鑑定士の機能不全、行政のブラックボックス…公有地問題の打開策は?
【特集】公有地トラブル「政争」に隠れた真の問題 #3(最終回)- 公有地トラブルの最終回は制度的な背景を考察する
- 「森友」で注目された不動産鑑定士の“機能不全”
- それでも行き着くのは行政側の問題。有識者の意見は?
今回の特集では、各地で公有地が「割安」で民間に叩き売りされたり、長期間貸し出されたりしてきた問題点を紹介してきた。
トラブルの多くは政治的な対立を契機にクローズアップされがちだが、内情を調べると、どの自治体でも、誰が首長であったとしてもトラブルが起こりうる構造的な側面も浮き彫りになってきた。最終回は、有識者への取材も交えながら、制度的な問題点や具体的な解決策を探る。

不動産鑑定士の“機能不全”
民間の不動産取引と同じく、公有地もその価格を算定するにあたり、不動産鑑定士の役割が大きな鍵を握る。しかし、第1回で取り上げた東京都武蔵野市のケースでは、市が“実績”のある鑑定士1人を選任したにも関わらず、市長への住民訴訟を起こした原告には選任が疑問視されている。第2回の山梨県と富士急の問題でも、県側の代理人弁護士が、鑑定士が「適正な賃料」での売却を定めた地方自治法の理解が不十分だったと指摘した。
これらの個別の事例では異論反論もありそうだが、不動産鑑定士の業界では近年、公有地鑑定のあり方について見直しが進んでいる。きっかけは森友問題の遠因である国有地売却の価格鑑定が問題視されたためだ。「森友」の舞台となった大阪府の不動産鑑定士協会は18年12月、鑑定委任契約や評価中作業などの透明化、トレーサビリティの確保やコンプライアンス遵守などの提言を公表、“出直し”を誓った。
武蔵野市のケースでは、住民訴訟の原告から、鑑定士1人による価格算定を問題視する意見も上がった。公有地鑑定に詳しいベテラン鑑定士の中には、複数の鑑定士が作業することを提言する人もいる。
この点、日本最大の自治体である東京都では、都有地を管理する財務局に勤務する職員が多数、不動産鑑定士の資格を保有している。都有地を売却する際には、内部の職員による価格算定の目利きがあることに加え、外部の鑑定士にも依頼することで客観性を確保して価格を決めるように努めているという。
都財務局の担当者は「東京の場合は都心部の土地が高いという(特有の)事情があるが、だからこそ(売却する場合は)多少のコストをかけても、当該不動産がどういう形で利用されるのが最適なのか、いくらで売るべきなのかを決めている」と話す。

適正価格をどう導き出すか
実際、地価公示についても2人以上の鑑定士が鑑定評価を行うことを法律で定めている。公有地の鑑定評価でも同じように複数の鑑定士起用を制度化することが一案になりそうだが、SAKISIRUで不動産問題を執筆している住宅・不動産ライターの高幡和也氏(宅地建物取引士)は「確かに価格の妥当性が強く求められる場合には根拠の厚みが求められる」としながらも次のように課題も指摘する。
「一般的には『一人が評価するだけでは評価額に誤差が生じるリスクがある』と考えますが、鑑定評価は正常な価格を評価するものであって、そもそも差が出た場合に平均を取るものではありません。
実際に売り買いする価格を算出するのではなく、適正な価格を算出するのが鑑定評価だとすれば、複数の鑑定士に依頼して平均を出すよりも適正な鑑定評価を行える優秀な鑑定士に依頼する方がより正しい価格が導き出されるかもしれません」(高幡氏)
確かに目利きがしっかりしている鑑定士が1人いればそれで事足りるのも事実だ。そして高幡氏は行政側の問題に行き着くと指摘する。
「公共財を売り払う場合、価格の確かさや売却方法の適正化(法令等の適正運用)は重要だが、何より必要なのは意思決定プロセスと結果について、ブラックボックスをつくらないことではないか」(同)
行政側の根深い課題
行政手続に詳しい専門家はどう見ているか。
神戸大学の中川丈久教授(行政法、立法過程論)はまず「行政側は公有地を売ってどう儲けるかというインセンティブがない」と根本的な難しさを挙げた上で、自治体の対応については「知事や市長といったトップの意識次第で大きく変わる」と指摘する。
しかしトップの対応が“裏目”に出る問題も。武蔵野市や広島県大竹市のケースでは、市長が住民訴訟で責任を問われる事態に発展した。中川教授は一般論との断りを入れた上で「買い手や借り手が地元関係者だと安くした方が褒められることもある。職員が政治的に忖度することもありうる」と述べるような、リスクも挙げた。
結局、中川教授も問題解決の前提として指摘するのは、高幡氏と同じく情報公開の重要性だが、モニタリングする側の問題もある。
「これまでも情報公開の求めに応じて自治体が制度を作った途端に誰も使わなかったり、オンブズマンなどの一部の人だけにしか利用されなかったりしてきた」(中川教授)
さらには公有地の売買・貸付で問題が発覚しても、自治体の場合は住民訴訟を起こせるものの、国有地で問題が起きた時には、同様に国を訴える制度がない。
「住民訴訟の国家版とも言える国民訴訟を作るべきだという話は昔からあるが、全く進んでいない。国会議員は自分たちが訴えられるリスクのある制度をわざわざ作ることもないからではないか」(同)
このように、公有地の適正価格が定まらずに問題が続発する背景は、制度的に根深い課題が多い。人口減少で税収が減り、公有財産のリストラが進む自治体ではリスクを抱え続けることになる。打開に向け、政治的なリーダーシップが求められる。(終わり)
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