山梨県vs.富士急、東京ドーム94個分の県有地はなぜ90年も“破格”で貸し出されたか
【特集】公有地トラブル「政争」に隠れた真の問題 #2- 山梨県の土地を富士急が90年以上、なぜ「割安」で使えたのか
- 朝日新聞が15年前にスクープした当時は“不問”になってからの変化とは
- 地元の政治的対立が語られがちな裏で、脚光を浴びない制度的“欠陥”
全国各地で相次ぐ公有地の適正価格を巡る紛争の根本的な原因は何か?第1回の東京・吉祥寺駅前の駐輪場売却問題に続き、第2回は山梨県の県有地利用を巡り、地元名門企業「富士急」と法廷闘争に発展したケースを追う。

そもそもの紛争の経緯
注目の判決が、12月20日に言い渡される。山梨県が富士急行(本社:山梨県富士吉田市)に、90年以上にわたって貸している山中湖村の県有地をめぐる訴訟だ。
この裁判は、2017年に山梨県内の男性が起こした住民訴訟が発端で、男性は山梨県と富士急行との契約は、「賃料が安すぎるため違法・無効」だと主張。適正賃料との差額を歴代の3人の県知事と富士急行に請求することを県に求めていた。
当初、山梨県は「契約は適法」の立場で男性と争う姿勢を見せていた。しかし、2019年に長崎幸太郎知事が就任すると、それまでの方針を一転。男性と同じく、「これまで富士急行の支払ってきた賃料が安すぎるため契約は違法・無効」と主張するようになった。これを受けて富士急行が賃借権の確認を求める訴訟を起こすと、県は富士急行に適正賃料との差額を支払うよう反訴した。
なお、発端となった南アルプス市の男性が起こした住民訴訟は、県が適正賃料との差額の支払いを求める裁判を起こしたことから、裁判所は「訴えの利益がない」と判断し、棄却された。
契約をめぐって争われているのは、県が昭和2年(1927年)から富士急行に貸し出している山中湖村の県有地。面積は、東京ドーム94個分、約440ヘクタールに及ぶ。この土地を、富士急行は宅地やゴルフ場などに開発し、第三者に転貸借(いわゆる「また貸し」)している。2017年に山梨県と富士急行との間で20年間、県有地を貸し出す契約が新たに締結されたが、賃料は年額3億2530万円で、3年ごとに更新するというものだった。

県側は「賃料は年額約20億円が適正」との鑑定結果を提出したうえで、差額を支払うよう富士急行に求めている。これに対して、富士急行は次のように猛反発した。
「県知事自身がこれまでの県のルールを撤回し、ルールに従ってきた企業を糾弾することは、あまりにも無責任であり、公正さを欠いていると言わざるを得ません。ルールを変更するのであれば、まず県の中で十分話し合われるべきであり、これまでの県のルールが合理的であると判断し、そのルールに従ってきた企業側に非はないと考えております」
政治的対立が語られがちだが…
富士急行に貸し出している公有地の契約方針を大転換させた、長崎知事と富士急行のオーナー家である堀内家とは浅からぬ因縁があることはよく知られた話だ。
長崎知事は2005年に行われた、いわゆる「郵政選挙」で、当時勤務していた財務省を退職し、富士急行・元会長の堀内光雄・元通産相への刺客として衆院山梨2区で出馬。この時の選挙は堀内氏の勝利に終わったが、長崎氏は比例で復活当選。その惜敗率は98.53%という大激戦だった。2009年の「政権交代選挙」では、長崎知事、堀内氏はいずれも当時の民主党候補に敗れ、両者ともに比例復活も果たせなかった。

2012年の衆院選挙では、堀内光雄氏の後継として長男の妻の詔子氏(前ワクチン担当相)が出馬したが、長崎知事が当選。詔子氏は小選挙区では敗れたが、比例復活当選を果たした。2014年の衆院選でも長崎知事が当選し、詔子氏は比例復活当選。2017年は詔子氏が勝利。長崎知事は2019年に行われた山梨県知事選に出馬し、今に至る。
過去5回にわたって、堀内家と長崎知事の激しい戦いが繰り広げられてきたことから、今回の富士急行と山梨県の訴訟は「堀内家 vs. 長崎知事」の構図で語られがちだ。地元でも、今回の訴訟について「知事が富士急行をいじめている」とみる住民も少なくないというが、長崎知事は2020年11月の記者会見で長崎知事は「政治的な対立は全く関係ない。行政は時に間違えることがある」などときっぱりと否定している。
なぜ「割安」で長期契約できた?
長崎知事と堀内家の本当の関係がどうなのか。それが今回の訴訟にどのように関係しているのかはさまざまな見方はあろう。しかし、そもそもなぜ、「賃料は年額約20億円が適正」との鑑定結果が出た土地を、年額3億2530万円という「格安」で富士急行が借りることが可能だったのか。県側が示した鑑定結果での賃料のわずか6分の1の額だ。
仮に山梨県側が主張するように、不当に安い価格で民間企業に県有地を貸し出していたとなると、県民の財産の価値を毀損していることになる。当然、山梨県と富士急行が2017年に交わした契約で賃料を割り出す際も、不動産鑑定士が鑑定しているだろう。
実際、この問題が最初にクローズアップされたのは、2007年8月14日付の朝日新聞の報道だったが(「山梨県、県有地を割安賃貸 80年評価額、近隣の3分の1 富士急、別荘用地に転貸」)、県は当時、弁護士、不動産鑑定士を交えて価格を検証し、その時点では問題ないとの見解を示していた。
なぜひっくり返ったのか。今回の訴訟で山梨県側の代理人を務める足立格弁護士は鑑定士が法律に詳しくなく、「私人間の土地取引と同じように考えてしまったのでは」との見方を示す。
私人間の土地の賃貸借契約であれば、貸主と借主の双方の合意があれば、市場価格や時価と関係なく賃料を決めることは問題ない。しかし、県有地の賃貸借契約の場合、そうはいかないと主張する。
「地方自治法では、当事者が合意していたとしても、市場価格や時価とかけ離れた賃料での契約は認められていません。ところが、不動産鑑定士も県の担当者もこの法律を知らなかった。昔からこの賃料でやっていて、『山梨県も富士急行も合意しているから』と市場価格からかけ離れた安い賃料でも問題視されなかったのでしょう。しかし、地方自治法には適正な賃料でない場合、その契約は合意があっても無効になるという条文があるのです」
確かに地方自治法の237条2項には次のような一文がある。
普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、これを交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けてはならない。
長年の“慣習”、疑問視されず
今回、訴訟の対象となっている山中湖村を含む、山中湖畔の開発がスタートしたのは、大正15年(1926年)。開発を手掛けたのは、富士急行の前身の富士山麓土地株式会社。以来、山梨県と富士急行は、二人三脚で、この土地を開発してきた。なにもない原野を宅地やリゾート地として開発するには、莫大な先行投資が必要だっただろう。

その分、山梨県が格安の賃料でバックアップして、富士急行に開発してもらう。富士急行に、原野を住宅地やゴルフ場、リゾート地として開発してもらうことで、住民や観光客を誘致でき、山梨県にも“経済効果”をもたらされる…..富士急が1977年に刊行した「富士山麓史」にも事業が「知事のバックアップ」で始まったとの記述があることからも、当時の県の期待は大きかったことが窺える。そして90年以上にわたって、こうした両者の関係が続いており、長年の“慣習”に誰も疑問をもたなかったといったところか。
訴訟で山梨県側は「富士急が上場企業である以上、IR等で本来開示すべき投資対効果を示すべき」と主張し、直近の20年分について出すように迫ったが、富士急側は「そもそも出す必要がある事案ではない」との考えから応じなかった。これまでにも「山梨県の突然の方針転換や反訴は、長年築き上げてきた相互の信頼関係を一方的に壊す行為 であり、不可解で非常に残念である一方、決して受け入れられるものではありません」(開示資料)との立場を崩しておらず、両者の言い分は平行線のまま20日の判決を仰ぐ形となる。
法廷闘争で軍配はどちらに上がるのか。いずれにせよ、東京ドーム94個分という規模の公有地が長い間、90年にも渡って民間企業に貸し出されていた今回のケースは極めて異例だ。全国で他にも10年、20年単位で公有地が民間企業に「割安」で貸し出されている可能性は十分考えられ、公有地制度のあり方を含め、裁判の成り行きは影響を与えそうだ。
(最終回に続く:ここまで浮き彫りになってきた制度面の課題と打開策は?記事はこちらから)
■
【追記:21日未明】甲府地裁は20日、山梨県の主張を退け、富士急勝訴の判決を下した。
山梨県は長崎知事が談話を発表。判決について「これまで県が主張してきたことが裁判所に認められなかったことは極めて残念に思います」と心境を述べた上で、「県有地に係る一連の議論については、これまで表に出ず、県民の目に触れてこなかった問題が公の 場で論じられ、県民の皆様の前に明らかになる契機となった」と事案の意義を強調。直ちに控訴する意向を明らかにした。
一方、富士急もコメントを発表した。判決については「当社の主張を踏まえたものであり、当然の結果であると認識しております」と評価した上で、県に対し「本件訴訟に至る一連の経緯を検証し、本件土地に係る当社の賃借権について 本判決の内容に沿った対応をしていただきたい」と要求。さらに「本件土地に係る当社の賃借権の存在が公正な裁判で明らかになった今こそ、地元企業及び県民の上記の懸念を払拭すべく、県が現在貸し付けている全ての県の今後の賃料の算定方法にあたっても、本判決の内容を尊重して頂きたい」と重ねて注文した。
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