ウクライナ危機で露見、「ロシアは悪くない!」論者が無視する21世紀の国際規範
「向こうの事情もわかる」はなぜ危険なのか- 緊迫するウクライナ情勢。日本国内でのロシア擁護論の危険性とは
- ロシアが使う「19世紀型ロジック」と「被害者意識」とは
- 欧米の戦略学者の比喩。「バーベキュー大会に乱入してきた」あの動物…
ロシアがウクライナに今にも攻撃を仕掛けそうな状態が続いている。本稿を執筆している現時点では軍事侵攻はまだ行われていないが、いわゆる「ウクライナ危機」は現在進行中であり、世界の注目を集めている。
日本においても、欧米の主導するいわゆる「リベラルな国際秩序」の信頼性や、台湾有事への含意もあるために、必然的に関心を持たざるをない案件だ。

ロシアを徹底擁護する佐藤優&鈴木宗男
このウクライナ危機については、学者のような専門家やジャーナリスト、元政府関係者やSNS上の関心のある人々の間で、いくつもの分析が出され、実に熱い論争が交わされている。
中でも最大の論点の一つが、「ロシアの立場は理解できるのか」という点だが、「理解できる」とする主張にはかなり大きな問題があると言わざるを得ない。
親露的な意見が日本のネット上でとりわけ話題になったのは、今年1月28日のBSフジ「プライムニュース」で行われた、ゲスト識者同士の議論であった。

「プライムニュース」は夜のニュース番組として定評があるが、「緊迫のウクライナ情勢」と題したこの回の出演者は、現場取材の経験豊富な軍事系ジャーナリストの黒井文太郎氏、欧州政治に詳しい慶応大学の鶴岡路人准教授、そしてロシアとの関係が深い鈴木宗男参議院議員と、元外務省職員である佐藤優氏だった。
この際に注目されたのが、鈴木&佐藤ペア(さらには反町理キャスターも)の親露的な発言だ。例えば、以下のようなものがあった。
ドンバスなどのウクライナ東部の住民が、ロシア人としての自己意識を持って、ロシアのパスポートを貰っている。だからロシアが守るべきだ。
これはクレムリン側に立ったとしか思えない驚くべき発言と言える。
親ロ論者たちの危険な主張
そしてさらに驚いたのが、このような異様に親露的な発言に対して「説得力があった」と納得するような意見が、ネット上で少なからず散見されたことだ。
なぜ「異様」なのか。それはこの発言者が「NATOの東方拡大は、21世紀の国際社会の規範に則って民主的な手続きを踏みながら、ロシアを含めた各国の同意で行われた」という点をほとんど無視した形で議論を展開していたからだ。
これは実に矛盾した意見であり、危険なことでさえある。

もちろんこのような国際法や規範のような話をすべて無視した形で「国際政治はパワーバランスで決まる」とする大国同士の力学や、帝国主義的な視点があることを認めることも重要だ。実際に私自身も、日本にはこのような学問的な視点を学ぶ必要があると感じ、この種の本(ジョン・ミアシャイマー著『大国政治の悲劇:完全版』、スティーブン・ウォルト著『米国世界戦略の核心』=いずれも五月書房新社=など)を翻訳してきた人間である。
ただしここで問題になるのは、現在の日本政府をはじめとする西洋の国々が、いわば「リベラルな国際秩序」の建前で国家を運営しているからだ。本音はさておき、公式的にはこのようなむき出しの権力闘争をベースとした現状変更を否定してきた。
たとえロシアが現実的にパワーで国際政治を動かそうと考えていたとしても、日本政府に近い(もしくは近かった)識者たちが「ロシアの事情もわかる」としてしまうと、それはウクライナという「国家の主権」や「領土の一体性」を否定することになる。徹底的に自己矛盾した状態に追い込まれてしまうのだ。

ロシアが使う「19世紀型ロジック」と「被害者意識」
では、われわれはどうすれば現状を正しくとらえることができるのであろうか?
議論があることを承知であえていえば、それは日本を含む西側とロシアの対立を「21世紀型の国家」と「19世紀型の国家」のロジックの対立であると捉え直すことだ。
「21世紀型」のロジックとは、国際社会の存在を認め、外交交渉や条約の公式性を守り、「国家の主権」と「領土の一体性」という原則を尊重し、民主的な手続きを遵守するアプローチをとることだ。アメリカをはじめとする日本を含めた西側の国家たちは、大枠ではこのロジックで動いている。
ところがロシアは違う。今回の動きでもわかるように、ロシアは19世紀の大国のようなロジックで動いている。たとえば過去の国際関係の事情(ロシアもNATOの東方拡大に反対していなかったことなど)に関係なく、被害者意識から「全くの間違いまたは意図的なフェイク情報」によって、西側に対して敵対的な態度を取り続けているからだ(参考:袴田茂樹「NATO不拡大の約束はなかった」)。
「バーべキュー大会に乱入したグリズリー」
このような対立構造を、別のメタファーをつかってうまく説明している学者たちもいる。
数年前に私が監訳した『不穏なフロンティアの大戦略』(中央公論新社)という本の中で、著者のグリギエルとミッチェルたちは、アメリカの同盟国に対して脅威を及ぼす「ライバル国」として、ロシア、中国、そしてイランという3つの国を挙げている。そしてこれらの国々を念頭に置きながら、次のように述べている。
ゼロサム的な視点をもつライバル国に対して協調的なウィン・ウィン関係の構築に躍起になることは、裏庭で開催するバーベキュー大会にグリズリーを招き入れるようなものだ。
もちろんここで出てくる「グリズリー」とは、アメリカに住む凶暴なクマのことだ。日本で言えばヒグマの親戚にあたる。

そして現在の欧州やウクライナに対するプーチン大統領率いるロシアの態度は、まさにこの「バーベキュー大会に乱入してきたグリズリー」のような態度に近いことがわかる。
なぜなら西側に対していいがかりをつけ、軍事演習を口実にウクライナ国境に大量の軍事力を集結させ、その行使の脅しによって、ウクライナや西欧諸国に対して現状変更を迫っているからだ。
国際秩序を脅かす剥き出しのパワー
これを今回の危機の状況に当てはめれば、西側諸国は21世紀型の国家の規範として「国家の主権」や「領土の一体性」を守っているのだが、ロシアは19世紀型なのでむき出しの力による脅しで国際社会が動くと考えているということだ。
つまり日本も含む西洋のような「21世紀型」の国々が「19世紀型」の植民地主義丸出しの帝国主義的な世界観で行動している国に脅されている、という構図だ。
そして21世紀の国際秩序の中で生きている国々にとっては、まさにロシアの脅しは「差し迫った脅威」であり、国際的にも広く非難されるべきものとなる。少なくとも日本にはそれに同意できるような余裕はない。
国際規範を無視する「動物的本能」
ところが前述した佐藤氏を含む日本の識者の中には、「ロシア側の要求に一定の妥当性があり、少なくともその一部(たとえば東部ドンバスのようなロシア語地域)にはロシア側の権益も認めてやろう」と示唆する人々もいるのだ。
もちろんここで「動物保護」の観点から、クマの肩を持つ人がいるのはわかる。クマにはクマの事情があるからだ。だがこのクマは、人間側の事情(国際的な規範など)にかまわず、まさに動物的な本能で動いているのである。
もちろんこのような見方は、単なる一つの「メタファー」でしかない。実際のところ、ロシアはクマではない。
だが、現実として、このようなバーベキュー大会に参加して楽しんでいる人間と、それに刺激されて乱入してきたクマというイメージは、現在のウクライナ危機の大きな構造を理解する上で、実に参考になるものではないだろうか。
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