自民党総裁選で注目:「首相動静」の読み方、作り方
元総理番記者が語るウラ舞台:菅総理は1年のうち休日はたった4日…退陣を表明した菅義偉首相。ほどなく、第100代首相が誕生する。そんな歴代首相が「いま、何を重要視しているか」を推し量る一つの指標がある。新聞の政治欄の片隅にひっそりと載っている、「首相動静」だ。一見無味乾燥な事実の羅列にも見える首相動静の味わい方について、首相への同行が唯一、公式に許されている通信社の元政治記者が解説する。

面会相手は「首相の関心事」の表れ
「首相動静」では、首相が朝何時に家を出てどこで誰と会い、夜何時に帰宅するのかまでが克明に記録されている。
2021年8月の首相動静を見てみると、平日における平均出発時間は8時12分、平均帰宅時間は19時48分。お盆期間はやや短めの稼働だったほか、新型コロナウイルスへの感染対策で会食ができない分、帰宅時間も早くなっている。
ただし8月のうち、休養日は1日だけ。就任から数えてみても、1月に2回、3月に1回、そして8月に1回と、就任して約1年の間に計4回しか外出しなかった日はない。齢70を超え、同じように働ける人がどれくらいいるのだろうか。リフレッシュのために行う朝の散歩は、8月だけで17回に上っている。
退陣の理由に「コロナ対策への専念」を挙げた菅首相だが、実際に8月最も面会したのは、吉田学内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長で18回。就任した2020年9月以降、吉田室長との面会が二桁を割ったのは、就任月を除くと就任直後の2020年10月と新規感染者の減少傾向が見られた2021年3月のみとなっている。
そのほかにも厚労省や総務省でコロナ対策に関わる役人や、大学病院院長、人工心肺装置「ECMO」の専門家らでつくるNPO法人の理事長との面会を精力的に行うなど、コロナ対策に腐心してきたことが読み解ける。
もちろん、重視しているのはそれだけではない。動静に登場する回数は吉田室長の次に、秋葉剛男国家安全保障局長が15回と続く。緊迫したアフガニスタン情勢を受けて、外務省の高橋克彦中東アフリカ局長の名前も3度確認できる。
8月末からの一週間にかけては4日連続で小泉進次郎環境大臣と面会。このことから改造内閣での要職起用との噂も飛び交っていた。
首相に同行できるのは通信社2社のみ

さて、首相動静はどうやってつくられるのか。それは「総理番」と呼ばれる政治部若手記者たちの地道な確認作業による。官邸から公式に発表される予定と、自分たちの目で確認した事実などを基に、一つ一つ積み上げていくのだ。
官邸からの公式発表は、会議や表敬訪問など必要最小限にとどまる。それ以外の予定は、ほとんどが政治記者の目視による確認となる。官邸では3階のエントランスに各社の総理番が配置され、来客すべてに宛先を尋ねる。また来客の有無にかかわらず、5階にある首相の執務室の入り口を映し出すモニターから片時も目を離さず、出入りをチェックする。
執務室を出入りするのはスーツを着たおじさんがほとんどなので最初は見分けがつかないが、慣れてくると後ろ姿だけで判別できるようになる。
来客の大半は「常連組」が占めるがゆえに、見覚えのない人物が宛先を言わずに執務室に入っていくとエントランスはざわつき、社の垣根を超えて当該人物の特定作業が始まる。役人でもなく、若めの女性であると「どうせ秘書官宛だな」と油断することが多いが、「念のため聞いておくか…」と声をかけると首相宛であることもあるのであなどれない。
なお、首相番として朝から晩まで首相に張り付く栄誉(?)は、警護の観点から時事通信と共同通信の通信社2社にのみ認められる。この2社はどこに行くにも首相一行に加わり、他社の番記者に官邸以外での動静を細かく各社に知らせる役割を担う。
勤務時間は、2019年3月までは「07:30~24:00」が基本とされていたところ、働き方改革の励行により同年4月からは22時までに短縮された。もちろん、国会があるときなど、もっと早いときや遅いときもある。
総理番が若手記者の責務となっているのは、何よりも体力が求められるからだ。時事・共同の記者には「官邸では座ってはいけない」というルールがあったり、首相が国会等でエレベーターで移動するときには階段をダッシュして追いつかなければならなかったりといった決まりがある。
なお、首相公邸の隣には、時事と共同のみが立ち入りを許される「番小屋」なる公邸入り口をモニタリングする小屋もある。公邸には「幽霊が出る」と噂されているが、番小屋においても「モニターに白い影が映った」「いきなり電気が消える」などと歴代の番記者たちに伝えられている(筆者自身も突然電気が消えたのは経験している)。

首相動静の「抜け道」「篭脱け」とは
安倍前首相は2018年、加計学園の獣医学部新設をめぐる問題で「加計氏と面会したのではないか」と野党側から問われたとき、「首相動静を見るかぎりお目にかかっていない」と述べた。
これは総理番経験者であれば苦笑ものである。というのも、面会の有無の真偽はともかく、首相動静は「完璧」ではなく、それを一番熟知しているのは安倍前首相だからだ。
官邸には、モニターで確認できる以外にも執務室につながる通路がある。この通路を使えば、記者の目をかいくぐって密談することが可能だ。そのほか、現在会食そのものの機会が減っているため難しいが、秘書官らとの会食と見せかけて抜け出して要人と会う「篭脱け」と呼ばれる手法もある。
明らかに政局が動いている時期に、目に見える来客がない時間がぽっかり現れるとき、総理番は「今誰か来ているんじゃないか」との疑心暗鬼にかられる。実際、後に要人と対談していたことが明らかになることもある。裏を返せば、首相動静は「会っているということが世間に伝わってもいい」動静だとも言える。
辞意表明の翌日には健康診断を受けて髪を切るなど、身も心もさっぱりした菅首相。残された一か月の間にどんな行動を取るのか。次の首相は誰と面会を重ねるのか。そこにはどんな意図があるのか。(できればほんの少し総理番の奮闘にも思いを致してもらいつつ)そんな観点から首相動静を確認してみるのも面白い。
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