一極支配は終焉するのか?アメリカ主導の世界秩序の行末を展望する

【最終回 前編】佐々木れな『国際問題:リアルとセオリーの結節点』#22
ジョンズ・ホプキンス大学博士課程在学
  • 連載最終回は、アメリカ主導の世界秩序はどうなるか理論的に分析
  • そもそもアメリカは「衰退」しているのか?著名学者らの論調では…
  • 経済、エネルギー、人口…客観的な指標から言えることは…

この連載の目的は、今世界で起きている国際問題を、国際政治学の理論やフレームワークで説明することである。理論やフレームワークは、今起きている国際問題の複雑な情報を構造化し、論理的に思考する一助となる。

最終回となる今回は、アメリカ主導の国際秩序の行く末と日本の果たすべき役割について分析する。

caramelhanabi /PhotoAC

アメリカは衰退しているのか

近年、超大国としてのアメリカが衰退しているという言説はあらゆるところで目にするようになった。トランプ氏が「Make America Great Again (アメリカを再び偉大に)」というスローガンを掲げ大統領に就任したこと自体が、「現在のアメリカはもはや偉大な国ではない」というアメリカ人自身の自己認識と不満の表れであろう。

バイデン政権に移行してからも、アメリカ人の自己認識だけではなく、実際に国際舞台でのアメリカの影響力の衰退を感じさせる出来事がいくつも起こっている。2021年8月、バイデン政権は20年にわたり駐留してきたアフガニスタンからの撤退を決定し、タリバン勢力がいとも簡単に権力の座に復帰した。

9/23、国連本部訪問時にゲスト記帳するバイデン大統領(ホワイトハウスFacebook)

また、2022年2月には、ロシアが、ウクライナに対して前例のない規模の侵略を開始し、アメリカ政府は事前にロシアの侵攻意図をつかみ、ロシアに対して警告してきたものの、抑止することはできなかった。

さらに、今年10月には、アメリカの最も緊密な同盟国であるイスラエルがハマスによって攻撃され、前例のない死者数及び人質数を出すとともに、その後のイスラエルの報復をコントロールできていない状況が続いている。これらの状況を踏まえると、超大国としてのアメリカが世界の平和と安定を導くという時代はもはや終わったかのように見える。

一極支配の終焉に関する理論的主張

ミアシャイマー氏(公式サイト)

シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授は、ポスト冷戦期のアメリカ主導のルールに基づく国際秩序は、崩壊の運命にあると断じている。ミアシャイマー氏によると、アメリカが主導するルールに基づく国際秩序はその主要な要素として、①自由民主主義の促進、②経済のハイパー・グローバリゼーションを有している。

しかし、自由民主主義の促進は、主権や国民的アイデンティティをめぐってナショナリズムと衝突し、ナショナリズム勢力をむしろ強くしてきており、それはイギリスのBrexit、アメリカのTPP交渉や気候変動に関するパリ協定からの脱退等を見れば明らかである。

また、ハイパー・グローバライゼーションは、雇用の喪失、賃金の低下、所得格差の拡大を生み、ルールに基づく秩序への支持を更に弱める一方で、アメリカ以外の国がより強大になるのを助け、その覇権を弱体化させ、ルールに基づく秩序を終焉に導く可能性があるという。

実際、客観的な事実は、ポスト冷戦期のハイパー・グローバライゼーションが中国の台頭とロシアの力の復活を招いたことを物語っている。このような状況を踏まえ、ミアシャイマー氏は、ルールに基づく国際秩序から、すでに世界はアメリカと中国を軸とする競合する限定的な秩序に移行すると主張する。

客観的な指標では「アメリカが依然として超大国」

しかし、客観的な指標をみると、アメリカが依然として超大国であり、総合的な国力で見れば、中国もロシアも足元にも及ばない。本年12月のフォーリン・アフェアーズで、アメリカの有力なジャーナリスト・政治評論家であるファリード・ザカリア氏は、世界中の多くの国が自信を深め、アメリカの支配的な地位と、それを中心に構築されてきた秩序に積極的に挑戦しようとしているが、依然としてアメリカはナンバーワンの存在であると主張する。

ザカリア氏は、自らの主張を裏付けるため、いくつかの具体的な数字を示している。まず、経済面では、アメリカは衰退するどころか想定的にさらに豊かになっている。1990年、アメリカの1人当たり所得(購買力平均)は日本より17%、西欧諸国より24%高かった。しかし現在のアメリカの一人当たり所得は、日本、西欧諸国に対してそれぞれ54%、32%高い。さらに、現在、アメリカの経済規模はユーロ圏の約2倍である。

アメリカの繁栄の象徴、ニューヨーク「タイムズスクエア」(PhotoAC)

ハードパワーの面でも、アメリカは並外れた立場にある。1989年に世界で最も価値のある企業10社のうち、アメリカ企業はわずか4社で、残りの6社は日本企業だった。現在では、上位10社のうち9社がアメリカ企業である。さらに、アメリカで最も価値のあるテクノロジー企業の上位10社の時価総額は、カナダ、フランス、ドイツ、イギリスの株式市場の合計額を上回っている。2023年時点で、アメリカは人工知能(AI)の新興企業向けに260億ドルのベンチャーキャピタルを誘致しており、これは次に誘致額が多い中国の約6倍である。バイオテクノロジーでは、北米が世界売上の38%を占める一方、アジア全体では24%を占めている。

加えて、アメリカは歴史的に国力を示す重要な属性であったエネルギーでもリードしている。今日、アメリカはロシアやサウジアラビアをも上回る世界最大の石油・ガス生産国である。アメリカはまた、化石燃料だけではなく、2022年インフレ削減法の優遇措置もあって、グリーンエネルギーの生産を大幅に拡大している。

金融面でも、米ドルは依然として、国際取引のほぼ90%で使用されている通貨である。中央銀行のドル準備高が過去20年間で減少したとはいえ、他の競合通貨がそれに迫ることはないという。

Alina Kurianova/iStock

最後に、国力の源泉である人口動態についても、アメリカの出生率は現在、女性1人当たり1.7人で、人口置換水準の2.1人を下回っているものの、これはドイツの1.5、中国の1.1、韓国の0.8と比べても遜色ない。また、自分が生まれた国以外に住む人の5人に1人がアメリカに住んでおり、その移民人口は次に多いドイツの約4倍である。

つまり、アメリカは他国に対して相対的に衰えているどころか、ますます有利な地位を確立しているのだ。

そして アメリカには、中国、そしてそのパートナー国であるロシアにはないものがある。

後編に続く)。

ジョンズ・ホプキンス大学博士課程在学

関連記事

編集部おすすめ

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

人気コメント記事ランキング

  • 週間
  • 月間

過去の記事