無関心か、過剰な脅威論か、陰謀論か…「ちょうどよく」ならない安全保障議論を考える
【特集】奥山真司 × 稲葉義泰『学校で教えてくれない国防論』#3(最終回)- 「国防論」最終回は、アンバランスな安全保障議論をどうしていくか
- 「台湾有事や尖閣への本格侵攻で日本の国論が右往左往する危惧」(奥山氏)
- 憲法9条の話も「何のために変えるのか/守るのか」が置き去り」(稲葉氏)
【編集部より】右でも左でもなく、冷静に眼前のリアルに向き合っていくにはどうするべきか。サキシルでもおなじみ、戦略学者の奥山真司さんと、気鋭の国際法・防衛法政研究者、軍事ライター、稲葉義泰さんが「学校では教えてくれない」国防論を語り尽くす対談企画。最終日の第3回は、日本と違う他国での軍隊と国民の関係、そして「メディア」の問題について展開します。

軍事面でも「リスコミ」が必要
――コロナ禍では「専門家と市民の間のリスクコミュニケーションができていない」という指摘が多くありました。これは自衛隊や、安全保障の場面でも共通するのではないでしょうか。

地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員
1972年横浜市生まれ。戦略学Ph.D.(Strategic Studies)。戦略研究学会編集委員。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学(BA)卒業後、英国レディング大学院で、戦略学の第一人者コリン・グレイ博士に師事。現在、防衛省の幹部学校で地政学や戦略論を教えるほか、戦略学系書籍の翻訳などを手掛ける。近著に『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(新星出版社)、訳書にクライブ・ハミルトン『目に見えぬ侵略』(飛鳥新社)など多数。
【奥山】僕が心配しているのは、例えば近々、台湾有事や尖閣への本格侵攻が始まる、という時、どうなるかです。日本の国論が右往左往するのではないかと危惧しています。なにせ、国民が自衛隊の本来任務を理解していないですから。
外交官OBの兼原信克さんがご著書に書かれていたことですが、自衛官がいくら「我々の本来任務は安全保障です」と言っても、民間企業の人たちは全くそれを理解しようとせず、経済にばかり目を奪われていると。それに対する兼原さんの怒りは極まっている感じが本から伝わってきます。
状況が見えている人には、「安全保障、やらないと」という意識は日々高まっています。例えばいま南西防衛の「最前線」にいる熊本の第8師団の演習を以前見学させていただきましたが、やはり非常にピリピリとした緊張感があり、単なる演習、シミュレーションではない真剣みがものすごく伝わってきます。しかし世間は全く関心がない。
無関心すぎる世論、変わらない憲法議論
【稲葉】それに関しては僕も非常に危惧しているところで、ツイッターにも書いたことがありますが、現場の感覚としては「南西諸島を守らなければ」という意識や緊張感が、日増しに高まってきている。しかし一般世論はと言えば、全く緊張感がありません。
今はコロナがあるから仕方ないにしても、自分の生活にかかわる話題が最優先で、安全保障に関しては「遠いところで起きていること」「どうせひどいことにはならないでしょ」という感覚がある。ある程度、仕方のないこととは思いますが、それにしても無関心すぎるのではないかと。
【奥山】新聞記者でも、防衛省担当とか国際担当なら意識しているところだと思いますが、社会部、経済部となると全く関心がないですね。その分、僕らみたいに関心のある人間が、どんどん発信して知らせていかないと、とは思うんですが。稲葉さんも、ご専門の法律関係のことはかなり頻繁に発信されていますよね。

専修大学在学中の2017年から軍事ライターとしての活動を始め、現在は同大学院で主に国際法や自衛隊法などの研究を進める。著書に『ここまでできる自衛隊』(秀和システム)。
【稲葉】はい。ここに関しても危機感は強いです。憲法9条の話になると、改憲派も護憲派も、お互いに「変えさえすれば何とかなる」「変えさせないことが目的」という議論に終始してしまうことに問題を感じています。「何のために変えるのか/守るのか」が置き去りにされている。
僕は変えるべきという立場で、むしろ変えなければ、政治の世界の解釈だけで作られた安保法制は、現場では全く使えないと考えています。
そもそも自衛隊は、他国のように憲法に明文的に位置づけられていませんし、自衛隊法もその時問題になった状況に対処するためだけに改正が検討されるなど、根本的な問題が置き去りにされている現状があります。有事の際の防衛出動一つとっても、どれだけの手続きが必要か。現場から聞こえてくるのは「あんなことをやっていたら間に合わない」という声です。
陰謀論まで入ってくる有害な「空中戦」
――集団的自衛権も、本来は「あそこからさらに議論を積み上げて、実際に使えるものにしていくスタートライン」のはずなのに、もうすっかり議論がなくなってしまいました。当時も「安倍政権が進めているから反対だ」とか、「朝日新聞が批判しているから賛成だ」とか、多くは実態に即さない右か左かいずれかのポジションからの空中戦状態でしたが。
【奥山】その「空中戦」が本当に問題で、僕が一番危惧しているところです。これは憲法議論もそうなら、安全保障議論もまさにそうですが、「中国の脅威」を語るにしても、現実や実態に即していなければなりません。しかし一方には何も見ないようにしている人たちがおり、その対極には、今度は「とにかく脅威を煽れればなんでもいい」という人たちがいる。中には数字稼ぎになるからか、陰謀論やレイシズムに片足突っ込んでいるケースさえ散見されます。
問題意識があるのはいい、それを一般の読者や視聴者と共有しようというのもいい。しかしあまりに極端なものや常識を外れた形になると……。
――かえって逆効果で、一般の人たちを遠ざけかねない。危機の信憑性そのものが疑われかねません。
「健全な中国脅威論」を!

【奥山】「健全な中国脅威論」を展開していきたいし、論客の皆さんにも展開していただきたい。
【稲葉】専門的な領域の情報を、一般の方々に届ける際のギャップがきちんと埋められていないように感じます。
――知りたいけれどわかりやすいものがなく、探しているうちにYouTubeの「解説動画」にたどり着く。同じ動画を見るなら専門家のものにしては、と思う一方、そういう動画は長かったり難しかったりするのも確か。しかしあまりに単純化した図式でわかった気になったり、いつの間にか陰謀論に染まってしまうのは問題です。
稲葉さんは『ここまでできる自衛隊 国際法・憲法・自衛隊法ではこうなっている』(秀和システム)というご著書で、難しい法律の問題を中高生でもわかるように説明されています。私も読んで「うわ、全然知らなかった……」と、にわか仕込みで憲法議論に参戦していたことを恥じました。
【稲葉】ありがとうございます(笑)。今第二弾を準備中です。
本質を捉えた議論の重要性
――それは頼もしい。憲法議論だけでなく、古くは「専守防衛」とか、今なら「敵基地攻撃」などが「それさえ言っていれば、知ってる感が出せるバズワード」化しています。
【稲葉】「敵基地攻撃」にしても、政府としては実施する際の複数の要素を挙げているんですよね。もしどんなものか知りたいと思ったら、まず国会答弁や政府資料に当たった方がいい。
【奥山】結構わかりやすいものもありますからね。
【稲葉】はい。流行りの、特定のワードを使って、楽して何か言ったような気になっているよりも、実態、本質を捉えたうえで議論した方がずっと意味があります。
――そういう機会や場所を作っていかなければなりませんね。これからもぜひよろしくお願いいたします!(終わり)
【おしらせ】稲葉義泰さんの単著『ここまでできる自衛隊 国際法・憲法・自衛隊法ではこうなっている』好評発売中です。
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