混ぜるな危険、おトリチウム 〜 東電が撒いた「誤解の種」を除去する
風評の構造から考えてみた【編集部より】福島原発の処理水海洋放出を巡って議論が続いています。村山恭平さんの先日の記事は6000字を超える大作にも関わらず、SNS「X」では「これはコレでもか!ってぐらいわかりやすく書いてる」「軽妙な筆の走りに助けられ、最後まで読み通せた」と好評を博しました。霞ヶ関から流れてくる噂では外務省首脳も読んだとか、読まないとか…。
村山さんの処理水独自解説、続編は風評が生まれる構造に目を向け、トリチウムとそれ以外の物質との「混同」に警鐘を鳴らします。

風評を育てる3つの要素
被害をもたらすような大きな風評を育てる要素は3つあります。イメージ、無知、そして誤解です。
最初の「イメージが育てる風評」の例。汚染水とは関係ない話ですが、学校プール漏水事件。川崎市のF市長のコメントが炎上です。
「高額でかわいそうだとか、教員不足に拍車をかけるのではないかという話と、責任を誰が負うのかというのは全く別の話だ」……実は全く間違ったことは言っていないのですが、見事に炎上しました。地獄のキーワードは「別の話だ」です。「かわいそう」だとか、「教員不足」よりも責任のスジが大事だという御主張です。
けれどもその前に、「これを個人が負担するのは厳しいと私も思った」と言ってしまっています。繰り返しますが、市長は間違ったことは言っていません。でも、「些細なミスをした教員に『個人が負担するのは厳しい』罰を与えられる偉ぁ~い自分に酔っている人」のイメージができてしまいました。
これが実像か虚像かは今のところ分かりませんが、今後この市長は水の流失よりも、川崎からの教員志望者の流出と御自分の支持者の流出を心配することになるでしょう。2025年の市長選までに何かしでかしたら致命的。日本中のメディアが歓喜する末路です。
「実験」結果の発表
実はいま、ある実験をしました。記事の2行目あたりに「汚染水」という言葉をわざと入れてみました。読んだ瞬間、こいつ今回は「排出水は危険だ」と言う気だな。というイメージが浮かびませんでしたか。もし代わりに、「処理済水」や「トリチウム」という言葉を使っていたら、全然別の印象になっていたのではありませんか。
読者など軽いもんよ、ちょっとした言葉で潜在意識を誘導できる…などとうそぶく気はありません。そんな筆力など、私にはないことぐらい自覚しています。むしろ恐ろしいのは、書き始めの些細な言葉が作るイメージに、続きの文章が影響されがちな筆者自身です。
以前、ある人の評伝を書いていて(SAKISIRUでじゃないですよ)、冒頭で何の気なしに使った強い言葉に引っ張られガンガン筆が進み、記事全体が罵詈雑言になってしまいました。翌日「自主没原稿」にして書き直しましたが、今読み返してみると、掲載版よりもよほど迫力のある文章になっていました。自分の頭の中で黒いイメージを成長させながら書いたのですから勢いが違います。自己風評被害。恐ろしいことです。

そろそろ次に行きます。汚染水……と言われることもある処理済みのトリチウム水に関する風評の中に、明らかに無知が育てたものもあります。特に名前は出しませんが、某国(仮にC国としましょう)で塩の買い占めに走る群集。地球の広さが分かっていないのです。太平洋のお塩がお嫌なら大西洋にもインド洋にもお塩はあります。何なら岩塩もあります。
群集が群集なら指導部も指導部です。海洋放出をやめて蒸発させろなどと言い出しました。現在、1日100トン発生する新たな処理水とタンク中の在庫100万トン強を30年で片付けるつもりなら、1日のノルマは約200トン。10日弱で小学校のプール6杯分。川崎市の教員がうっかり漏らしたら95万円も取られる膨大な量で、これを蒸発させるなら、ざっと計算しても原発が1基分ぐらいのエネルギーが必要です。
けれども、蒸発した水はトリチウムを含んだまま、恐らく大部分が1年もしないうちに降ってきて最後は海に行きます。水蒸気は二酸化炭素よりも強力な温室効果ガスであるなんて細かい話はおいといたとしても、海洋放出と比べて何のメリットがあるのか、さっぱり分かりません。
C国発の街頭インタビューやSNSに関する記事を見ると、トリチウムという言葉があまり出てきません。何が危険なのか安全なのかを理解していない層が書き込みをして、それを政府があえて(有機合成化学を一流大学で学んだ習近平氏が放射性元素について知らないはずはない)容認しているように見えます。C国の政治や経済に関して考えれば、我が国との対立を煽っても何も良いことはないのですから、科学知識も福島に関する知識も情報もない一部民衆の大声に指導部がおもねっているうちに、引っ込みが付かなくなったというのが実情ではないかと思います。
東京電力が撒いた誤解の種
さて、最後に誤解が育てた風評の例です。図1をご覧ください。この図は前回も掲載しました経産省のものです。よく読めば間違ったことが書かれているわけではありませんが、誤解を招きかねない表示があります。
経産省作成のALPS解説図

下の方の「STEP2」のところに「・トリチウム以外の核種を規制基準の1/100以下に」という記述があります。「STEP1」に「トリチウム以外の核種を規制基準以下に確実に浄化」とあるのですから、それを水で100倍に薄めれば嫌でも「規制基準の1/100以下に」なるのは当然です。トリチウム以外の核種については「STEP1」が主で、トリチウムを薄めるための「STEP2」のときに、一緒にさらに薄まるということ、いわばオマケみたいな話です。
「STEP1」はトリチウム以外の核種の浄化、「STEP2」は浄化をできないトリチウムの希釈、と目的が違う工程なのですから、「STEP2」にトリチウム以外の核種のことを下手に書いてしまうと、「自分たちの浄化技術には限界があるから、最後は薄めて流す」みたいに見えてしまいます。
悪いことに、「タンクに貯蔵されているALPS処理水の約72%は環境基準を満たしていない『処理途上水』である」という別の情報が頭にあると、「ALPSで手に負えなくなったから薄めて誤魔化す気か」みたいに誤解してしまいます。トリチウム以外の核種について、あくまで東電は環境基準まで除去で対応するつもりです。水で薄めるのはその後の話です。(私が東電の担当者なら以下のような図を作ります)。

なんでこんな下らない誤解の話をしているかと言えば、恥ずかしながらこの記事の取材を始めるまで、私自身が間違って理解していたからです。それだけでなく、環境界のラスボス的な存在であるグリーンピース・ジャパンの4年前の記事(いまでもよく引用されていて、検索にも引っかかるもの)にも、「東電は放出するときには基準値以内にしてからと言っていますが、取り除くはずのものが取り除けていません。流すときには薄めればよいという問題ではありません」などとやっています。念のため言い添えますが、東電は「取り除くはずのもの」はちゃんと取り除くと言っているのです。
汚染水処理において、取り除く核種(トリチウム以外)と薄めるしかない核種(トリチウム)の2つは扱い方の発想が全く違うのですから、意識的にしっかりと別々に議論をしないと無意味な誤解の原因になります。「混ぜるな危険」なのは水ではなく議論の方です。

最新の例をひとつ。韓国の中央日報日本語版の記事です。「C国の口」と呼ばれる外交部の華春瑩部長助理(次官補)兼報道官が8月31日にSNS(どこだ?)で、「日本はなぜトリチウム(三重水素)の希釈だけを強調するのか」「福島核汚染水には60以上の核種が含まれているのに(トリチウムを除いた)他の核種はどのように処理するのか」などとおっしゃったそうですね。
記事の日本語訳に問題(「疑問」と「反語」の訳し分けなど)があるのかも知れませんが、後半の御発言は不勉強と言われても仕方有りません。「どのように処理するのか」は東電のサイトにあります。
華春瑩閣下は英語がご堪能とのことですので、例えばこれなんかいかがでしょう。最近まで誤解していた村山には偉そうに言う資格はありませんが、自戒を込めて資料を御紹介しました。ここから関連リンクにあたれば、東電の方針の全貌が見えると思います。
さて、前半の方の「質問」ですが「答え」は2つあります。第一の理由は、日本国内でトリチウムに議論が集中しているからです。「比較的安全だが除去が難しいので薄めて放出する放射性物質」というものに、専門家以外は慣れていないのでこうなるのは必然です。
もうひとつは貴国の態度です。福島のタンク内にある放出予定の水全体を一貫して「汚染水」と呼んでおられますね。確かに、トリチウムに関して環境基準をクリア出来ていないという意味では汚染水と呼ばれても仕方ありません。それを排出基準まで希釈して放出するということです。そのため、何の断りもなく処理水全体を汚染水と言われたら、自動的にトリチウムの話になるのです。
“囮チウム”にこだわるな
実は私も、トリチウム以外のSrなどの危険な核種に関する議論が少なく、しかもトリチウムの話とこんがらがった形で議論が進むのを困ったものだと思っていたのですが、「そういう状況を意図的に作って、トリチウムに注意を集め他の核種のことを誤魔化す」囮チウム作戦を、日本政府や東電がしているような言い草は随分失礼だと思います。
もし華春瑩閣下がトリチウム以外の核種を御心配ならSNSなど使わず、堂々と外交ルートで日本政府なり東京電力に質問するべきです。もっともトリチウムの安全性について、科学的な根拠も示さず執拗に批判してくる国相手では、政府も東電も怖くて回答できないかも知れません。下手をすれば2つの議論がさらに混同されてしまうからです。
トリチウム水の放出にのみ注意を集め、日本の技術者たちが必死で他の核種の除去に取り組んでいることを無視するように、C国世論を誘導するのも、囮チウム作戦の一種ではないでしょうか。やはり2つの議論は「混ぜるな危険」なのです。
次回は、ALPSの原理などを説明しながら、トリチウム以外の核種について、今後に残る問題点を議論したいと思います。
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