アフガン撤退の戦術的失敗が、米国「大戦略の勝利」と言える3つの理由(後編)

歴史が示す「反省からの勝利」
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 米のアフガン撤退は「損切り」と奥山氏。引き続きその理由について詳述
  • 中国がタリバン政権のアフガンをコントロールできるか疑問視
  • ベトナム戦争後の冷戦勝利のように、アメリカは失敗を「反省」する

「アメリカのアフガン撤退は、戦術レベルでは確かに失敗だが、戦略レベルではむしろアメリカ自身や、日本を含むアメリカの同盟国にとってプラスの面もある」と考える3つの理由、後編は2、3の理由について見ていきたい。

2.  中国の目を内陸に向けさせる

現在のアメリカにとっての戦略的な脅威である中国にとって、今回のアフガニスタン撤退はどう映るだろうか。「チャンス到来だ」とか「該当地域を、中国はすでに何千年にもわたって隣でコントロールしてきたので、タリバンが政権をとっても大丈夫だ」という楽観論もあるが、果たしてそうだろうか?

7月下旬、タリバン使節団のバラダール氏と会談した王毅外相(中国外交部サイト)

たとえばよく話題に上がるのは、カブール近郊の世界でもトップクラスの埋蔵量を誇るアイナク銅山をはじめとする、手つかずの天然資源だ。「北京が影響力を増せば優先的に開発できるようになる」という議論もあるが、アフガニスタンにはそもそも開発ができるようなインフラが整っておらず、たとえ採掘できたとしてもそれに見合うほどの低コストで実現するとは思えない。

また、「中国はアフガニスタンのような周辺の不安定な国をコントロールしてきたから、これからも問題ない」とする意見だが、これも楽観に過ぎる。現在、対外的な軍事力の整備よりも国内の治安維持の方にコストをかけている中国の立場から見ると、アフガニスタンとはほんのわずかしか国境(ワハーン回廊付近の90キロ前後)を接していないにもかかわらず、イスラム系のテロリストが流入する可能性が強まることを考えると、国内にウイグル問題を抱える立場としては楽観視できない。

つまりアメリカ(と日本)の立場からすれば、今回の米軍のアフガニスタンからの撤退は、中国の国家リソースを、海洋進出ではなく、内陸側の情勢安定に目を向けさせることになる。

逆に言えば、これまで中国が南シナ海をはじめとする海洋進出が可能となったのは、内陸の最果ての不安定なアフガニスタンを、アメリカがこの20年にわたって抑えておいてくれたからだ。前述したように、その合間にできた余裕で、中国は海洋進出を進めることができたのである。

つまり中国にとって、アメリカの20年間にわたるアフガニスタン駐留は、実に「ありがたいもの」であったと言える。

この抑えが外れたいま、③の東アジアへの中国の圧力がわずかだけでも下がる可能性というのは、安全保障や戦略的な観点からみれば、アメリカだけでなく日本にとっても歓迎すべきことであろう。

3.  アメリカは「失敗」したので反省する

1975年のベトナム戦争の最終局面で、南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、アメリカ軍が現地大使館からヘリで退避する写真や映像は、当時のアメリカに衝撃を与えた。そしてその46年後にそれと同じようなシーンがカブール空港で再現された。C-17輸送機にぶら下がるアメリカに協力したアフガニスタン人たちの姿である。

つまりアメリカはベトナム戦争と同じように「敗戦」したのだ。

8/20、カブール市民の退避を支援する米海兵隊員。子供を引き上げている(国防総省サイトより)

すでにはじまっているように、アメリカ国内では「非難合戦」(blame game)が始まっており、「誰がアフガニスタンを失ったか」という戦犯探し、もしくは「魔女狩り」が始まるのは避けられそうもない。

ところがこのような失敗は、戦略レベルで考えれば悪いことばかりではない。この敗戦が、アメリカを反省する国に変える可能性があるからだ。

ベトナム後に自省し、冷戦で勝利

たとえば歴史を振り返ると、ベトナム後に真摯に自分たちの失敗と向き合ったアメリカは冷静になり、自分たちのどの選択が間違っていたのかを研究し、軍人たちは1976年に出た英訳版のクラウゼヴィッツの『戦争論』のような古典を読み始めたのである。

そしてその後はレーガン政権を選出すると、ソ連を相手に第2次冷戦を戦って勝利した。言い換えれば、アメリカはベトナムで失敗したからこそ謙虚になり、そこから冷戦に勝利することができたのだ。

今回のアフガニスタン撤退の失敗も同様である。アメリカは冷戦後に唯一の超大国となり、「世界を民主化できる」として傲慢になっていたわけだが、アフガニスタンに20年間も駐留することにより、いかに自分たちが傲慢であったのかを身を持って悟ることになったのである。

8/28、カブールの空港で市民退避を支援する海兵隊員が赤ちゃんを抱く一幕も(国防総省サイトより)

「謙虚なアメリカ」が帰ってくるか

イソップ童話によれば、天の神々が互いに結婚しようとなった時に、行き遅れた「傲慢」の女神ヒュブリスに夢中になって恋をしたのが「戦争」の神ポレモスであったという。

それ以来、ヒュブリスのあとには必ずポレモスがついていくようになり、世界の国のリーダーたちは「傲慢を招き入れると戦争になる」と警戒するようになったという。ヒュブリス(Huburis)は英語の「傲慢」の語源となっている。

アメリカは冷戦後に傲慢になっていたために、戦争を招き入れていた。ところが今回負けたことにより、その傲慢を払拭できたのであり、当面は「謙虚なアメリカ」が帰ってくる可能性が高い。

もちろん冷戦時代とはコンテクストが異なり、アフガニスタンが再びテロリストの温床になることや、国内に残された女性たちの人権問題、周辺国への難民の流出や、米軍の残した武器、そして麻薬の原料となるケシの密輸など、国際的な懸念となる問題は山積している。

だがアメリカには、それらに対処する政治的な意志もなければ、能力も残されていない。

冷酷ではあるが、地域の問題は地域の国々が一義的に対処すべきであって、域外の大国であるアメリカが、そこまで関与して面倒を見る筋合いはない。

しかも、アメリカはよりグローバルな世界秩序の安定の方に力を注ぐ方が、国際社会への貢献度は高まる、という考え方も成り立つのだ。

撤退はアメリカ(と日本)の国益にかなう

8月31日の米軍撤収完了を受けて、バイデン大統領は同日の記者会見で、

「アフガニスタンに巨額の予算を投下し続け、数千のアメリカ軍を駐留させ続けることがアメリカの安全につながるとは思えない。20年間、戦争を続け、さらなる若者をこの戦争に送ることは拒否する。ずっと前に終わらせているべきだった」(参考:バイデン大統領「国益のための正しい判断」

と述べているが、これは確かに同意せざるを得ない。

バイデン政権は撤退という「手段」の面で大失敗したが、それでも大戦略の修正という「目的」という面では、アメリカ(そして日本)の国益にかなう仕事をしたと言えるのではないだろうか。

 
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授

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