コロナ禍の児童を勇気づけた、パラリンピック陸上2冠候補の粋なサプライズ

車いすレース佐藤友祈選手が語る「アスリートからの恩返し」
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授
  • パラリンピック陸上車いすレース2冠候補の佐藤友祈選手とある親子の交流
  • 不登校の小学3年生の男児が、再び学校に行くようになった佐藤選手の言葉とは
  • ファンと近い存在を心がける佐藤選手。メダルを見てもらうことが「恩返し」

世界159の国・地域と難民選手団が参加する東京パラリンピックが24日、開幕する。今大会、金20個を目標に掲げる日本選手団のうち、陸上競技で2冠が有力視されるのが400メートルと1500メートル(車いすT52)に出場する佐藤友祈(ともき)選手(31、モリサワ)だ。両種目の世界記録保持者でもある佐藤選手は今年2月にプロに転向。パラ陸上の魅力を広めようとSNSを積極的に活用しており、時にはSNSで人気のアニメキャラクターの声真似をするの声真似をするなどして親しみやすさを演出し、ファンとの交流を深めてきた。

今年3月、東京・駒沢で行われた大会に応援に行き、佐藤友祈選手と交流したハルマくん、エリコさん親子(提供写真)

佐藤選手とある親子の出会い

神奈川県内に住む小学3年生のハルマくん(8)と母親のエリコさんの親子も佐藤選手の大ファン。ハルマくんはこのコロナ禍で不登校気味になってしまったが、佐藤選手と交流し、学校に行けるようにと国内大会で優勝した際にもらった金メダルを貸してもらった。「息子は友祈さんのことを話題にすると、いつも目を輝かせている」とエリコさん。まず第1種目となる27日夜の400メートル決勝に向けて、国立競技場での雄姿を心待ちにしている。

ハルマくんが学校に行くことができなくなったのは今年1月ごろだった。感染者の急増で関東1都3県に非常事態宣言が出され、その休校措置が影響したのか、集団生活への心理的なストレスを感じやすくなり、登校が難しくなってしまった。

コロナ禍で自由に外出することもできず、家で時間を費やし、ゲームやテレビを見る毎日。そんなハルマくんの心を鼓舞したのは、8月のパラリンピック本番に向けて、ラストスパートの追い込みをかける佐藤選手の存在だった。佐藤選手はプロに転向した後、ツイッターやクラブハウスなどに積極的にメッセージや生声をファンに届けるようになり、偶然、同じSNSのユーザーだったエリコさんと交流するようになった。それまで、エリコさんもパラ陸上や佐藤選手のことを詳しく知っていたわけではなかった。

元気を与えたメッセージ

大きな転機が訪れたのは3月下旬、東京・駒沢陸上競技場で行われた日本パラ陸上選手権大会で行われた日本パラ陸上選手権大会だった。佐藤選手は好記録で優勝を果たし、順調な仕上がりを見せた。スタンドでエリコさんと一緒に観戦したハルマくんは、試合終了後に直接、面会する機会を得た。ハルマくんは2016年リオデジャネイロ・パラリンピックで得た銀メダルを首にかけてもらったり、トレーニングでパワーをつけた右腕の力こぶを触らせてもらったりして、すっかり、世界に誇る日本パラ陸上界の第一人者の大ファンになった。

佐藤友祈選手から貸してもらった国内陸上大会の金メダル。親子の家で飾られている(提供写真)

「(息子は)家に帰ってきても大興奮で、家族で友祈さんの話題をすることが増えました」とエリコさん。その後もSNSでの交流は続き、佐藤選手も「ハルくん」と呼ぶように。5月に都内で会った際には、佐藤選手から粋なサプライズがあった。この時、所属先のモリサワにあいさつに訪れた佐藤選手はこれまでの陸上大会で得た金メダルを持参しており、メダルをハルマくんに直接、手渡し、こんなメッセージを述べた。

ハルくんが学校に行けるようになるまで(メダルを)預かってほしい。元気を出してね

思いがけず自宅に佐藤選手のメダルを持ち帰ったハルマくんは徐々にではあるが、学校に行くようになった。佐藤選手がパラ特集番組でテレビに出ると、父親にも「お父さん、僕のお友達だよ。すごくない⁉」と目を輝かせて自慢するようになった。佐藤選手は「普段、われわれアスリートは多くの人たちに支えてもらっている。自分自身が頑張ることで、みんなが元気になるのはとても嬉しい。メダルを見てパワーを感じてもらうことは僕の恩返しなんです」と語る。

クマさんの声真似で親近感も

アニメキャラクターが好きな佐藤選手は子供たちや家族と積極的に交流する広告塔の役割を買って出て、SNS上では「ハチミツ好きなクマさん」のかわいらしい声真似を披露。佐藤選手にとってはこの声真似も新たなチャレンジでもあった。「できなかったことをできるようにしたい」。ハルマくん、エリコさん親子のようにこれまでパラリンピックやその選手たちを知らなかった人たちの応援団が一気に増えた。

コロナ禍でも選手たちはベストをつくして常に頑張っている。多くの人にまだまだなじみのないパラリンピックを知ってほしい。クマさんの声真似で、遠い存在になりがちなパラの選手に親近感を感じてもらえたら」と佐藤選手。

ハルマくんは選手たちが使う「レーサー」という競技用車いすに乗って、佐藤選手が本番での金メダルをかけて臨んでいるパラ陸上の競技環境も自ら試してみた。

佐藤友祈選手のファンになったハルマくんはこの春、パラ陸上の選手たちが使う競技用車いす「レーサー」を自ら試した(提供写真)

息子の将来を変えるような大きなきっかけと希望を与えてくれたことに、エリコさんは「友祈さんには心から感謝している。目標の東京パラ金メダルと世界新記録の達成をぜひ果たしてほしい。息子と一緒にテレビで応援します」と語っている。

交流を深める佐藤友祈選手とハルマくん。佐藤選手は「ハルくん」、ハルマくんも「僕の友達」と言うようになった(提供写真)

 
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

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