防衛費増額なのに…弱体化した防衛産業をどう立て直していくか
“43兆円効果”の背景、知っておきたい視点政府は2022年12月、安保三文書を閣議決定した。安保三文書の特徴は、中国、北朝鮮及びロシアを差し迫った脅威と捉え、23年度から10年間で防衛力を抜本的に強化するとしたことである。23年度から5年間の歳出額は43兆円に上る。これは01中期防(19年度から5年間)の1.6倍である。
また、同文書は防衛産業を「いわば防衛力そのもの」と位置付けた。2000年以降、100社以上が防衛事業から撤退し、防衛産業の弱体化が止まらないからである。下請け企業等を含めると数字はさらに大きくなる。
防衛産業の特性
防衛産業は自衛隊が使用する装備品の開発、製造、維持整備、能力向上等を行っている。同産業が弱体化すれば自衛隊の即応性や継戦能力に大きな影響が生じる。防衛産業はあちこちでサプライチェーンの分断が起きており、中でも弾火薬の分野は重篤である。
防衛産業は大手と中小企業が混在している。大手といっても企業の一部門であり、防需依存率は高いところでも全社売上の約10%しかない。
防衛産業の弱体化原因
なぜ、防衛産業はかくも弱体化したのだろうか。企業経営者にとって「防衛事業に魅力がない」からである。理由は①販路が防衛省に限定されてきた、②契約制度に問題があった、③FMS調達品(米政府の有償援助品)の導入が増えた、④研究開発費が長期に亘って1000億円台で据え置かれてきた--等が挙げられる。また、防衛産業を所管する役所が曖昧であったこともある。もう少し詳しく述べよう。
①については、1976年に三木内閣が発表した「武器輸出三原則等」の影響が大きい。同方針により、武器と同技術の輸出は基本完全に止まった。だが、その後漸次、平和協力、国際貢献及び装備品の国際共同開発など21件が例外化措置された。2014年に「防衛装備移転三原則等」に代わったが、輸出に対する姿勢はほとんど変わらなかった。
また、76年に閣議決定された51防衛大綱の影響も大きかった。同大綱は自衛隊の装備品は基本足りているという考え方であり、安保三文書ができるまで踏襲された。この2方針で販路と調達数の上限が決まった。
②については、多くの装備品は原価計算方式により予定価格が計算され、これをベースに契約される。これにより企業が得る利益は2~3%しかないという。理由は諸物価の値上がりを予定価格に反映できないからである。
22年9月に業界団体が防衛省に行った要望書は「諸外国の防衛企業は営業利益が10%以上のものが多い。我が国の利益率は国際的にみて低い」と述べている。
③については、防衛予算は2012年度を底に増加に転じたが、14年度からアメリカ政府に有償援助された「FMS調達品」が激増したため、予算の増加分は国内調達に回らなかったことを指す。FMS調達品の増加は米政府への配慮もあった。
他方、自衛隊の要求を満足する国産品が無かったことも事実である。④にあげたように研究開発に十分な投資をしてこなかったことが災いした。また、装備品の国際共同開発への参加が2011年まで禁止されたことも痛かった。
防衛生産基盤強化法と同基本方針
防衛産業を強化するには、防衛産業、装備移転及び研究開発を一体的に考えなければならない。安保三文書も産業基盤強化のために予算措置、法整備の必要性を述べている。23年6月に防衛省主管の「防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する法律」(防衛生産基盤強化法)が成立し、同年10月1日から施行された。また、同月には、同法に基づいて「同基本方針」が発表された。これらの文書が短期間でできたことは評価に値する。同時に防衛産業の主管問題が決着したことも大きい。本法と同基本方針の主要事項を紹介する。
(1) 防衛生産基盤強化法
本法はサプライチェーン調査、装備移転円滑化措置、資金貸付け、製造施設の国による保有、装備品契約の秘密保全措置を規定している。本法は超党派議員の動議で18項目の附帯決議が付いた。その第1項は「財政上の措置等は産業基盤強化の入口に過ぎない。…基本方針を定めること」とある。本法だけでは不十分と認識されたのであろう。
(2)同基本法
防衛産業の魅力化のために、企業の適正な利益を算定する仕組みを構築する、とある。これは23年度契約から原価計算の利益率を品質、費用、納期について5~10%、コスト変動率を1~5%付与するという意味である。前進はしたが、判定する防衛省の公平性や透明性が重要になる。
装備品取得については、国産品の取得、国産品の取得が難しい場合、国産品と海外のものが存在する場合などを説明している。内容は14年に防衛省が発表した「防衛生産・技術基盤戦略」の記述と似ており、これで国産品の取得が拡大できるか疑問である。
防衛産業の集約・統合は重要としながらも、各社判断によるべきであり、官民で意見交換していくとしている。「防衛生産・技術基盤戦略」もその重要性を述べており、10年前と何も変わっていない。防衛省は時期を見て誘い水を注ぐ必要があろう。
法案審議における参考人発言等
23年4月に衆議院安全保障委員会で参考人が陳述した。そこで提起された問題点をかいつまんでみると次のようになろう。
防衛産業は主契約企業と下請け企業が撤退して大きな苦境にある。適正な契約額の確保と販路の拡大が求められる。同産業は世界から2周遅れになっている。これは再編が起きていない、民生技術の活用が進んでいない、防衛産業が産業としての体をなしていないからである。(現行の)原価計算方式ではコスト削減の意欲が湧かず、弱小企業を温存することになっている。また、(武器の)輸出戦略がないことも問題である。
同基本法が出来て廃止された「防衛生産・技術基盤戦略」の教訓や有識者発言等から本法等の不備な部分が見えてくる。第1は本法に研究開発の条文がないことである。安保三文書は関係府省等との連携強化を謳っている。また防衛省は本年秋に「防衛イノベーション技術研究所」を新設する。本法にその旨を規定すべきであろう。
防衛産業の魅力化については、適正利益の保証を確実にするために、予定価格が当該装備品の予算を超過した場合、不足分を補う制度を創設することが強く求められる。
装備移転については、本年3月に次期戦闘機の輸出が可能になる運びである。だが、移転品目は大幅に制限されており、拡大が必要である。また、装備移転を促進するには関係府省の役割を定め、日本版FMS制度の創設や移転戦略の作成等を考えなければならない。
国産品の取得についての説明は定性的であり、決定者の意向でどうにでもなりそうである。本年3月、EUはウクライナ戦争の長期化を受けて防衛産業戦略を発表した。それによると、2030年までに物件費の50%、35年までに60%を域内で調達する方針という。防衛省が国産品の取得を拡大する気持ちがあるなら、数値目標を設定することを考えるべきである。
おわりに
23年末、多くの大手企業は業績予想を引き上げた。三菱重工は3年後に売上を倍増させて1兆円程度とし、6000人の従業員を3割増するという。まさに防衛費大幅増による“43兆円効果”である。これを特需景気で終わらせないためには、防衛産業を強化し、装備移転と研究開発を推進する必要がある。
同時に、FMS調達品の取得は長期に亘って莫大な後年度負担(ローン)を生じ防衛力整備の足枷になる。一部報道によると、22年度のローンは5.86兆円にものぼるというから、今後も一層吟味することが求められる。
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