「9.11」から20年 〜 アフガニスタン「敗戦」で問われる日本の立ち位置

中途半端だった「対テロ戦争」への参画
2021年09月11日 06:01
国際政治学者/東京外国語大学大学院教授
  • 9.11テロから20年間の日本のアフガニスタン支援を総括する
  • 「対テロ戦争」参画の姿勢は中途半端。退避作戦の「遅れ」も含め迷い
  • アメリカの撤退を受け、いま日本がやってはいけないこと、考えるべきことは?

9.11テロから20年間、日本は米国の同盟国として、最大限の協力をしてきた。少なくともアフガニスタンへのODA額が、他国への支援よりも突出して大きかった、というような意味では、そうだ。現場の援助関係者の気持ちを考えれば、そのことを過小評価したくはない。

だが欧州諸国やカナダのみならず、韓国やオーストラリアのようなアメリカの同盟国が、軒並み軍事部隊の派遣をしていたにもかかわらず、日本だけがインド洋で給油する活動をだけで済ませていたように、日本の「対テロ戦争」への参画の姿勢は中途半端なものだったとも言える。

2006年7月、アフガニスタン・カルザイ大統領(当時)と会談する小泉首相(同)=官邸HP

アフガンで日本の役割果たせたか?

2002年1月に開催されたアフガニスタン復興支援会議のホスト国となった日本は、当時まだODAが世界最高水準であったという背景もあり、何とか存在感を見せようと努力した。そこでDDR(武装解除・動員解除・社会再統合)という治安部門改革の重要領域を主導する担当国となる気概を見せた。だが日本の果たすべき役割について理解が広く確立されていたかと言えば、そうは言えない。

日本のDDR遂行を現場で担ったのは、特別にかき集められてきた伊勢崎賢治氏や瀬谷ルミ子氏ら元国連職員らであり、彼らの中でその後も外務省に残った者はいない。復興会議の際の中東二課長で、その後すぐにアフガニスタン大使館公使になってDDRその他の人道復興支援の陣頭指揮をした宮原信孝氏は、アフガニスタンでの職務を最後にして、外務省を退職する決断をした。

内戦中には大使館は閉鎖されていたため、事実上の新設大使として赴任した駒野欽一氏は、アフガニスタンの公用語の一つであるダリー語に近いペルシャ語を専門とする人物だったこともあり、現地社会にアピールする精力的な活動を行った。だがその後は日本のアフガニスタンへの支援には、目立った活動がなくなっていく。(なお駒野氏は、外務省の対外援助畑の要職を歴任していくが、イラン大使在任中のセクハラで口頭注意処分を受けるという形でキャリアを終えた。その後、告訴されて書類送検されている)

2009年に誕生した民主党政権は、インド洋での自衛隊の給油活動を違憲だとみなして中止した。これに代わる形で、アフガニスタン支援に50億ドルを充てるという国際公約を行った。だがすでに現地の治安情勢も悪化していて大使館やJICA(国際協力機構)職員も、援助の実際の現場に視察に行くこともできないような状況の中で、治安要員への給与補填という名目のアフガニスタン政府への財政支援だけが行われていったのが実情であった。当時から腐敗による大量の幽霊職員の存在どころか、タリバン兵士すら素性を偽って政府機構に入り込んで給与を得ている、ということは、広範に指摘されていた。しかし、「だからと言って日本に何ができるんだ」という雰囲気の中、予算執行だけが粛々と進められていった。

Trent Inness /iStock

退避作戦の遅れに見る「迷い」

今回の「敗戦」によるアフガニスタンからの退避作戦の「遅れ」が、問題になっている。大使館員だけがいち早く国外退去していたため、現地雇用していたアフガニスタン人などが見捨てられた格好となった。「もう少し早く自衛隊を派遣できていれば」といった指摘がなされている。結局は、現地アフガン人職員も含めた大規模退避をするのかどうかの判断それ自体をする準備がなかった、ということだろう。背景には、日本のアフガニスタンへの関与そのものが中途半端なものになっていた事情がある。

実際のところ、中国をはじめとする親タリバンの立場をとる諸国は、大使館を閉鎖していない。日本がミャンマーでとっている「日本は国軍に太いパイプがある、欧米諸国とは違う太陽政策もとる、ODAを止めたら相手国がいっそう中国寄りになってしまう」といった姿勢をアフガニスタンでもとるのであれば、大使館の維持の選択肢もありえただろう。それでも最後は、アフガニスタンの場合には、大使館維持はリスクが大きすぎるし、政治家層や世論の流れから現地アフガン人職員を退避させない選択肢もとれない、という判断になった。しかし「判断の遅れ」の背景には、立ち位置の曖昧さに由来する「迷い」があったのではないか、と疑わざるを得ない。

日本はアメリカの同盟国として、アフガニスタンに「最大限の」努力は注いだ。しかし実際には気持ちが定まっておらず、外見を整えていただけのような部分もあった。その立ち位置の曖昧さが、最後の退避の様子にまで、大きく影響した。

今の日本が絶対やってはいけないこと

アメリカの撤退に伴うアフガニスタン情勢を見て、「アメリカは傲慢だ、他国の文化に無知だ」といったもっともらしい言説が、日本では数多くみられる。さらには「要するにアフガニスタン人は皆タリバンなのだ」といった文化相対主義を装った突き放した見方もある。いずれも、日本の当事者としての性格を否定したい深層心理の反映であるように感じる。少なくとも国際社会では主張できない内輪ネタの言説である。

8/20、カブール市民の退避を支援する米海兵隊員。子供を引き上げている(国防総省サイトより

今になってそのようなことを言うのであれば、それでは20年間、日本は何をしてきたというのか。建設的な政策提案をしたことがあるのか。あるいは逆に、間違った同盟国の態度を批判する勇気を見せたことがあるのか。日本は、他の自由主義諸国と協力してアフガニスタンのために努力してきたのだ。今はむしろ「敗戦」の事実を重く受け止めるべきではないのか。

今、日本が絶対にやってはいけないのは、全てはアメリカが独り相撲で失敗しただけの出来事だ、と言わんばかりの態度で、ただひたすらタリバンの政権奪取後の現状を後付けで追認しているような無責任な態度を見せることだ。アフガニスタンにはまだ、国外退避の機会をずっと待っている多くの人々がいる。そして、タリバンに抗議のデモを行う勇気ある女性たちや、それを報道してくれるジャーナリストらもいる。タリバンに対する抵抗運動を続けている者もいる。

できもしないことを提案したり、現実離れしたシナリオを夢想したりする必要はない。しかし、だからこそ、自らの責任を真摯に受け止める最低限の倫理観のある態度を見せることが必要だ。

この機会にあらためて日本の国際社会での立ち位置をしっかりと考えていく態度を固めたい。そうでなければ、やがて自らに危機が訪れた際、さらにいっそうの混乱を経験せざるをえなくなるだろう。

 

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国際政治学者/東京外国語大学大学院教授

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