衆参補選1勝1敗、岸田首相「痛み分け」でも続く「綱渡り」

長崎はよもやの死闘【追記あり】
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

参院徳島・高知補選と衆院長崎4区補選は22日投開票が行われ、自民は徳島・高知で午後8時にNHKの当確が出る「ゼロ当」の惨敗。一方、長崎は各社の出口調査で先行する候補が入れ替わるなど、激しい競り合いの末にNHKが午後10時ごろ当確を打った。

長崎へ応援に駆けつけた岸田首相(自民総裁)=自民公式サイトより

なんとか1勝1敗で面目を保った岸田首相だが、「痛み分け」というほど軽くないダメージを感じたのではないだろうか。

確かにダブル補選のうち、参院徳島・高知の負けは想定内だった。補選のきっかけは自民前職の秘書への暴力行為で責任をとって辞職したため自民にとっては、そもそもマイナスからの出発だった。

さらに野党が擁立した広田一氏は参院高知選挙区で過去に2期務めた経験があり、自民新人で前高知県議の西内健氏との知名度の落差も明らかだった。実際、自民や報道機関が行なった情勢調査も選挙戦前から広田氏がリードし続けた。

広田氏(左)と西内氏

「内憂外患」長崎苦戦の背景

問題は衆院長崎4区の補選だ。今回、自民が擁立した金子容三氏は新人とはいえ、祖父の故・岩三氏は農相、父の源三郎氏は知事、農相を歴任した「世襲3世」だ。しかも祖父、父ともに宏池会(現岸田派)所属であり、その死去が補選のきっかけとなった北村誠吾氏も同派所属だ。

まさに宏池会の“金城湯池”で行われる弔い合戦。今選挙戦は、首相と派閥のメンツをかけて県外の国会議員も続々と応援に駆けつけるという構図からして負けは許されなかった。しかし金子陣営が直面したのは「内憂外患」がもたらす逆風だった。

立民公認の末次氏(左)と自民公認の金子氏

まず“外敵”の話から。今回一騎打ちの相手だった立民の末次精一氏は2年前の衆院選で、北村氏と大接戦の末、惜敗率にして99.3%という肉薄して惜敗したばかりだ。この時、選挙区内の5つの自治体のうち、3市1町で北村氏が上回ったが、末次氏は有権者数の6割以上を占める「大票田」佐世保市で約2700票近く先行した。

実は長崎自民にとって佐世保は「鬼門」だ。近年の国政選挙の得票数(市内の衆院3区エリア含む)で自民は何度も後塵を拝していた。重工業のある佐世保は企業城下町。野党を支援する労組も根を張り、末次氏ら野党系候補の善戦を支えてきた経緯がある。

当然今回も両陣営は佐世保が主戦場とみて活動していたが、よりによって自民は佐世保で“内憂”を抱えた。今年4月の市長選で自民は分裂。一部が自民の推薦候補ではなく、元民主衆院議員の宮島大典氏を支援し、宮島氏が勝利。このしこりが残っているとの見方が絶えなかった。

さらには長崎自民内での不協和音もあった。亡くなった北村誠吾氏が生前後継指名していたのが、地元の県議だったが、結局、公認されたのは金子氏。北村氏に近い人たちが反発。その中には読売新聞の取材に対し、「北村氏の遺志が尊重されず、弔い合戦とは言えない」と本音を漏らすような状況だった。

投票日当日もデットヒート

激しい選挙戦を物語るように大手メディアが「横一線」と伝える一方、永田町では“偽数字”も乱れ飛んだ。序盤戦、西日本新聞の情勢調査と称し、金子氏の支持率が48%で、末次氏が29%と“大差”をつけたとする数字が出回ったが、当の西日本新聞が自社報道で否定するという異常事態になった。

迎えた投票日の情勢数字もデッドヒートは続いた。一般的に組織票で上回る自民は期日前投票の出口調査で先行し、投票日当日の無党派層がどう動くかで決まるケースが多いが、この日は、ある通信社の出口調査で末次氏が10ポイント先行したとの情報が入ってきた後、今度は別の通信社の出口調査で金子氏が1ポイント未満でリードするという展開だった。

全くもって政界関係者は予断を許さない展開となったが、結局、午後10時ごろ、NHKが金子氏に当確を出して決着した。

長崎新聞によると、末次陣営は佐世保で1万票差を稼ぎ、劣勢の周辺市を埋め合わせする戦略だったが、佐世保市の開票が発表される前にNHKが当確を打ったのは、出口調査の結果などから周辺市との票差がさほど開かないと判断したと見られる。

佐世保市以外が開票終了時点の得票

NHKニュースより(※クリックすると拡大します)

物価高を前に続く「綱渡り」

自民苦戦について週明けも報道や論評が続きそうだが、末次氏が選挙戦中に「物価高の対策、増税の政策、これに対する不満は大きい」と述べていたことに集約されるのは間違いない。

この日朝のNHK日曜討論も物価高と減税が主な論点に。自民は稲田幹事長代理が「足元の物価高で苦しんでいる人に給付金の支給と所得税の減税という方法で手当てをする」と述べたのに対し、

野党からは「カギは生活減税であり、特に所得税の減税だ」(国民民主榛葉幹事長)などの突き上げをくらったほか、社会保険料軽減策を打ち出して話題になった維新からは「賃金の上昇が追いついていない。一番大変なのが現役世代や低所得者層で、ここに絞り、恩恵を還元すべきだ」(藤田幹事長)と畳み掛けられた。

この週末、岸田政権を支える麻生副総裁が福岡での演説で、安倍政権でできなかった敵基地攻撃能力保有の決定などの業績を強調。「これで支持率が下がるなら、政治家として何をすれば良いのかと言いたくなる」とボヤいて話題になったが、ボヤきたいのは国民の方だろう。

企業が賃上げしても物価高と社会保障負担のダブルパンチで手取りが増えない状況だ。NHKが10日に発表した世論調査でも岸田内閣の最優先すべき課題として、「物価高対策を含む経済政策」を挙げた人が50%と断トツ、「少子化対策」(13%)などを大きく引き離している。

仮に補選を2つとも落としていれば、党内では2年前に当時の菅首相が3つの補選で全敗し求心力が低下、その後の退陣の伏線になった出来事を彷彿するところだった。「完敗」こそ免れた首相だが、週明け以後の政権運営は「綱渡り」が続く。

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本記事は22日午後10時20分時点の情報でお届けしています。

【追記23日0時30分】長崎4区補選の投票率は42.19%と前回衆院選より約13%減となり、組織票を固めた自民が相対的に優位となった。しかしNHKの出口調査では、無党派層の6割超が末次氏支持に回っており、自民にとっては投票率が上がる本選に不安とともに政権として物価高などの不満解消に課題を残した格好だ。

 
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

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