「日本の精神・思想を世界に売っていく」25歳の“茶人起業家” 岩本涼が描く未来
【連載】日本流ウェルビーイング「開拓者」に迫る #1 (前編)- 「ポストSDGs」ウェルビーイングの日本版を追求する新企画
- 第1回はお茶から社会変革を仕掛ける25歳の茶人起業家、岩本涼さん
- お茶文化が日本や世界にもたらす幸福とは?その真髄に迫る
2022年は暗い世相のまま終わるかと思いきや、年の瀬のサッカーW杯では日本代表がドイツ、スペインを撃破した。彼らは得意の組織戦に加え、海外で磨いた個の技術で難局を突破し、日本人の勇気と自信を取り戻してくれた。
次は私たちの出番だ。インバウンドも復活しつつある中、世界と渡り合うなら日本人の強みを存分に発揮したい。
明けて2023年、SAKISIRUは「ポストSDGs」と期待されるウェルビーイング(well-being)に注目。和の精神で、肉体的、精神的、そして社会的にも満たされた幸福をどう実現するか--。各界で活躍するキーパーソンや注目企業の動向を追いかける。
第1回は、お茶の事業を通じて日本文化を世界に伝えるスタートアップ「TeaRoom」代表で、裏千家の茶道家でもある岩本涼さんのウェルビーイングな世界観に迫る。(聞き手は新田哲史編集長)
お茶が持つ「精神」の魅力
--着物姿がピリッとしていますね。
【岩本】ありがとうございます(照れ笑い)。
--茶道を始められたのが9歳。ご家族は特にされていたわけではないというのがユニークですが、茶道のどのあたりに魅了されたのですか。
【岩本】テレビで茶道の世界に触れたことがきっかけでしたが、5歳からやっていた極真空手で身体を通して感じてきた「道」の精神を今度はお茶で体感してみたいと思ったのです。
茶室の居心地というのでしょうか。肩書きとか役職とか全て外して目の前の人に対して一番のお茶をたてられるかどうか真価が問われるところ。そうした精神性を学んできたのが、すごく面白かったのですね。付き合うコミュニティは変わっていきますが、どの時も大切なのはやはり、目の前の人にどれだけ“give”ができるかです。
--お茶は日本人にこれほど身近なのに、お茶の業界は緑茶のペットボトルが普及し、安価な茶葉への需要がある反面、価格の高い茶葉は売れず、経営が立ち行かない農家が続出。お茶農家の軒数は2000年の5万3000軒から15年間で2万軒にまで減少するなど大変な苦境です。
そうした中で、岩本さんは早稲田大学在学中にTeaRoomを起業されましたが、どのあたりに可能性を感じたのでしょうか。
【岩本】そもそも飲料の市場は、ネスレやコカ・コーラが世界の時価総額ランキングの30傑に入るように国際的にもスケールが大きいです。一方で確かに日本のお茶農家は担い手不足などの問題に直面していますが、ブランディングを工夫して高収益を上げることができれば国内だけでなく、海外でも勝負できる余地があると見ていました。
ただ、お茶にはそうしたプロダクトの側面だけでなく、精神の側面があることも魅力です。自分自身を内省する、他人と対話する…そうした人と向き合いを構造的にどうやっていくかに特化するという素晴らしい文化があるのです。海外の喫茶文化を見ていてもまさにそう。
--ここまで会社の事業はどのような展開をされてきたのでしょうか。
【岩本】静岡市内で承継した茶園と工場を運営しながら、生産、販売、商品企画、体験プロデュースなどをトータルで行なっています。たとえば有機野菜の離乳食ブランドの会社と一緒に、授乳や離乳食で悩みを抱えるお母さんが心と体を整えられるよう、自然素材を使ったハーブ茶を開発。また、日本酒スタートアップと協業して当社の和紅茶を使った醸造酒を開発したり、スイーツの会社が手がけるチーズケーキに抹茶などを提供したりしました。
文化の体験というところでは22年3月、ホテルにある世界的建築家、磯崎新さんが設計した茶室で茶会を開催しました。ホテルのパティシエが作ったお菓子とお茶を一緒に楽しんでいただく企画です。
--まさにお茶の文化を新しいカタチにして提案されているのですね。それでいて楽しめる。
【岩本】世界の喫茶文化はエンターテイメントと紐づいています。プロダクトとしてのお茶というよりは英語で言うところの「Appreciation Tea」、つまり感謝やリスペクトの思いを込めて一杯のお茶を飲んでいただくようにしたいと思っています。
日本のお茶がもたらす幸福
--ウェルビーイングの観点で言うと、日本のお茶が人々にどういう幸福をもたらすことができるとお考えですか。
【岩本】プロダクトという点では、お茶には、カテキン類やテアニンなどさまざまな成分が含まれているので、健康に良い影響を与えるとされていたり、リラックスにも効果的です。実際、社内では僕も含めて皆がお茶をたくさん飲むので社員は風邪を引きにくくなっていると感じています。
もう一つ、精神的な観点で言えば日本の茶室は古来からあらゆるものを取り入れてきた多様性そのものです。神道にも、禅宗にも影響を受けていますし。色々な東洋思想が詰まっています。それが人として肯定していくことにもつながります。
そうした茶の湯の文化が生む精神的な側面を、これから海外の喫茶文化に付与していこうと進めています。そういう意味では「思想」を世界に売っていく、インストールしていきたいですね。
最近やっと「稽古本」が仕上がったのですが(写真)、僕らなりに日本の精神性を8つに分解して、どういうコンテンツがあるのかを整理し、社内で言語化しています。
--これは労作ですね。
【岩本】海外で展開する際には、これを一つの哲学書にしてどう現地の喫茶文化を融合させていくのかを考えていきます。まさに現地の対立するものを解決するベンチャーでありたいと思っています。
--お茶で世の中の課題を解決する自負がおありですよね。世界平和にも貢献したいとの思いだとか。
【岩本】はい、「対立をなくしたい」一心です。僕はダボス会議の下部組織に入っていて、その席でも言うのですが、「インド人と中国人のけんかを止められるのは日本人しかいない」と。
--興味深いですね。その心は?
(後編に続く)
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