いよいよロシアへの経済制裁が行き詰まってきた
金、石油、ガス...G7の禁輸措置が「空回り」するワケ- 日本がロシア産金の輸入禁止を決めたが、G7の輸入禁止合意の不可解
- 禁止してもロシアが困らない理由とは?重要な石油、ガスの禁輸制限も陰り
- ロシアの石油収入を抑える措置に実効性が出ない構造的な問題とは?
政府は7月5日、ロシア産金の輸入禁止を閣議決定した。先のG7首脳会議での約束に従った措置だ。しかしこのG7のロシア産金の輸入禁止合意については、不可解な点がある。
ロシア産金の輸入禁止の実相
6月26日にG7首脳会議が始まった時点で、各国メディアは「G7、ロシア産の金を輸入禁止へ」などのタイトルで大々的にこの措置を報道したが、7月2日付の産経新聞の解説記事で編集委員の田村秀男氏が指摘しているように、G7首脳会合後に発表された28ページもの長文の「コミュニケには金のかけらもない」。田村氏によれば「ドイツ、フランスなど欧州連合(EU)は応じなかった」ようだ。
ただしコミュニケのエグゼキュティブ・サマリー(要約)には「我々は金を含め、ロシアの歳入を減らす」という文章が書かれているが、コミュニケ本文に全く記述がないことと整合性が取れない。やはり田村氏が言うように欧州諸国が首を縦に振らなかったためコミュニケに書けなかったのだろう。
EUが反対したのは、ひとつにはEU27か国の合意形成が大変なこともあるだろうが、真の理由は、G7がロシア産の金の輸入を禁止しても象徴的意味しかないからではないだろうか。
いうまでもなく純金は、同じ重さであればどれも同じ純金でロシア産かどうか区別できない。区別できるのは純金の延べ棒にロシアという文字やロシアの企業名が刻印されているからで、1064度に加熱すれば金は溶けて刻印は消えてしまう。また輸送に関しても、原油であればタンカーを衛星で追跡してどこの国がロシアから買ったかチェックすることができるかもしれないが、金はかさばらず輸送が簡単なので追跡が難しい。
だからG7合意に基づいて日本、アメリカ、イギリス、カナダが禁輸しても中国、インド、中東諸国など金の大口購入国は、引き続きロシアから金を買い、それを溶解して自国製として国内外に販売するだろう。そしてロシアに支払うべき金の代金は、アメリカの銀行を経由しなくても済むように、ドルでなく人民元やルーブルで支払えばよい。どうしてもアメリカ等がそれを止めたければ、中国やインドなどがロシアから買っていることを突き止めて二次制裁を科すしかない。
石油、天然ガスの禁輸も不発
そもそも、この制裁の主たる目的はロシアが戦費を調達できなくなるようにすることだが、金の売却収入がロシアの国家財政に占める割合は3%程度で、石油がロシアの国家財政の約半分近くを占めるのとは訳が違う。仮にインドや中国がロシアの金を買わなくなってもロシアは大して困らない。
したがって、ロシアの戦費調達の途を閉ざすという点では金より石油や天然ガスの禁輸の方が重要だ。ところが石油に関しても効果的に制裁を科すことは容易ではない。アメリカとイギリスは既に3月にロシア産石油の禁輸を宣言したが、アメリカが即時禁輸としたのに対して、イギリスは今年の年末までに徐々にロシアからの輸入を減らすこととしている。
日本も5月のG7オンライン首脳会議で輸入禁止と言ったものの、岸田首相は「今後実態を踏まえて検討してまいります」と言ってまだ実施に踏み切っていない。またEUは親露派のハンガリーの反対に配慮してロシア産原油輸入量の約3分の1を占めるパイプライン経由の輸入を禁輸対象からはずし、やっと5月末に禁輸の決定をしたが、その実施は原油は決定の6か月後、石油製品は8か月後ということで、量は減ったものの依然としてロシアから輸入している。
このためアメリカのCSIS(戦略国際問題研究所、Center for Strategic and International Studies)によれば、今でも石油と天然ガスを合わせて1日に約10億ドルがロシアに支払われ、その約半分がロシアの国庫に入っている一方、ロシア政府のウクライナ戦費は4月時点で1日あたり約3億ドルなので、完全にロシア政府としては黒字となっている。
しかしそれならアメリカが、強力なリーダーシップを発揮して、制裁の抜け穴となる国には二次制裁を科すと言ってロシア産石油を全世界的に禁輸にすればよいようなものだが、その場合は石油の需給が今以上にひっ迫して価格が急騰し、石油輸入代金が乏しいアフリカやアジアの途上国が苦しむことはもちろん、現在ガソリンなどの価格上昇で支持率が低迷しているバイデン政権にとっても困ることとなる。
対露制裁が効かない事情
そこで今回のG7首脳会合では、ロシアの石油収入を抑えるためにロシア産石油の価格に上限を設けることを検討することが合意された。
しかし、この措置はだれが見てもかなり手前勝手な措置だ。今後この措置が実施されてもロシアとしては上限価格以下でしか買わないと言っている国には売らず、上限よりも高い値段で買ってくれる国に売ればよいだけだ。現時点でも中国やインドはここぞとばかりにロシア産石油を大量に購入している。
このためG7は、世界の船舶の保険や再保険がロンドン市場を中心に提供されていることに着目して、石油タンカーを運行するための保険は上限価格以下の石油を積む船にしか提供しないこととする案を検討中と伝えられている。
しかし、中国やインドが引き続きロシア産石油を買うつもりなら中国やインドの保険会社がタンカーに保険を提供し、その保険をさらにロシアが再保険でカバーすれば、保険の信用力は若干劣るかもしれないがタンカーを運行する海運会社は運行を拒否しないはずだ。やはりG7と歩調を合わせない国々がある限り、経済制裁の効果は大きく減殺されてしまう。
アメリカのブリンケン国務長官は7月9日、インドネシアのバリ島で開催されたG20外相会議の後で中国の王毅外相と長時間会談した。会談後の記者会見でブリンケン長官は「中国がロシアと連携していることに懸念を伝えた」と述べたが、中国に二次制裁を科すと世界経済への影響が大きいので、せいぜいこうした懸念表明しかできなかったのではなかろうか。
G7のロシアに対する経済制裁は、行き詰まって来ているように思える。
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