落選危機、自民党に居場所なし…菅首相「復権シナリオ」はあるか

出馬しなくても「背水の陣」なワケ
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

自民党総裁選は今週中には候補者の顔ぶれが出そろい、党内の舞台裏の駆け引きやオモテの政策論争、それらを取り上げる報道の洪水によるメディアジャックは本格化するだろう。一時は衆院選での自公の過半数割れの危機すらささやかれていた状況が一変した。それもこれも菅首相が出馬を見送ったことが理由なのは言うまでもない。昨晩のパラリンピック閉会式でも脚光を浴びず、このまま世間の関心から薄れそうな宰相について今のうちに触れておきたい。

総裁選不出馬を表明する菅氏(3日、官邸サイト)

コロナで功績が「全否定」

小泉環境相が「こんなに結果を出した総理はいないと思う。正当に評価されてもらいたい」と涙ながらに語ったことを引き合いに出すまでもなく、菅政権の功績を並べてみると、菅首相だからわずか1年でできたことは多分にあったと痛感する。小泉氏がのさばることになった急進的な「脱炭素政策」には疑問が残ったものの、「デジタル庁設置」「携帯電話料金の引き下げ」「不妊治療の助成制度」「出遅れたワクチンの大規模摂取の挽回」「初の孤独担当大臣」などなど、記録にも記憶にも残るものが、わずか1年で結実していたことは改めて驚かされる。

反安倍系のメディアからは叩かれたが、むしろ安倍政権がやらなかった宿題にも果断に挑んだ。75歳以上の後期高齢者の医療費負担引き上げは、公明党の反対を押し切れるだけの力は学会との強いパイプがある首相ならではだろう。そして個人的に印象深いのは福島原発の処理水の海洋放出をやることを決めたことだ。はっきり言えば安倍政権は原発問題から逃げ続け、処理水の処分が限界いっぱいまでなる現場に負担を押し付けて終わった。

個人的に処理水問題を取材し、シンポジウム運営もした経験もある身としては、就任早々、反対を恐れず、物事を前に進めた菅首相の決断力には敬意を表したい。筆者はここ数年小泉氏を厳しく論評しているが、「コロナに対する批判一色で染まってしまって、前向きな実績も覆い隠されてきた」という政権振り返りに関しては全くの同意だ。菅首相の価値は退任してからわかる人がかなり増えるだろう。

しかし政治の世界は非情だ。わかりやすさ、見た目の良さ、歯切れの良さが支持率に連動するテレビ政治、SNS政治の構造にあっては、記者会見のプレゼン力や対話の姿勢をある程度示すことも求心力の維持に不可欠だ。質実剛健の実務型宰相はコロナはこれが苦手だった。もちろん、変異株に翻弄されて新規感染者数の抑え込みに苦戦し、病床確保が進まなかったことが支持率低迷の最大の理由であり、菅首相の責任は大きいが、政権の功績を「全否定」することは筋違いであろう。

ところが不出馬表明前には、地元の自民神奈川県連の土井隆典幹事長(県議)に総裁選での後押しをしないと明言されてしまった(参照:共同通信)。国許がこの様子では党内最大の権力闘争で勝つことなどできない。そうした実情を背景に、気の早い日刊ゲンダイなどは次期衆院選で菅氏の神奈川2区での落選危機すら報じ出している。過去には自民党に大逆風で、民主党大勝の2009年選挙で、菅氏は得票率の差で1%未満、わずか548票差にまで追い込まれて再選、直近の横浜市長選でも選挙区の横浜市西区、南区、港南区のいずれでも自民系候補が、野党系候補に惨敗したことが大苦戦の根拠にあげられている。

実際には菅首相にとっては“不幸中の幸い”なことに立憲と共産の候補者調整がついていないが、野党にとっては首相経験者の落選を狙えるシンボリックな選挙区になりうるとあって、例えば小沢一郎氏あたりが山本太郎氏を統一候補にして菅氏と1対1の対決に持ち込むような展開があれば、予断を全く許さないだろう。

河野氏を突破口に臨む戦い

発言する菅首相を見る河野氏(官邸サイト)

ただし、ここにきて自民党の支持率も上がっていることもあり、「万一」は基本ないと思われるが、選挙に生き残れても求心力が致命的なまでに落ち切り、無派閥の菅氏には、自民党内に居場所はなくなってしまったようにも見える。年齢も70代になった菅氏。このままでは、もう一期寂しく議員を務めあげて静かに引退するという流れがつい浮かんでしまうが、少なくとも「復権」の突破口はある。河野太郎氏だ。先週末、菅氏が河野氏を支援する意向を固めたと報じられている。

他の立候補予定者と比べても政策的にも継続性が最もある。河野選対のオモテは小泉氏が奔走し、菅氏は裏方に徹して支え、総裁選で河野氏が、岸田氏や、安倍氏が推す高市氏に勝利することができれば、前首相との後見役としての立場を確保。安倍氏のようなキングメーカーとして絶大な存在感とはいえないだろうが、河野政権で隠然たる影響力は残せるはずだ。人気が高い河野氏であれば衆院選での浮揚効果は高く、自身の選挙はまた安泰になるだろう。そして河野氏の政権運営において、公明や維新に協力を求めたい局面で、独自の強いパイプを発揮する機会もある。

しかし、その前に激しい権力闘争が待ち受けている。国民そっちのけも困りものだが、やりたい政策をやり切るためには権力を取らなければならないのも現実だ。そこでは、かつて女房役として8年支えた安倍前首相との「院政対決」が静かに熱く繰り広げられる。河野氏が敗れた場合、菅氏は自民党内での求心力を回復する機会はほぼなくなる。まさに「背水の陣」だ。総裁選の玄人好みの密かな見所かもしれない。

 
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

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