なぜバターが簡単に足りなくなってしまうのか?
硬直化した酪農規制の改革が必要- たびたび起こる「バター不足」の構造要因を、経済学者の佐藤綾野氏が解説
- 背景には複雑な酪農制度。いまの構造では消費者の急な需要変化に対応できず
- 硬直的な輸入管理制度の問題も。世界に通用する強い酪農へ規制改革を望む
昨年2月以来新型コロナ感染症が蔓延し、日本中の国民が外出規制を余儀なくされた。外食もできないので自炊する機会も多くなり、昨年5月には家庭用バターの消費量が急増し,スーパーの棚からバターが消えた。実はバターは2014年にも一時品薄となり店頭から消えた時期がある。なぜこうも簡単にバターは消えてしまうのか。

ご存じのとおり、バターは牛から絞った生乳(原料乳)から出来ている。生乳は、飲用の牛乳や加工乳、乳飲料のほかに、チーズや生クリーム、ヨーグルト、アイスクリーム、脱脂粉乳など乳製品として形を変えて私たちの食生活を支えている。この生乳は、生産者である酪農家から私たち消費者のところに届くまでさまざまな規制と複雑な酪農制度のもとで生産されている。
複雑な酪農制度を解説
牛乳や乳製品が酪農家から消費者までの流通経路は,大きく①酪農家から生乳を集める「集乳業者」、②集乳業者から乳業メーカー、③乳業メーカーから店頭--に分けられる。複雑な制度があるのは主として①と②である。
集乳業者は、2018年の制度改正により現在は少数の民間業者が参入してはいるが、それでも生乳生産量全体の約90%以上を指定団体に独占されている。
指定団体とは、全国を10(北海道、東北、関東、北陸、東海、近畿、四国、中国、九州、沖縄)の地区ブロックに分け、その地区ブロック毎に政府から1団体だけ指定された業者のことである。最も影響力が強いのは、生乳生産量の50%以上を占める北海道の指定団体ホクレンだ。
図表 計画生産と乳価のしくみ

指定団体の役割は非常に大きく、集乳以外にも地区ブロック毎の生乳の計画生産(数量調整)、酪農家に代わって年に1度行われる乳業メーカーとの生乳の『用途別価格』の交渉と集金、政府から加工原料乳(バターやチーズなどの乳製品用に使用される生乳)に対してだけ支払われる『補給金』の酪農家への分配、農家への『プール価格(総合乳価)』の支払いなどがある。
需要変化に弱い「用途別価格」制度
酪農制度の最も特徴的なものの1つである用途別価格とは、生乳を使ってどんな製品を製造するかその用途別に乳業メーカーの買取価格が異なるというものだ。飲用向けの生乳の買取価格が一番高く、チーズやバターなどの加工乳製品向けの生乳の買取価格は安い。一般に東京や大阪など大都市圏に近い都府県の生乳は主に飲用向けとなり、北海道の生乳は加工原料乳となる。
用途別価格は上記②の指定団体と乳業メーカーの間の取引価格であるが、①の指定団体と酪農家の間ではプール価格で取引される。プール価格は,乳業メーカーから支払われる用途別価格に基づいた代金に政府から支払われる補給金を加えた単一の乳価となっている。つまり生乳の取引価格は①と②で異なるわけだが、問題は用途別価格という価格システムの存在だ。

指定団体は酪農家の安定した収入確保のため,用途別価格に応じた生乳の用途別処理量(年間牛乳XXトン,バターXXトンなど)を乳業メーカーに要求する。乳業メーカーは独占供給者の指定団体の要求に従わざるをえないため、要求通りに用途別に生乳を処理することになる。したがって乳業メーカーは消費者の需要変化、例えば牛乳よりもバターの需要が増加しても対応できない構造になっているのだ。
指定団体制度の問題は他にもある。指定団体は、酪農家にとってはほぼ独占の集乳業者となっている。そのため酪農家は、指定団体の提示する集乳手数料を支払うしかない。また指定団体は地区ブロックの計画生産目標量を達成するため、各酪農家にそれぞれ計画生産量を与え、その量を超えて出荷すると実質的なペナルティを与えるルールも設けている。
独立行政法人による非弾力的な輸入管理
バター不足が生じる原因は、用途別価格や指定団体制度だけではない。バターは『国家貿易品目』の1つである。国家貿易品目とは、輸入量に制限や高関税を課すことによって、日本が国家として食料の安定供給と生産者保護を目的する特定の農産品のことを指し、バターなどの乳製品の他、牛肉、豚肉、麦、コメ、砂糖などがそれにあたる。
安定供給を目指した国家貿易品目であるバターが、頻繁にスーパーなどの店頭から消えるのは何とも皮肉なものであるが、バターの輸入は独立行政法人・農畜産業振興機構(ALIC)によって一元管理されている。つまり国内に流通するバターはいったん全てALICを通り、その後乳業メーカーに卸される仕組みになっている。

年間の輸入量は一定(カレントアクセス量の13万7千トン)であり、その量を超えて輸入すると100%以上の高関税が付加される。ALICによる輸入量の見直しは年に3回とされているが、バターの消費量が予測以上に増加したからといって、すぐに輸入するような機動的なシステムにはなっていない。事実、輸入量は1990年代前半のウルグアイラウンドで決定したカレントアクセス量から大きく変動したことは一度もない。
ALICは、バターの国内の需給予測、在庫量も管理している。これほどまでにバター(と脱脂粉乳)が特別扱いされるのには理由がある。バターは、生乳の在庫としての機能をもっているからだ。
生乳は腐りやすく長期保存・長距離輸送が難しいのに対し、バターは冷凍で長期保存が可能なため容易に国境を越え輸入できる。そのためバターだけに輸入規制をかければ、国内に流通する生乳量は指定団体だけの計画生産でコントロールできる。指定団体が生産量をコントロールすることで牛乳や乳製品の価格は安定する半面、減産すれば簡単に消費者が直面する店頭価格は高止まりする。
「強い酪農」へ規制改革を
繰り返されるバター不足の最も簡単な解決方法は、ALICが適正な在庫を保有し機動的にバターの輸入量を増減させることであるが、何故それをしないのかは不明である。
2018年に酪農制度の改正が約60年ぶりに行われ、一部の規制が緩和された。これは長年の間に硬直化した日本の酪農制度にとっては、小さな風穴を空ける画期的なことであった。
しかしながら、規制改革の成果は十分ではなく構造的な欠陥や課題が未だ残っている。日本の酪農が世界に通用する『強い酪農』になるため,用途別価格の廃止、集乳業者の新規参入の促進、ALIC改革など、日本政府は今後も一層の酪農規制改革を行うべきである。
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