キシダノミクス VS.サナエノミクス 〜 自民総裁選 序盤戦、経済政策を展望する
ポスト菅時代の経済成長に求めたいこと- 自民党総裁選、序盤で経済政策が明らかになった岸田氏と高市氏を比較
- 岸田氏は「財政タカ派」、高市氏は「積極財政派」。ただ金融所得課税は…
- ポスト菅時代、規制改革は日本の経済成長のためには不可欠な重要政策
菅義偉首相が立候補を見送ったことで、今月末に行われる自民党総裁選は、既に出馬を表明している岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務大臣など複数候補で戦われる大論戦となりそうな展開だ。ここでは総裁選に向けて、記者会見やメディアで政策発表をいち早く行った岸田氏と高市氏の経済政策のスタンスを中心に論評してみたい。

岸田氏の経済政策は財政タカ派
岸田氏は、コロナ対策では「岸田4本柱」として、政府主導で医療施設(野戦病院)を開設し医療難民ゼロを目指すことや内閣府の常設組織として「健康危機管理庁」の設置を打ち出した。また人流抑制に協力してもらうためにステイホーム可能な経済対策として、家賃支援や持続化給付金の復活(地域や業種を限定せず事業規模の応じた固定費支援)、共働きやひとり親家庭を対象とした臨時の休業手当創設を中心に、来年春までに数十兆円規模の追加的な財政出動の実施を掲げている(1)。

コロナ禍での財政出動を支持する岸田氏であるが、アフターコロナの経済政策は、「令和版所得倍増」を目指すとしている(2)。その特徴としては、小泉政権以降の新自由主義的政策によって広がった所得格差を是正するため、公的な分配機能の強化とともに、利益が出ても賃上げを十分に行わない日本企業を問題視し、民間部門間の分配ルール見直しも必要とするリベラルな政策を志向している。具体的には、中間層の拡大に向けて子育て世帯の住居費や教育費の支援強化、地方復活に向けて5Gなどのデジタルインフラ整備、企業経営についてはサプライチェーンにおける下請け取引の適正化などを挙げている。
他には、グリーン、人工知能、量子、核融合、バイオなどの先端科学技術への研究開発投資、次世代産業の国内立地の促進、スタートアップ企業への徹底的な支援など産業政策を軸とした成長戦略を訴える。
このような経済政策を岸田氏は「新しい日本型の資本主義」と呼んでいるが、むしろイギリスのサッチャー政権以前の福祉社会型の資本主義を彷彿とさせる。また岸田氏は財政再建派としても知られている。当面の増税は否定しているものの、経済成長よりも格差是正や所得分配を重視しかつ財政規律に配慮しすぎるなら、現在の財政状況を考えると将来的には大幅な増税を行う可能性がある。増税のタイミングを間違えば、日本経済が長期停滞に陥ってしまうかもしれない。
サナエノミクス:積極財政派
高市氏のコロナ政策は、Hanada (2021年10月号)のインタビュー記事によると、コロナウィルス対応病院以外でも幅広く治療薬を処方可能にすること、感染症のみならず大規模な災害に備え生活必需品や医療・衛生用品の迅速な確保を可能とする施策を挙げている。

コロナが終息した後の世界を考える上で注目される経済政策に関しては、高市氏は、アベノミクスの基本戦略を踏襲した「日本経済強靭化計画(=サナエノミクス)」を掲げている。アベノミクスは周知のとおり、第一の矢である「大胆な金融政策」、第二の矢である「機動的な財政政策」、第三の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」で構成されているが、サナエノミクスでは、第二の矢を災害、感染症、テロ、紛争、海外の景気低迷などの要因による「緊急時の迅速な大型財政出動」に限定し、さらに第三の矢を法制度整備を伴う戦略的な「大胆な危機管理投資・成長投資」に係る財政出動に代えて、現在のインフレ目標2%を達成するまで一時的に財政規律(プライマリー・バランス黒字化目標)を凍結するとしている。
サナエノミクスの第二の矢と第三の矢は、出動する目的が違うだけで、どちらも積極的な財政拡大政策であり、プライマリー・バランス黒字化目標の凍結とともに、日銀による量的質的金融緩和政策とセットで採用されれば、アベノミクスよりもさらに強力な景気刺激と力強い経済成長につながると期待される。問題といえば、財政規律を凍結し積極的な財政出動を実現するには相当な政治力が不可欠となる点であろう。
またサナエノミクスの第三の矢では、半導体や量子コンピュータ開発、経済安全保障を含めたセキュリティ分野などに対する研究開発費を重点的に増額し、各分野の技術革新を狙うとされる(3)。サナエノミクスの成長投資は、危機管理や安全保障のための防衛費の意味合いを含むので、効率よりも必要性のために行うのかもしれないが、成長投資は一般的にいって、政府が重点的な分野を絞るよりも規制緩和を行った上で広くバラマキ型の投資を行ったほうが良いかもしれない。その理由は、現時点で将来どの分野が成長するかを見極めるのは非常に難しいことに加え、政府が投資すべき産業や分野を特定すると、新たな利権や既得権益を生み出しかねないからだ。
金融所得課税は、株式市場取引の縮小要因に
さらに高市氏は、9月3日公開のHanadaプラスで「わが政権構想:日本経済強靭化計画」を発表し、様々な税制改革案を打ち出している 。その中で特に注目されるのは、大企業が保有する現預金に対する課税と50万円以上の金融所得(配当や株式売却益)に対する税率引上げ(現状の20%から30%へ)を提案している。前者の法人に対する現預金課税は、企業が内部留保をため込み、従業員への賃上げや設備投資を積極的に行わないことへの批判から検討されたものとみられるが、企業の総資産に対する適切な現預金比率は、業種・業態によってさまざまで、かつ置かれている現在の経済環境やその将来見通しによっても異なるので一律に課税できるものではない。
政府は、一にも二にも低い失業率を維持できるようにマクロ経済政策を行うことと、企業が適切な内部留保以上にため込みすぎているのなら、従業員がもっと積極的に設備投資を行う将来性の高い企業やもっと高い賃金を支払ってくれる企業へ自由に移動できるように労働市場の整備を整えるべきである。また後者の金融所得課税は、投資家の株式市場への参加の阻害要因、さらに言えば日本の株式市場取引の縮小要因となる。株式市場とは、そもそも企業にとっては資金を調達する場であり、投資家にとっては株式を交換する場であるだけだ。株式市場の取引が縮小するということは企業の資金調達の場が縮小することを意味し、資金とともに企業が海外流出する可能性もある。
また投資家にとっても金融所得課税の引上げは、安定的な資産形成の機会を失わせることになる。株式取引は(預貯金と比較すると)リターンも高いがリスクも高い。一般に高所得者層のみが株式市場に参加して高収益を得ているイメージがあるため、一見「逆進性」があるように思えるが、実際には株式取引を行う投資家は高いリスクを背負っているので不当に高収益を得ているわけではない。
株式取引というものは所得とは無関係で、個人の資産形成におけるリスクとリターンに対する考え方に応じて行われるものであり、また資産は様々な形に分散させて保有するほうがリスクを減らしつつ安定した収益を得られることが理論上よく知られている。つまり低所得者であっても、毎月5000円を預貯金、500円を株式に積立て投資することもできるのだ。現在あるNISA(少額株式投資非課税制度)やiDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金)などの制度は、このような考えに基づいて、あらゆる所得層に株式市場参入を促している。
ポスト菅時代も規制改革は不可欠
岸田氏や高市氏の他にも、今回の自民党総裁選には、河野太郎行政改革・ワクチン担当大臣や石破茂元幹事長などの出馬が取り沙汰されている。今までのインタビューなどによる断片的な発言で彼らの経済政策を評価することはできないが、河野氏は基本的に規制緩和を中心した競争政策を主張、石破氏は財政再建を重視し金融緩和政策には否定的な見解を持っているとされる。

7年半続いた安倍政権を引き継ぐ形で昨年9月に発足した菅内閣は、この1年で、携帯電話料金の引き下げ、不妊治療の保険適用、デジタル庁発足、ワクチン接種の加速など数多くの実績を作った。いずれの施策も国民の生活水準向上に直接つながるものであるが、その実現の過程では縦割り行政の壁や岩盤規制を突破しなればならず、並外れた政策実行力が必要であったはずだ。菅内閣によって、規制緩和を促進することで経済全体の生産性の向上を目指したアベノミクスの第三の矢とされる成長戦略は着実に前進したと言えるだろう。
規制改革による成長戦略は、複雑に絡み合った既得権益との戦いであり、実行には時間がかかる。また実行できたとしてもその効果はすぐにはでないかもしれないし、短期的には景気にマイナスの影響がでる可能性もある。しかしながら、規制改革は長期的な日本の経済成長のためにはなくてはならない重要な政策の1つである。
自民党総裁選では、実質的に日本の次期首相が選出される。いずれの候補者が自民党総裁になっても、アベノミクスやサナエノミクスで示唆されるような積極的な財政金融政策によって景気を刺激しながら、規制改革を行い、力強く持続的な日本の経済成長を実現してほしい。
- 岸田氏のコロナ対策は、THE PAGE「自民・岸田文雄氏、総裁選に向けコロナ対策を発表(2021年9月2日)」
- 岸田氏の政策については、https://kishida.gr.jp/activity/7653(2021年9月5日)を参照とした。
- 高市氏の政策は、文芸春秋2021年9月号を参照した。
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