アフガン撤退の戦術的失敗が、米国「大戦略の勝利」と言える3つの理由(前編)
911からの間違いを「損切り」- アメリカ・バイデン政権のアフガニスタンの撤退は大失敗だが筆者は楽観的
- 「戦術レベル」の失敗は、その上の「大戦略レベル」での利益をもたらす
- 筆者が思う3つの理由。まずは「1. 大戦略での失敗を修正した」の解説から
アメリカのバイデン政権によるアフガニスタンの撤退は、大失敗であった。
すでにご存知のように、タリバンはアメリカの軍事的撤退を受けて8月初頭からアフガニスタンの各州の大都市を次々と支配下におき、日本の終戦記念日にあたる8月15日に、首都カブールが陥落している。

バイデン政権は、アメリカの世界的な対テロ作戦の契機となった同時多発テロ事件が起こった2001年9月11日から20周年という節目を狙って、政権発足時から今年の9月11日を撤退期日として準備を進めていた。だが、夏に入るとアメリカが支えていたアフガニスタン共和国政府は目に見えて機能不全に陥り、米軍撤退が本格化すると同国軍はほとんど抵抗せずに「消滅」してしまったのだ。
「失敗」がもたらす「利益」とは

これを受けて、アメリカ国内でも与野党を問わずに批判の嵐が巻き起こっており、米国民全体としては、撤退という方針は支持するものの、バイデン政権のその稚拙な手続きについては猛烈な非難が浴びせられている。
おそらくこのまま行けば、バイデン政権は同じく民主党のジミー・カーター大統領が率いた「カーター政権」(1977-81年)のように、たった一期だけで政権を去ることにもなりかねない。それほど今回の撤退は政権にとって大きなダメージとなりそうだ。
一方で、私は実は今回の撤退には楽観的である。なぜなら今回のこの「戦術レベル」の失敗は、その上の「大戦略レベル」での利益を、アメリカ(そしてその同盟国である日本)にもたらす可能性が高いからだ。
その理由は3つある。
- 大戦略での失敗を修正した
- 中国の目を内陸に向けさせる
- アメリカは「失敗」したので「反省」する
以下、ひとつずつ説明したい。
1. 大戦略での失敗を修正した
アメリカは、20世紀前半からもっているとされる世界戦略として、「リムランド」と呼ばれるユーラシアの周辺部に、①西欧、②中東、③東アジアという3つの「戦略地域」を持っている(以下の地図参照)。
冷戦時代、この3つの地域にそれぞれ同時に脅威を与えていたのはソ連という大きな帝国の存在だったが、冷戦後に超大国として世界の頂点に立ったアメリカは、ソ連の脅威がなくなったこれらの地域のバランスをうまく管理すればいいだけだ、と楽観的にとらえていた。
ところが1990年にサダム・フセインがクウェートに侵攻して湾岸戦争がはじまると、アメリカは②の中東への介入を強めることになり、さらに2001年の911事件をきっかけに「テロとの戦争」から「中東全域の民主化」へと、目標を転換した。
つまり、当初の2つの目標である
- アルカイダを匿っていたアフガニスタンのタリバン政権の排除
- 首謀者オサマ・ビンラディンの殺害
を超えて、「中東全域の民主化」という新たな目標をひっさげ、崩壊したアフガニスタンやイラクの「国家建設」や「民主化」を狙い始めたのである。ところがこれは、東アジアで台頭しつつあった中国への対処を遅らせるという意味で、実にまずい戦略的な間違いであった。
実施できなかった「アジア・ピボット」構想
事実、その合間に中国は経済的に成長しただけでなく、軍事費も毎年2桁成長を続けており、2012年の習近平政権発足以来、南シナ海での人工島埋め立てによる海洋領土の拡大や、日本やベトナムとの領海争いを本格化させている。
実際、アメリカも自身の大戦略の間違いに気づいており、オバマ政権(2009-17年)で2011年に事件の首謀者とされるオサマ・ビンラディンを殺害したあとは、アフガニスタンなどに駐留する意義を失っており、②の中東から戦力を退いて、③の東アジアで台頭する中国に注力する方針を示していた。
これが俗に「アジア基軸戦略」(Asia Pivot Strategy)と呼ばれる方針転換であった。
ところがリビアなどで余計な介入を続け、シリア内戦やISISの台頭などが続き、結果としてオバマ政権は②の中東から手を引くことなく、アメリカはトランプ政権のタリバンとの合意まで不毛な介入を続けることになったのだ。
このような流れから考えると、今回のバイデン政権のアフガニスタン撤退は、アメリカが2001年に犯した大戦略の間違いの修正であり、株式投資で言われるところの「損切り」であったと言える。
これによってアメリカは、テロという戦術的な脅威ではなく、より大きな戦略的な脅威となる③東アジアの中国に真正面から対処できるようになったのである。(後編に続く)
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