コロナも地球温暖化も、すがってしまうシミュレーションという名の“宗教”

「無理矢理」将来予想することの意味って?
2021年09月09日 06:00
朝日新聞創業家

人間は、自分に関係あることで、「これから何がおこるか分からない」という状況が大変苦手のようです。ですから、そういうことになると、無理にでも現状を説明できる論理を求めて、それによって未来の予想しようとします。その典型が、昔・宗教、今・シミュレーションと言えるでしょう。

metamorworks /iStock

どうなるかわからないことを予想する意義って?

断っておきますが、大きな現象の細部を見るためにとか、状況を見える化するために、と言う目的でシミュレーションを使うのは別の話です。たとえば、飛行機事故のとき、回収されたフライトレコーダーのデータから事故の状況を映像化する、というのなのは有用な使い方です。

問題なのは、本質的にどうなるか分からないことを、シミュレーションで予想しようとすることです。この中には2つのタイプがあります。ひとつは現象を支配しているメカニズムがわからない場合、もう一つは支配しているメカニズムが多すぎて細かい精度で何が起こるか分からない場合です。

前者の例に、コロナの今後の感染者数予想があります。日本の場合、感染者数はこれまで5回のピークがあったということになっていますが、何でピークが起こるのか、そして何でピークが終わるのか、さまざまな説明がありますが、未だに定説と呼べるものはありません。

だから、これまでの感染者数の推移から、今後の推移を予想するシミュレーションを作ってみても意味がないのです。仮に、現実がそのシミュレーション通りになったとしても、偶然当たったとしか言いようがないからです。

二言目には、読者の「知る権利」を口にするメディアは、どこも踏み込もうとはしません…って、いつのまにかシミュレーションから話がそれています。どうも、朝日脳の匂いがする話題に入ると興奮する癖が治っていないようです。すみません。

matejmo /iStock

当たるも八卦、当たらないも八卦

気を取り直して先に行きましょう。コロナの今後に関しては、現状ではわからないことが多すぎる(今回言及したこと以外にも、ウィルスの変異やら、ワクチンの調達スケジュールや入手後の賞味期限、接種後の効果の継続期間やら)ので、今後のことは分からないと、断言なり覚悟なりをするしかありません。

それでは不安だからと言って、根拠のはっきりしないシミュレーションから、「コロナは風邪(またはインフル)と同じ、いすれ収束します」とか「この冬の第6波が特に警戒を要する」と言ってみても、「そうかも知れませんが違うかもしれません」としか答えようがありません。「当たるも八卦、当たらないも八卦」の宗教の世界です。

ましてや、医療崩壊については、「感染者集」よりさらに予想の難しそうな「重症者数」が分からない以上、誰かの対応の悪さをなじっても仕方ありません。たとえば仮に、2018年当時、「3年後には、伝染性の強いウィルスのために、入院できずに自宅療養する感染者が1万人を超えると思われるので、全国の公立病院は感染症病棟を増設すべきです」などと言う研究者がいたら、危ない予言者扱いされていたでしょう。

考えてみれば、コロナ以前から偏在はあるにせよ、(少なくとも、医師免許を持ちながら、医療と無関係なバイトで食いつなぎながら医者になることを夢見てる若者がいない程度には)、医師不足が言われていたわけですから、一定数以上の病人が突然現れたら、医療崩壊は当たり前の話で、別に驚いたり怒ったりする問題ではありません。

知人の医者の話では、「コロナ以前よりも癌などの手術の日程が遅くなっているため、手遅れになることが頻発している」とのこと。たいていの崩壊と同じように、医療崩壊も目立たないところから確実に進んでいます

こういうのがいやなら、とりあえず今の経済システムを叩き潰して、人流を止めるより仕方ありません。あるいは、公的資金の大部分を医療につぎ込むのも良いかもしれません。放置するより無いのかもしれません。どれが一番安くつくのかも分かりません。無責任がことを言うのなら、なんで私に責任があるのか教えてほしいものです。

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100年後の東京の気温を占う滑稽

さて、シミュレーションが出来ない、もうひとつのケース、要求精度が高すぎる場合の話です。典型例は、地球温暖化です。
たとえば、100年後の真夏の東京の気温。20度と40度の間ですと言えば、多分当たるのでしょうが、「現状より2度高いか3度高いか」なんて、分かるはずがありません。誰が考えたって不確定要素が多すぎると思います。ましてや、地球の平均気温などという意味不明の数値を予想しても仕方ないと思います。

だいたい、地球温暖化論の人は、「産業革命以後の地球の温暖化は、間違いなく人為による二酸化炭素の増加が原因である」と断言しながら、なぜシミュレーションをしようとするのでしょうか。人為による温暖化など地球始まって以来の現象ですから、必要な数値データが入手できるはずがないのです。当然、シミュレーションも宗教的なものになります。

それにしても「今すぐ手を打たないと、手遅れです」と、この20年ほど言い続けていた人の中から、もう少し「もう手遅れですから、この話はやめましょう」と言う人が出てきてもよさそうに思うんですが、なぜかほとんど見かけません。こちらの方も、20年前には予知不能でした。

シミュレーションや宗教で、無理矢理、将来予想をして安心を得るのも良いかもしれませんが、その結論を他人に押しつけるのは、やめていただきたいものです。

 

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