際銀行決済システム(CIPS)」構築を決定したのは2012年の初めです。実はもっと長い中長期的な構想がひたひたと進んできています。しかしそれをドカンと発表したのがこの時期だったんですね。
CIPSとは、人民元を決済通貨として国境を超えて使えるようにし、人民元建てで海外からの投資や貿易決済を可能にするもの。こちらはすでに各国の金融機関が参画し、日本からも三菱UFJ、みずほ、三井住友といったメガバンクが参加。年々、処理件数、金額ともに堅実に増加しています。
――通常、決済通貨としてはドルを使うケースが大半ですよね。
【中川】はい。既存の銀区間国際金融取引インフラとしてはSWIFTがあり、このインフラで決済される通貨の多くが米ドルでした。チャイナは、現在ほぼ独占的に国際的な決済取引を扱っているSWIFTにいきなり喧嘩を売るのではなく、まずは「いやー、先生、どうもどうも」といったような「揉み手」をしながら近づいている……といったところで、自分たちに力がつくまではこの作戦で行くのでしょう。まずは「ウチも始めてみようと思いまして…」的に下手に出ている格好ですが、しかしその本心では「決済通貨としての米ドル覇権」の地位を人民元が脅かすべく、虎視眈々と、状況を見据えながら布石を打ってきています。
中国が「マネー覇権」を狙うのは当然
――つまり中国は、「デジタル人民元」とその他の金融システムを組み合わせながら、アメリカの「ドル覇権」の地位を窺っているということですか。
【中川】マネーは力の源泉ですし、潜在的な軍事衝突よりも、より日常的に、リアルに競争が発生している経済戦争は、現代の最も重要な「バトルフィールド」。マネー覇権はその最強兵器ですから、チャイナがアメリカと並ぶ二大国となり、自国が受けるアメリカからの影響を最小限にし、さらにアメリカを凌駕しようと思うのであれば、当然、マネー分野での覇権も念頭に置くでしょう。
何より自前のデジタル通貨を実装すれば、アメリカのドルに依拠しない・追跡されない国際決済システムの構築に繋がります。このメリットは大きいですよ。

「どうせ中国」と侮らず、災害に備えよ
――しかし日本では「デジタル人民元」と言ってもポロポロと「実験が始まった」「構想が進んでいる」と報じられることが多くなってきた程度ですね。むしろ一部では「そんなもの、誰が使うんだ」「うまく行くはずがない」などと軽視する風潮すらあるように思います。
【中川】後者は日本で頻繁に聞かれる「チャイナ侮り論」ですね。確かに「デジタル人民元」一つでは「ビットコインやキャッシュレス決済と何が違うの?」と言ったところから、「チャイナ国内で使って終わりでしょ」という話になりがちなのですが、先ほども述べたCIPSなど複数のマネー政策にかかわる政策を並べ、チャイナの世界戦略から読み解くと、これは「ステルス統合作戦」ともいうべき、大きな「マネー覇権構想」であることが見えて来ます。
僕は今回、『デジタル人民元――紅いチャイナのマネー覇権構想』(ワニブックスプラス新書)を書きましたが、本書は日本のこうした「チャイナ侮り論」に警鐘を鳴らす、いわば「防災の書」であると位置づけています。
災害は、来るか来ないかは分からない。しかし備えておかなければ絶対に対処できません。同様に、「デジタル人民元」を一つの道具としてチャイナが展開しようとしている「米ドル覇権への挑戦」も、成功するかどうかは分かりませんが、日本として備えておかなければ対処はできない。「備えあれば患いなし」です。
チャイナはアメリカに目を付けられて潰されないよう、少しずつ、マイルドに、しかし確実に複数のマネー政策を進めてきました。一方、日本では一つ一つのニュースは散発的に話題になっても、「それがチャイナにとってどういう思想・大戦略のもとに進められているのか」についてはあまり語られていません。
そこで僕は「組織戦略を科学的に分析するオタクのマッドサイエンティスト」として、「デジタル人民元」をチャイナの世界戦略上の狙いや党としての統一的な意思から読み解きました。
すると、一見、「デジタル人民元」とは関係が薄そうに思える一帯一路や金融投資の国際化などが実は綿密に連携して、基軸通貨としてのドルの地位を脅かし、マネー覇権にチャレンジしようというチャイナの作戦が見えてくる、というわけです。
(#2へ続く)
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