防衛省が過去最大7.7兆円の概算要求でも、自衛隊OBの私が憂うワケ

為替差損が生んだ新たなリスク
防衛アナリスト/元空自補給本部長
  • 防衛省が過去最大7.7兆円の概算要求でも懸念されるリスクとは?
  • 円安や物価高による装備輸入や部品価格の上昇がもたらす悪影響
  • 見過ごせない国産品調達数削減。現在の事態を放置すると…

防衛省が8月31日、2024年度の概算要求を行なった。今年度の当初予算よりも10%を超える過去最大の7.7兆円にものぼる。今回の増額は周知の通り、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、今後防衛費を拡充していく一環だ。

PhotoAC

改めて振り返ると、昨年12月、政府は防衛3文書を決定。その一つ防衛力整備計画で我が国への侵攻には自らが主体的に対処するために、23年度から27年度までの総経費を約43兆円とした。31中期防(19年度から5年間)の約1.6倍である。我が国の本気度を示す経費であろう。

これにより、スタンド・オフ防衛能力、総合防空ミサイル防衛能力や無人アセット防衛能力など7分野が抜本的に強化される。だが筆者は、自衛隊時代に補給業務を担当した経験を踏まえ、ある大きな危惧を抱いている。

物価高が防衛費に打撃

防衛力整備計画と23年度防衛予算は一体的に作られた。同予算は22年8月末に概算要求、同年末に政府案となり、23年3月に成立した。防衛力整備計画は物件費の契約額として約43.5兆円を計上している。23年度防衛予算の新規後年度負担(新たな事業)は約7.1兆円である。前年度予算の2.9倍である。この大幅な増額には、装備品調達が数年かかるため、1年でも早く部隊に導入できるようにという配慮があった。

防衛力整備計画等の経費積算は、財務省から対ドル為替レートが23年度137円、24年度から27年度が108円と指定された。ところが、今は140円前後の円安である。この水準が続くと、当然、輸入装備品や部品価格は上昇する。さらには、主にウクライナ戦争の影響で、日米欧では光熱費、油代、輸送費、原材料費、人件費などあらゆるものが値上がりしている。

23年度に契約するFMS調達品(アメリカ政府の有償援助)は、特に24年度以降の支払い(ドル建て分割払い)が影響を受けよう。一般輸入品も同様である。国産品も多数の輸入部品を使用している。ライセンス国産品も同じであるが、さらに外国企業へのライセンス料(外貨建て)等の支払いも増える。このように、全ての調達が影響を受ける事態になっている。

空自保有のF-35A(viper-zero /iStock)

これまで、防衛力整備では次の措置が取られてきた。1つは、国産品や FMS 調達品等の 調達で為替差損が生じると、補正予算を含む様々な措置がとられてきた。しかし、今回、 財務省は「約43.5兆円で為替差損分も対処せよ」という方針のようである。

もう1つの措置は、FMS調達品等の調達を国産品よりも格段に優先してきたことである。これら方針等が実行されれば、27年度までに、トマホーク(約400発)や F-35(A型とB型を合わせて65機)などのFMS調達品等の調達は計画どおり実行されるであろう。

だが、そうなると、FMS調達品等の為替差損分は国産品やライセンス国産品等の調達数 や同装備品を導入した後維持に必要な初度部品を削減しで帳尻を合わすことになる。さらには、国産品等の維持部品の数量減も行われるかもしれない。

国産品削減のリスク

ここで留意すべきことは、防衛力は戦力諸要素の総合力であり、「防衛力の抜本的強化」は防衛力整備計画に示された品目を所要数調達して達成できるということである。

24年度(令和6年度)概算要求の中身を見ると、端から国産品等の調達数が大きく削減されている印象である。例えば、「防衛力整備計画」には C-2 輸送機が 6 機計上されているが、23年度(令和5年度)予算で2機が予算化されたものの、24 年度概算要求はゼロである。このような不安定な調達が行われると企業は事業計画を変更 しなければならず、防衛事業に対する意欲、信頼は大きく低下するであろう。

また、救難機US-2も概算要求に上がっていない。同機調達数が僅かで、安定した調達が行われてこなかったため、1機当たりの価格が都度高くなる傾向があった。だが、米インド・太平洋軍から導入の引合いが来ており、この時期に生産が途絶えることは交渉に大きなダメージとなることは必至だ。

さらに、佐藤正久参議院議員が8月7日のX(旧ツイッター)への投稿で、輸送ヘリコプターCH-47について、「『防衛力整備計画』に示された 34 機(0.5 兆円) は予算額と大幅に乖離しており、為替レート対策が必要」と述べているように、同機は 概算要求で 17 機に半減された。他の国産品も同様と推測される。

陸自配備のCH-47J(viper-zero /iStock)

この事態を放置すれば、防衛力整備計画が未達、遅延することは必至である。さらに、やっと勢いづきかけている防衛産業に悪影響を与え、同基盤が再び毀損することにもなりかねない。

繰り返しになるが、これまでの防衛力整備では、通常、FMS調達品等の調達が優先されてきた。対米重視の考え方であろう。他方、国産品も海外企業とサプライチェーンを構成しており、突然のキャンセルや数量減は我が国、並びに企業の信用に影響する。決して軽視してはならない。

安保三文書は「防衛産業を防衛力そのもの」と謳っている。同趣旨を踏まえて、決して国産品だけを犠牲にすることがないように、防衛力整備の優先順位を、特に「納期」と「正面後方のバランス」の視点から精査するよう望みたい。

同時に、防衛力整備計画で示された所要数を確保できるように、補正予算の編成等、実効性のある政策を強く求めたい。

 
防衛アナリスト/元空自補給本部長

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