パラリンピック:佐藤友祈選手、もがいて掴んだ悲願の金メダル!

東京で果たしたリオの雪辱!家族、ファンに届けた勇気
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

リオで果たせなかった世界チャンピオンの夢を国立のトラックで成し遂げた。東京パラリンピック3日目の27日、国立競技場で陸上男子400メートル(車いすT52)のレースが行われ、5年前のリオ大会銀メダルの佐藤友祈選手(モリサワ、31)が55秒39で走り切り、優勝を果たした。リオ金のレイモンド・マーティン選手(米国)に競り勝ち、目標だった「世界新記録で金」は成し遂げられなかったものの、パラ新の好記録。ネット上ではオンライン応援観戦会が行われ、自宅で見守ったファンたちが佐藤選手の力強い走りに喝采を送った。

無観客の国立競技場。最後の直線、先方を行くマーティン選手を佐藤選手が追う。バックストレートで驚異的な力を発揮し、ゴール寸前で差し切ると、右手で大きくガッツポーズを示した。レース後のインタビューは最初、感極まって数秒間、言葉がでなかったが「世界新記録にはちょっと足りず、それでも、パラリンピックレコードは大きく更新ができた」と振り返った。

2年前に結婚。以来、競技生活を支えてきた妻に捧げる金メダルだった。「普段は優しく支えてくれるけど、試合が近づいたらはっぱをかけてくれる」。最愛の伴侶は、開会式直前に金メダルと日の丸を自身の爪にネイルアートした写真を送ってきてくれた。

「こんな応援送られたら、世界新と金メダル獲るっしょ」。大会直前は追い込みの練習でくたくたになり、孤独になる。一緒に国立のレースに臨もうとする妻のさりげない気遣いに心が癒され、ますます気合が入った。

この種目で世界選手権3連覇中の佐藤選手は午前中の予選でも1位で通過した。それでもパラではまだ優勝していないとして、この種目2連覇中のマーティン選手に国立で競り勝つことを目標に掲げてきた。

負けるつもりで走らない

東京パラでの金メダルを公言して、なおもトレーニングで自分を限界まで追い込む。一歩一歩、地道な練習を積み重ねてきたが、時にそんな状況を冷静に客観的に見ている自分がいた。金メダル当然という周囲の期待に応えようとする一方で、やはり内面では弱い自分と一抹の不安がもたげることもあった。大会直前のインタビューでこんなことを言った。

有言実行で、世界新で金メダルを取ったら、マジでしびれると思う。レースにわくわく感じる自分がいるけど、正直、俯瞰して自分をみてみたら、この緊張感によく耐えているよなと思う

レースでは作戦があった。後半の200メートルで、限界を突破してさらに加速する。苦しくなっても、もがいた先にどんな景色が広がっているんだろうと想像して走る。レース中は懸命に車輪を回しながらも、周囲を常に見渡して走り切る。「焦らずに行ったら、必ず良い結果でフィニッシュできる。負けるつもりでは走らない」。国立の風を感じて、プラン通りに走った。

脊髄炎を患い、歩行ができなくなったのは11年前の21歳の時。車いす生活となって、引きこもりがちな日々を送っていた佐藤選手が陸上競技を始めたのは、2012年のロンドンパラリンピックを見たのがきっかけだった。国を代表して舞台に立つ選手たちは自信に満ち溢れ、最後まで全力を出し切る姿がとてもかっこよかった。人間の可能性は無限であることに気づき、涙を流す自分がいた。

世界一を目指す山を夢中で登りはじめ、今年2月にはプロ宣言を行った。トップアスリートになったからこそ、パラ陸上の魅力を世に伝える広告塔の役割を引き受けた。

コロナ禍の社会に届けた思い

新型コロナウイルスの感染拡大で、東京大会開催への反対論が渦巻く中で、オリンピック開催前の7月22日、オリンピアンと同じ国を代表するアスリートとして、ツイッターにこんな動画メッセージを掲げた(詳しくはこちら)。

いま現在、みんなが不自由な状況が続いていることと思います。大切な人や友達と会えない、家族と会えない、思うような行動ができない、さまざまな制限が敷かれ、ついえた夢もあると思います。でも、そこであきらめずに、そこから再び、かつて僕が見た夢を持つことで、立ち直れることがあると僕は届けたいと思っています。そして予定と違った人生であっても、仲間や家族やライバルとともに、向きあい、立ち向かうことで、乗り越えられることがあるということを、届けたいと思っています。

交流を深める佐藤選手とハルマくん(提供写真)

ツイッターやクラブハウスを積極的に利用した佐藤選手は、全国にファンができた。この日のレースではオンライン上で観戦会が開かれた。

佐藤選手とSNSで知り合ったことがきっかけで、直接、交流する機会を得た相模原市のハルマくん(8)もテレビで観戦。佐藤選手から貸してもらった陸上大会の金メダルを首からぶら下げ、大声援を送った。ハルマくんはこのコロナ禍で集団生活への心理的なストレスを感じやすくなり、登校が難しくなってしまった。そんな状況を鼓舞したのは佐藤選手だった。

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普段、われわれアスリートは多くの人たちに支えてもらっている。自分自身が頑張ることで、みんなが元気になるのはとてもうれしい。メダルを見てパワーを感じてもらうことは僕の恩返しなんです」と佐藤選手。ゴールした瞬間、飛びあがって母親のエリコさんと一緒に喜んだハルマくんは「最後は抜けると信じていた。かっこよかった」と語った。

2種目目の1500メートルは29日に開催される。佐藤選手はここでも「世界新での金メダル」を目標に掲げ、マーティン選手に競り勝つつもりだ。

 
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

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