「中東に力入れる」SBI北尾会長がサウジアラビアに見出す日本の商機とは

「世界のATM」と紛争リスクの狭間
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役
  • SBIがサウジ進出。ガザ紛争が注目の中、日本企業の商機を考察
  • 脱石油依存とイノベーションのサウジ。原油高で中東は「世界のATM」
  • 日本のお家芸にニーズ?課題は地政学的リスクだが…

SBIホールディングスの決算発表会といえば、北尾吉孝会長兼社長による時事問題への舌鋒鋭い論評も「名物」となっている。10日の2Q発表会での村上世彰氏の話もそうだったが、菅前首相との会食時の話や岸田首相へのダメ出しなど政治ネタが飛び出すこともあり、毎回興味深く拝聴している。

手数料無料化、SBI新生銀行、半導体参入…世間を賑わせるネタだけでも事欠かず、他にも投資家やビジネスパーソンの参考になりそうなのにメディアが報じきれていない話題も多い。今回の発表会で個人的に興味深かったのは、北尾氏が「我々は中東に特に力を入れていく」と述べたことだ。

SBIホールディングスの北尾会長兼社長(編集部撮影)

サウジ市場の何が魅力か

その中東諸国の中でもSBIがセンターピンに位置付けているのがサウジアラビアだ。首都リヤドに今後中東事業の拠点を開設するという。

今月2日には、サウジアラビアの国立研究開発機関「キングアブドルアジズ科学技術都市」(KACST)との業務提携を発表した。SBIも今年参入した半導体分野の協業や投資、医薬品やバイオ技術、フィンテック分野での協業や人材育成などでタッグを組むという。

SBIの本業は金融だが、非金融分野では天然アミノ酸「5-ALA」の健康食品が成功を収めており、「5-ALA」の現地工場建設を進める。北尾氏によると、中東地域に多い、糖尿病や鎌状赤血球症(慢性溶血性貧血)の患者へのニーズを見越している。

また、会見では言及していないが、おそらく半導体の将来的な供給先としてサウジが力を入れるEV(電気自動車)市場も見据えているはずだ。サウジは昨年11月、独自のEVブランド「Ceer」を発表。今年9月にはアメリカから誘致したルシード・モータースの工場が稼働し始め、テスラにも誘致交渉していると一部で報道された(テスラ側は否定)。

サウジのジッダに建設したルシード・モータースの工場(同社リリース)

原油高で「世界のATM」に

サウジは2016年、脱石油依存など国家変革を描いた「サウジビジョン2030」を発表。日本は安倍政権時代の17年3月、サウジとエネルギー、デジタル、文化・スポーツ等などの分野での協力する方向性を決めて経済交流を加速しているが、今回SBIと提携したKACSTは同国の科学研究と技術開発を促進する牽引役で、日本企業との関係構築に近年力を入れている。

最近ではSBI以外にも、三菱総合研究所と協力関係を締結。日本の企業や大学・研究機関、政府機関とKACSTとの共同研究プロジェクトの組成などを進めるという。また、東大発スタートアップで、位置情報解析を手掛けるロケーションマインドとは、リヤドでの交通データ分析や、AI、位置情報分析などで協力関係を結んだ。

ロシアのウクライナ侵攻以後の原油高を背景に、サウジなど湾岸地域は世界中から巨額の資金が集まった。このオイルマネーを目当てに各国の投資家が集まる「世界のATM」(米WSJ)として存在感は高まっている。WSJによると、サウジの政府系ファンドの投資引受額はウクライナ侵攻前の21年の330億ドル(約5兆円)から22年には560億ドル(約8.4兆円)に急増した。

サウジの紙幣には初代国王の肖像とともに「ビジョン2030」のロゴも(Tamer Soliman /iStock)

日本のお家芸にニーズ?

しかし引き出すだけではなく、巨額のオイルマネーを持つ産油国側に対し、生産性と将来性のある産業をいかに提案し、ウィンウィンの関係を構築できるかも日本の政府、企業の腕の見せ所だ。

ただ、これまでもインフラ投資の拡大を見越し、三井住友銀行三菱UFJ銀行がサウジに進出していたが、ここ最近はソフト産業にも軸足を置きつつある。

ジェトロの資料によると、サウジ側で有望視されている分野には、AIやロボティクスなど欧米勢の競争力が高い領域もあるが、他にSBIが進出する健康食品、スポーツ産業、教育産業あたりは日本の得意とするところだろう。教育でいえば、サウジは2030年に幼稚園の入園率を17%から90%に引き上げる計画で幼児教育に力を入れており、ノウハウがありながら少子化で先細りの日本の塾産業あたりには魅力的なはずだ。

サウジ教育省サイトより

あなたたちの最大資源はお金なのだから、世界の有力な企業に投資をしまくり、それをうまく活かしながらあまり労働集約的にならないような産業を誘致したらいいのでは」。北尾氏はかつてUAE高官と会談した際、こう進言したというが、今回のサウジ進出は身をもって飛び込んだ形だ。

課題は地政学的リスクだが…

とはいえ中東は政治的・地政学的リスクがつきものだ。サウジは2018年に起きた反体制派ジャーナリスト殺害事件を巡って国際的非難を浴びた。

さらにはここにきてイスラエルのガザ紛争が勃発。ハマスに対してはイランの支援が取り沙汰され、一時は周辺諸国を巻き込んで“第5次中東戦争”が起きるのではと懸念された。紛争から1か月余り、戦火は局所的にとどまっているが、サウジとイスラエルの国交正常化交渉は凍結された。

イスラエル北部のゴラン高原のシリア国境にあるイスラエルの戦車(Ilya Zuskovich /iStock)

この辺りの「リスク」について筆者が尋ねると、北尾氏は「いろんなリスクはあり得るが、本格的な意味での中東戦争がまた起こるのか(と言えば)、僕は起こらないと思う」との見方を示した。その背景としては、サウジは女性の権利拡大により社会的地位の高い女性も増えるなど社会構造の変化がうかがえること、何よりも中東や北アフリカ地域の人口増加(21年の5.6億人→60年には8億超の予測)を梃子にした旺盛な成長力があることが期待できるからのようだ。

少子高齢化で先細りする日本市場を飛び出し、リスクを取りながらも、お家芸でオイルマネーを取り込もうとする日本企業の動きは今後も続きそうだ。

 
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

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