外交的ボイコット:人口280万のリトアニアが、なぜ14億の中国に毅然と闘えるのか?
人権問題追及の急先鋒- 小国のリトアニアが北京五輪への外交的ボイコットをいち早く表明した背景は?
- ソ連やナチスドイツと戦った歴史から大国の武力侵攻に対する強い警戒感
- 中国がリトアニアの脅威として当局認定されるほどの「事件」とは?

来年2月に開幕する北京五輪・パラリンピックで、政府代表団を派遣しない「外交的ボイコット」を表明する国が増えている。日本政府も24日、松野官房長官が表明したが、それよりも2週間以上早い12月初旬にいち早く旗幟を鮮明にした国がある。
バルト海に面し、欧州連合(EU)の一員であるリトアニア。人口280万人の国家は今年、人口14億人の巨大国家の人権問題に抗議する急先鋒となり、11月に首都ビリニュスに「駐リトアニア台湾代表処」を設置させたことは北京政府をさらに苛立たせた。巨人のアキレス腱ともいえる台湾、香港、新疆ウイグル自治区などをめぐる状況は、リトアニアの国家安全保障政策を激変させた。
中国の罠を拒否するリトアニア

中国よりも台湾を選んだリトアニアの動きは国際社会で大きく注目された。同国で、中国の圧力に屈しないと主張する代表格がガブリエリュス・ランズベルギス外相だ。今からちょうど30年前の1990年初頭、ソ連からの独立革命を指導したヴィタウタス・ランズベルギス氏の孫であることは因縁を感じる。
たとえ、人権重視のEUの一員であっても、巨大市場を背景にした輸出面や最新技術を用いた新規ビジネス開拓、さらには新型コロナウイルスのワクチン供給をめぐっても、中国との強い結びつきがあれば、そのメリットを享受できるとして関係を維持する国は多い。経済インフラが脆弱な小国であれば、中国がその状況に付け込み、援助攻勢をかけて雁字搦めの関係を作ってしまう。
リトアニアが中国の罠を拒否する背景には同国の歴史と密接な関係がある。
第一次世界大戦後に独立国家となったリトアニアは第二次大戦中、ナチスドイツの侵攻を受け、大混乱の中で1940年にソ連に編入された。ソ連ペレストロイカ末期の1991年、ソ連の共和国でいち早く独立を宣言したが、ゴルバチョフ政権がこれを阻止しようと武力で突入。多数の死傷者が出る血の日曜日事件が起こった。
こうした苦い教訓を持つリトアニアは国民の総意として大国の武力侵攻に対して強い警戒感を抱く。香港の民主化運動を封じ込める習政権に反旗を掲げ、今度は緊張が高まる台湾に対して、リトアニア国家としての連帯の意を示したのである。
元駐リトアニア大使(2012~2015)で在任中はリトアニアでの対日関係強化に尽力し、ロシアのプーチン政権やウクライナ、旧東欧諸国の情勢分析が高く評価された白石和子氏が最近の論文でこう指摘している。
リトアニアは、その歴史的経験から「自由を守る」ことの重要さに国民は大きな価値を置いている。(ソ連からの独立宣言については)戦車のキャタビラ―の下敷きとなった14人の死者、600人の負傷者という犠牲を出してようやく勝ち取った独立と自由である。チベット、ウイグル、香港の市民の状況に敏感でないはずはない。
中国が国家の脅威に
そもそも中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」において、その玄関口の一つとなるリトアニアの価値を認めて、経済援助外交を強めてきた経緯がある。リトアニア国内でもその動きを一部で受け入れてきたが、敵対姿勢が鮮明となったのは2019年からだった。
2月、リトアニア国家保安局などが国家脅威に関する年次報告を公表。中国の経済的、政治的野心が拡大するにつれ、中国の情報当局の活動がリトアニアにおいても攻撃的になってきていると指摘した。年次報告では常にロシアに対して項目が割かれたが、国家安全保障への脅威として中国が挙げられたのは初めてのことだった。
それでもまだ2019年には針が振れ切ったわけではなかった。4月にスクバルネリス首相が中国の李克強首相と会談し、リトアニア農業製品への中国市場開放促進で合意したり、その後も運輸通信相や農相が中国を訪問するなど経済関係を強化しようとしたりする姿勢もみられた。
しかし、8月23日に、ビリニュス市内で行なわれた香港支持イベントで中国大使館スタッフが乱入して騒動を引き起こした事件を背景に、雲行きが一気に危うくなる。リトアニア国内で中国への反発が強まり、外務省は駐リトアニア中国大使を召還し、この行動は民主主義的自由を妨げ、公共秩序を侵すとして「黙許しがたい」と抗議した。

2020年1月には、大国の侵攻に抗議する同国の名所ともなっている「十字架の丘」で、中国人女性が香港民主派の十字架を破壊し、その様子をSNS上に投稿。当時の外相が「このような行為は許されない」とツイッターで抗議し、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)にすることを示唆した。
香港の民主派を徹底して取り締まる中国に対して、2020年の国家脅威に関する年次報告では、中国への警戒感がさらに強く明記された。中国の活動はサイバーセキュリティーや諜報分野でも脅威となっているとし、ファーウェイによる5G通信インフラ事業への参入は安全保障上のリスクであるとも判断。中国側はこの報告に猛反発しており、在リトアニア中国大使館は、台湾やチベット、香港、新疆ウイグル自治区に関する批判は「中国への内政干渉であり、強く抗議する」との声明を出した。
リトアニアは中国との関係冷却の一方で、台湾に急接近し、台湾の世界保健機関(WHO)加盟交渉でも、台湾政府に寄り添う姿勢を明確にしていく。そして、今年2月にはランズベルギス外相が米国のダービン上院議員と電話会談し、「中国問題に対する米国との協力を模索する。台湾とより緊密な貿易・経済協力関係を築くつもりだ」と表明したのである。
風刺画の揶揄までする中国
米国のバイデン政権は北大西洋条約機構(NATO)の同盟国でもあるリトアニア支持を一貫して表明している。11月下旬とにはワシントンで両国高官による「戦略対話」を開催。12月中旬にはブリンケン国務長官が、リトアニアのシモニテ首相と電話会談し、中国への対抗するため、価値観を共有する国々と一緒にリトアニアへの支援を進めると約束した。
中国はこの「闘う象の足の元にいるネズミ」が癪に障る。共産党機関紙・人民日報系「環球時報」の英字版グローバル・タイムズが11月下旬の社説に掲げた挿絵がリトアニアの姿勢を揶揄している。 米国の巨大な手からぶらさがった小さな「$袋」欲しさに、「一つの中国」の原則のレッドラインを越えて崖に進んだリトアニアの男が、足場が崩れ、崖下に落下しそうな姿を描いている。

同紙はこう指摘して、リトアニアと台湾を非難している。
本土(※中国のこと)の力が急速に発展する時代において、台湾島が『外交的勝利』を達成する余地はまったくない。そして、リトアニアのような取るに足らない勢力が西側諸国を率いて、一つの中国の原則を揺り動かすチャンスなども一つもない。
外交的ボイコットで面目をつぶされた習近平国家主席が世界平和を促す五輪でどんな姿勢を示すかは、2022年後の国際社会の姿を示す一つの羅針盤になるだろう。
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