八王子アパート外階段崩落死亡事故はなぜ起きたのか:今こそ法改正を!
不動産のプロが見た、悪質施工を生む法の欠陥- 八王子のアパート階段崩落事故は悪質な施工不良とみられるが、構造的な問題
- 欠陥住宅を防ごうと検査は増えたものの、新築住宅への苦情は年々増加傾向
- 現行法は施工を監理する側と、施工側が同じでも問題なし。独立させる法改正を
今年4月、東京都八王子市の賃貸アパートで外階段が崩落して住人女性が転落死するという痛ましい事故が起きた。
事故の直接的な原因は、アパートの外階段部分に取り付けられていた木製の部品が腐食し、欠落したことによって階段が崩落したものとみられている。
だが、この事故は単なる「老朽化建物の事故」ではない。この建物はまだ築8年程度であり、さらに階段部分に取り付けられていた木製部品は、設計段階では鉄製のものであったことから、今回の死亡事故は建物の「施工不良」によって引き起こされたものであるとみられる。本稿では、それを引き起こす法制度の欠陥を考える。
事故が起きたアパートを建築した建設会社(株式会社 則武地所:相模原市中央区)は事故発生後、早々と自己破産を申請し、5月19日に横浜地裁より破産手続き開始決定を受けている。
施工業者としての責任を投げ出すような事故後早々の破産申請という同社の姿勢について批判の声が高まっているが、それ以外にも同社については、ずさんな施工実態や過去の行政処分(廃棄物処理法違反)など、すでに各メディアがさまざまな問題を報じている。
それらがすべて事実だとすれば、同社の社会倫理観や企業倫理観はかなり低いものだったと言わざるを得ない。
今回の事故については現在警視庁が捜査中なのでこれ以上の予断は避けるが、一般的に建築物の施工不良には大きく分けて、以下の3つの原因が考えられる。
- 施工者の知識不足や経験不足、施工技術の未熟さ等に起因するヒューマンエラー
- 施工者の法令順守意識の欠如
- 施工者の意図的で悪質な施工不良(主に費用削減などの為)
これら3つの原因のうち、特に3に関しては現在の検査方法では防ぐことが困難だ。
現行の建物検査は役立っているか
現在の法律では、一定規模の建物を建築する場合、中間検査と完了検査が義務付けられている。
これらの検査ではさまざまなチェック項目が設けられており、検査を受け問題なしとされれば、検査済証が発行される。言わば、法に順じて作られたきちんとした住宅として、実質的な「お墨付き」をもらえるのだ。
しかし問題は、現行の検査だけでは「悪質な業者が行う不正な施工不良を見抜けない」ことにある。
検査では、法で定めるとおり(建築確認を受けたとおり)に施工しているかどうかはチェックできるが、それ以外の手抜き工事や施工不良についてすべてをチェックすることはできない。
つまり、検査済証が発行されていても、その建物で施工不良が無かったという証明にはならないのだ。実際に、階段崩落事故を起こした八王子のアパートもきちんと完了検査を受け、検査済証も交付されている。
検査増も、新築住宅への苦情は年々増加
これまで、国も欠陥住宅の発生抑制や施工不良を是正するために決して何もしてこなかったわけではない。
阪神淡路大震災で、倒壊した建物の一部で手抜き工事や施工不良があったことが明らかになった事を踏まえ、1998年には一定の建築物に中間検査を義務付ける制度を創設した(それまで義務付けられていなかったことにも驚くが)。
さらに、それまで行政(建築主事)のみで実施してきた建築確認や検査を民間の指定確認検査機関でも実施できるようにした。
また、2005年に分譲マンションの構造計算書偽装(いわゆる耐震偽装)が社会問題化したときも、一定規模以上の建物の床や梁の配筋工事については、全国一律に中間検査を義務付ける等の対策を講じてきた。
これらの法改正によって検査率は上がり、ヒューマンエラーが引き起こす欠陥住宅の発生や施工不良の是正には一定の歯止めがかかったとは言えるだろう。
しかし、悪質な業者による施工不良は検査の目をかいくぐり、今なお造り続けられているのが現実だ。欠陥住宅が社会問題となっていた一時期に比べ最近はあまり話題にならないが、新築住宅等に対する苦情や相談は年々増加傾向にある。
公益財団法人 住宅リフォーム・紛争処理支援センターによると、同センターに寄せられた「新築等住宅に関する苦情や紛争処理などの相談件数」は、2019年度で22,054件となっており前年度比7.5%の増加となっている。
悪質な施工不良が発生する根本原因
当然だが、悪質な施工不良は施工者の低すぎる倫理観とコンプライアンス意識の欠如によって引き起こされるので、一義的には「悪質な施工者に全ての責任」がある。
だが、悪質な施工不良が発生する根本的な原因は、「工事監理」に関する現行制度にあると言える。
「工事監理」とは、建築主の立場に立って工事を設計図書と照合し、工事が設計図書のとおりに実施されているかどうかを確認することであり、工事監理を行う者(工事監理者)を定めることは法律上の義務となっている。
工事監理者は、施工者が手抜き工事をしたり、不正な施工を是正したりする義務があるが、問題なのは、施工する工務店や建設業者及びその関係者が、この工事監理者になることを現行法では禁じていないことだ。
つまり、施工を監視・監理する立場の側と、施工する側が同じでも良いのである。
工事監理に関する建築業界の実情について、某大手ハウスメーカーの元社員であり、現在は都内で建築設計事務所を構えている建築士のA氏に話を聞いてみた。
Q:実際の建築現場で工事監理者は誰が務めている?
A:(一般的には)大手ハウスメーカーはその営業支店や工事部門の者、子会社の工事責任者などが工事監理者となっています。中小の工務店や建設会社の場合も、施工業者の代表者や従業員または施工者側が指定する設計士が監理者になる場合が多いです。施工側と監理者を全く別にするには、多少割高になるが、工務店を経由せずに直接、設計事務所に監理を依頼するしかないのでは。
悪質な業者を駆逐するためには
A氏の話では、大手ハウスメーカー、中小の工務店の差はなく施工者側と工事監理者が同じ場合が多いという。
建築の素人である建築主が悪質な業者を完全に見抜く事ことは出来ない。さらに、施工者側と施工を監視・監理する側が同じである以上、建築主はその悪質業者が手抜き工事や悪質な施工をすることを食い止める術も持っていない。
だが、法改正を行い工事監理を施工者側から完全に独立させることができれば、少なくても悪質な業者の施工不良の大部分は防げるはずだ。
「コストが上がる」、「業界内の仕組みを無視するな」等々の批判はあるだろうが、悪質な業者による不当な施工不良によって何の落ち度もない人の命が奪われていいはずはない。工事監理を施工者側から完全に独立させることで悪質な施工不良を行う事業者を駆逐できるのなら、公費負担(行政介入等)の是非を含めて国はその効果を今こそ真剣に検証・検討すべきだ。
工事監理を施工者側から完全に独立させる法改正の必要性については、日弁連がこれに近い提言を2019年に「工事監理者の独立性確保及び中間検査制度の充実等の抜本的改革を求める会長談話」として公表している。
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