処理水の海洋放出:トリチウムは除去も出来ないほど「安全」である
もっと理論的に説明しましょう【編集部より】東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出が24日始まりました。先週のSNSも根強い反対派の存在で紛糾しましたが、堀江貴文さんがYouTubeで反対派に対し「中学校からやり直せ。科学の教科書読め」と言い放って話題になりました。
かつて大学の理系学部で教鞭をとった経験がある村山恭平さんが話題のトリチウムなどについて解説。6000字を超える力作ですが、軽妙な筆致も交えて論じます。

風評被害は騒ぎの大きさに比例する
保護者「校長先生、なんでうちの子が停学になったのですか」
校長「プールで小便をしたからです」
保護者「確かに良くないことですけど、少しは誰だってやってるでしょ」
校長「でも、飛び込み台の上から放物線を描いた子はこれまでいませんでした」
福島での処理水放出のニュースを聞いて、この小話を思い出しました。多くの人がしていることでも、おおっぴらにやられたら大問題です。泳いでいたら黄色い雨が降ってくるプールに行きたい人はいません。風評被害とはこういうものです。よく考えてみると些細な問題でも、表に出たイメージが悪いと消費者は逃げていきます。被害程度は、危険性ではなく騒ぎの大きさに比例します。
夏の終わりごろ、朝日新聞の、下駄が並んでいるような見出しで、一瞬、プーチン暗殺か阪神優勝かと思いました。処理水放出の日時が決まったというニュースでした。それにしても、「トリチウムは危険だからやめろ」と論陣を張ってのいるのなら分かるのですが、よく読むと渋々ながら安全性を認めているのに、この巨大見出し。風評被害を楽しんでいるように見えます。
当事者の東電は、逆にオドオドしすぎているのが裏目でした。トリチウム水など普通の原発からも出るもので、排出自体は事故前にも定期的にやっていました。処理水も静かに事務的に流しておけばよかったのですが、それを先延ばしにしたせいで、数百のタンクが立ち並ぶシュールな光景が出現しました。そして敷地に余裕がなくなると、いきなりの放出。最悪のやり方でした。
さっきのプールの例で言えば、泳ぎ回りながら少しずつ漏らしておけばいいものを、我慢に我慢を重ね、限界になって飛び込み台に登り、「やるぞー」と叫んで放物線を描くようなものです。そして、「ワー、本当にやりおったぞー」と大声で叫んで走り回り、全校生徒の注目を集める悪ガキが、朝日などのマスゴミです。まあ、この記事も同類だと言われたら返す言葉がありませんが…。
喪中明けのCIA
それにしても、なんで事故から12年以上もたっての放出なのでしょうか。トリチウムの半減期を意識しているのなら、科学というより「喪中明け」みたいな話です。
念のため言っておきますが、放射性元素は、仮想通貨のように半減期が来たら突然半分になるというのではなく、少しずつ崩壊して減っていき半減期にはちょうど最初の半分になるのです。きっちり半減期を超えることにこだわっても何の意味もありません。もしかしたら、東電さんは世間の関心の半減期を待っていたのかも知れません。
半減期には何か特別な意味があるように思われている節があります。こだわって墓穴を掘った記事がニューズウィークに出てました。75年保管してトリチウムの量は今の約3%に減らそうとのご提案ですが、それなら黙って33倍の水で薄めましょう。耐用年数75年のタンクなんてありませんし、津波が来たらどうするつもりなのでしょう。記者はCIAの元工作員とのことですが、少しは気合い入れて仕事しないと、次の就職先はワグネルかサキシルになります。
体に取り込んでも比較的安全なトリチウム

トリチウムが他の放射性元素よりも格段に安全だということを説明しましょう。最初に、「なぜ、放射線を出す物質を含む水を海に流してはいけないのか?」ということを考えてみましょう。常識的な答えは、「被曝による健康被害の可能性があるから」というものです。
「被曝」という言葉が出てきましたが、放射線被曝には外部被曝と内部被曝の2種類があります。この外部・内部は放射線を出す出所が被害者の体の外にあるか中にあるかの違いです。
外部被曝とは原子爆弾や原子炉の核燃料などが出す放射線を外から浴びることで、医療用X線による被曝もこれに含まれます。日常会話で被曝と言えばこちらを指す場合が多いでしょう。
これに対して内部被曝とは、食品や呼吸などにより何か放射線を出す物質を体に取り込んでしまうことによるもので、当然ながら外部被曝よりも微弱な放射線でも重大なことになるという特徴になります。もちろん、汚染水による健康被害もこちらの内部被曝に含まれ、特殊な状況にならない限り、外部被曝のような急性で致命的な問題は起こりません。ラジウム温泉に入っても大丈夫ですが、大量に飲むのはやめましょう。
特に、トリチウムの出す放射線はエネルギーが低く、紙一枚で遮られてしまえます。そのため、骨髄や生殖腺など被曝すると影響の大きいところに集まらない限り、トリチウムによる内部被曝はおこりようがありません。ところがトリチウムは化学的には只の水の一部ですから、骨に集まるストロンチウムや甲状腺に集まるヨウ素と違って、体のどこかに集中するということはありません。
さらに付け加えれば、水の体内での滞在時間はせいぜい平均10日程度です。半減期が10年以上あることを考えれば、体内にいる間に放射線を出すのは、飲み込んだトリチウム原子は1%もないでしょう。
一度によほど多量のトリチウムを摂取しない限り、内部被曝による健康被害も考えられないのです。だから、今回放出するぐらいの濃度のトリチウム水なら飲み込んでも十分に安全で、同量のビールの方がよほど危険です。
不純物の両横綱、CsとSrは危険な悪玉入り
では、なぜトリチウム以外の放射性元素を含む汚染水は海に流さずに、膨大なコストをかけて除去をするのでしょうか。そのまま、大量の海水で徹底的に薄めてから、時間をかけて放出すれば良いように思えますが……
今回の事故原発で出ている汚染水に多く含まれ重点的に除去されている元素は、セシウム(Cs)とストロンチウム(Sr)です。いわば、これらが横綱で他の放射性元素は平幕力士みたいなもので、まとめてアルプスで処理されます。

この両横綱、自然界ではCsはカリウム(K)やナトリウム(Na)と、Srはカルシウム(Ca)と一緒に行動する傾向があります。化学的な性質がそれぞれ似ているからです。また、どちらも量が少なく、地表ではCsはNaやKの7~8000分の1、SrはCaの100分の1程度しか存在しません。だから、放射線汚染の記事などを読むときには、「CsはKやNaの不純物で、SrはCaの不純物だ」と思っておけば話が解りやすくなります。
一方、KやNa、Caはあらゆる生物にとって必要な元素です。KやNaは筋肉に、Caは骨に多く含まれ、人間の体重の1.5%はCaで、KとNaは合計で0.35%あり、それぞれ微量のSrやCsを不純物として含んでいます。
さてここからは、私が現役時代に扱ったSrの方を例に話を進めましょう。Srには放射線を発生する悪玉のSrと何も出さない善玉のSrがあり、大部分は善玉です。だから、悪玉SrはCaの不純物であるSrのさらにまた不純物ということになり、通常は無視できる存在です。これはNaの不純物であるCsについても同じです。
自然界では、Srは善玉も悪玉も不純物としてCaに紛れ込んでいますから、原付の群れの中に中型のバイクが紛れ込んでいてい、その中に何台かには暴走族(悪玉)が乗っている様子をイメージしてください。
今回の原発事故による汚染は、大規模な暴走族が隣町からやってきて合流したようなもので、地下水のCaに対して悪玉のSrだけがやたらに増えたということです。
やっかい極まりない生体濃縮
骨や貝を持つ動物は、餌からCaを取り込むとき、不純物のSrもいっしょに取り込んで、歯、骨、貝などにしてしまいます。また、生物には「珍しい物質をため込む」という傾向があり、Caに不純物として含まれるSrの割合は、海水や餌の中よりも生物体の中で増加することがおこります。これを生体濃縮と言います。
こうした生体濃縮にはその生物にとってどんなメリットがあるのか(各種毒物を集めやすいというデメリットの方は確実にある)は、あまり解明されていません。Srの場合、私自身は「混ぜた方が堅い骨格を作りやすい」からではないか、と思っていますが、これは仮説どころか思いつきに過ぎません。だれか研究して私の名前で論文にしてください。
この体内濃縮現象は食物連鎖(たとえば:プランクトン → ジャコ → アジ → 鱧(はも、骨も食べます)→ 寿司 → 人間)と進む中で繰り返され、Srの濃度がどんどん上がることもあり得ます。生体濃縮は善玉悪玉の区別はしませんが、Sr全体の量が増加するため悪玉Srも増えてしまうわけです。
人体が、こうした食品から悪玉Srを取り込んで骨の一部に使ってしまうと非常に厄介なことになります。水分と違って、骨のCaは何年間も入れ替わらないことがありますから、一緒に紛れ込んだ悪玉Srは体内でずっと放射線を出し続けます。半減期は約29年で、出す放射線のエネルギーも強いので、何十年にも渡って有害な放射線を出し続けることもあり得ます。なにしろ自分の骨が線源ですから、至近距離から放射線が骨髄を直撃する最悪の内部被曝です。
たとえガブ呑みしても無害な濃度の汚染水でも、海中で生体濃縮がおこってしまうと、一個食べれば数年後には白血病になるような鱧寿司ができることも理論的にはあり得るのです。これが生体濃縮の恐ろしさで、放射線被曝だけでなく水俣病などにも関係したことがわかっています。
だから、膨大な量の汚染水を長期間(最低でも30年)出す予定の東京電力が処理装置を作らないわけにはいきません。いくら水で薄めても、放出する放射性元素(悪玉)の合計量が多ければ、どこかで生体濃縮が起こる可能性が上がるからです。宝くじでも大量に買えば当たりやすくなります。
アルプスの連帯責任
次にトリチウムの除去が難しい理由です。最初に、悪玉Srの除染方法を見てみましょう。汚染水処理、最初に化学反応を使ってSrとCsを集めています。汚染水にリンなどの薬品を投入しCaなどと一体化した沈殿にして、フィルターでこしとってしまうという単純な方法です(ちなみに沈殿になりにくいCsはもう少し複雑なことをしますが、今は気にしないでください)。
このとき、善玉も悪玉も関係なく全てのSrを、Caもろとも除去していることを覚えておいてください。いわば連帯責任。応援団のルール違反で、試合中のチームに責任をとらせるのと同じ、まさに「アルプス」の発想です。慶応は許されてもCaはダメです。
ところが、トリチウムは水素の一種ですから、連帯責任方式にすると水全部を除去することになり、処理水は一滴も出てきません。高野連役員の不祥事で、夏の大会自体を中止するようなものです。
処理水とトリチウム水を分離するには汚染水の水分子全部を善玉(通常の水素原子のみ)と悪玉(トリチウム原子入り)とに分けるしかなく、今の科学技術ではきわめて困難な作業です。遠心分離や電気分解を使った方法などあるようですが、大量にやるのは事実上不可能と言ってもいいでしょう。元素の性質そのものによる問題なので、そう簡単に新技術が解決するとは思えません。
ちなみに、どのような種類の元素でも善玉と悪玉の分離は難しいのですが、これはありがたいことでもあります。もし放射性同位体の分離が簡単だったら、ウラニウムやプルトニウムの中から放射性の悪玉を簡単に取りだせてしまい、北朝鮮どころか爆弾マニアや街のチンピラでも、手軽に小型原子爆弾を作れてしまいます。遊説中の総理を狙うのにSPの隙をついて近づく必要はありません。少し離れたところでドカンで十分です。関西名物、反社の抗争も核戦争になるでしょう。
同じ理由で、トリチウムに関しては生体濃縮が極めて起こりにくいと考えられています。現代科学が「極めて難しい」と結論を出している善玉悪玉の分離を、生物が生体濃縮で簡単に行ってしまうことは、さすがにありそうもないからです。
体内に入っても多量でない限り安全
もちろん、トリチウム水で植物を育てたり、水生生物を飼ったりする確認実験は科学者も電力会社も散々やっているでしょうが、トリチウムが生体濃縮したという研究報告は見たことがありません。もし、そんな生物を発見してメカニズムを解明すれば、ノーベル賞は確実です。そして、数年のうちに同じ原理を使ったトリチウム除去プラントが、福島で動き出すはずです。名前は日本アルプスにしましょう。
少なくとも原発が動き出して以来、人類は継続的にトリチウム水を環境に排出してきたのに、それで生体濃縮が起こったという信頼できる報告もありません。トリチウムを多量に含む貝や魚が出たというごく少数の報告もありますが、「元々トリチウムを多量に含む餌を食べたからだ」という反論の方が説得力があるように思います。
なぜならば、付近の化学工場から高濃度のトリチウムを含む有機物が排出されていたため、別に生体濃縮がなくても、汚染生物が出来てしまうからです。
今後、少数の自然観察データが出たとしても、実験室で同じことが再現されていない限り、「トリチウム濃縮のような理論的に困難なことが起こった」と考えるのは無理だと思われます。常温核融合やらスタップ細胞と同じタイプの話です。

まとめて言えば、汚染水からのトリチウムの除去が難しいことと、トリチウムの生体濃縮が極めておこりにくいということは、どちらも「同位体の分離(悪玉と善玉の分離)は極めて起こりにくい」という同じ性質が原因です。つまり、トリチウムは除去できないぐらい安全なのです。さらに言えば、最初に説明したように、万一、体に取り込んでもよほど多量でない限り安全なのです。
処理水の放出にあたって東京電力が、こういう理論的な説明に力を入れない理由がわかりません。除去の困難さとトリチウムの安全性とが表裏一体であることを主張しないと、「除去はできないけどタンクが足りないや。えいっ、危険だけど流しちゃえ」みたいな無茶をしているように見えてしまいます。
ウェブ上で議論するときも、除去しなくても安全であることを詳しく説明しないままに、大声で反対派を罵倒しても、現実にトリチウムが放出されている以上、かえって風評被害を拡げてしまうことになりかねません。
では、処理水の放出に全く問題がないのかと言えば、そうとは言い切れず、今後に残るやっかいな課題があります。その話は次回以降にすることにしましょう。
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