なぜ今「経済安全保障」なのか?米中対立が抱える大きな矛盾

【連載】鈴木一人教授「ほんとうの経済安全保障」を語ろう #1
ライター・編集者
  • なぜ今「経済安全保障」なのか?東大大学院の鈴木一人教授に聞くリアル
  • 自由貿易を「政治的に断ち切る」動き。米中対立が抱える「大きな矛盾」とは?
  • イメージや誤解のある「経済安全保障」を徹底解説する連載初回

 

国際政治から外交・安全保障、テクノロジーや産業政策に至るまで幅広い概念を包括する「経済安全保障」。「エコノミック・ステイトクラフト(ES)」と呼ばれることもあるが、厳密には両者には違いがあるという。また「半導体産業復活!」「中国締め上げ!」といった一面的イメージの流布も問題視する。国際政治経済学、そして宇宙政策など科学技術政策論に詳しい東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授に「ほんとうの経済安全保障」を聞いた。

ppengcreative / iStock
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自由貿易を「政治的に断ち切る」動き

――担当大臣ポストも出来、22年には一括法案の国会提出も見込まれている「経済安全保障」。なぜ今、強く求められるようになったのでしょうか。

【鈴木】国際社会の大きな潮流から説明すると、これまで西側諸国を中心に、世界は自由貿易を進めてきました。自由貿易の推進は、世界経済が統合されていくことを意味します。例えば半導体は台湾から、ディスプレイは韓国から、車体の部品はタイから仕入れて1台の車を作るように、コストの安さや強みを生かす生産の最適化が行われてきたのです。

そうした生産の最適化をさらにサポートする形で、国際社会や地域はTPPやRCEPのように「この枠組みの中では関税を下げましょう」といった自由貿易圏を作ってきました。国境をまたいで物品をやり取りするようになると、税金がまさに障害になる。そこで協定を結び、関税を撤廃するなど「より世界経済を一つにする」方向に進んできたのです。

鈴木 一人(すずきかずと)
東京大学公共政策大学院教授。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。修士(国際関係学)。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所・現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。Ph.D(現代ヨーロッパ研究)。筑波大学国際総合学類准教授、北海道大学公共政策大学院准教授・教授、プリンストン大学国際地域研究所客員研究員、国連安保理イラン制裁専門家パネル委員などを経て現職。主著に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、サントリー学芸賞受賞)など、共著に『米中の経済安全保障戦略』(芙蓉書房出版)など多数。

一方、「経済安全保障」は、いわばその流れを政治によってぶち壊すものです。政治が経済に介入して、自由貿易の一部を断ち切る。具体的に言うと、アメリカが中国に対してやろうとしているのは、「戦略物資」と呼ばれるものや、通信機器など特定の製品について、政治的な理由で輸出入を制限すること。デカップリング(切り離し)を行い、軍事・安全保障につながるようなクリティカルなものをより分けて、これまで中国ありきで構成されてきたサプライチェーンを見直そうというものです。

政治による経済への介入の目的は様々ありますが、自国を守ることを目的としたものを「経済安全保障」、他国への攻撃を目的としたものを「エコノミック・ステイトクラフト」と呼びます。

中国の公正が警戒意識を高めている

――「エコノミック・ステイトクラフト」は「経済安全保障」の訳語ではないのですね。

【鈴木】定義にもよりますが、「安全保障」というと軍事の安全保障が連想されますね。その場合は「攻め」と「守り」、双方が入りうるのですが、経済安全保障の場合は「守り」しかないのではないか、と私は考えています。というのも、軍事安全保障で言うところの「敵の殲滅」は経済では不可能だからです。仮に相手国の半導体産業を完膚なきまでに叩き潰したからと言って、別のところから輸入すれば事足りてしまう。経済的手段のみによって相手を抹殺したり、戦意を挫くことはできません。

そのため、「経済安全保障」はあくまでも「守り」であって、「攻め」の意味は持たない。「攻め」の意味を持つのは「エコノミック・ステイトクラフト」、つまり「対外政策の目的を達成するために経済的手段を用いること」です。私はそこは分けて説明するようにしています。

――自由貿易を一部とはいえ断ち切ろうという流れになったのは、中国の台頭が主な理由ですか。

【鈴木】いま改めて焦点が当たっているのは、一つにはコロナ禍で多くの人が「マスク不足」を経験し、国際的にも中国の「マスク外交」「ワクチン外交」が取りざたされたからでしょう。

本来、「政治が経済に介入する」のは、「自国の産業を守るため」、つまり自由貿易に対する保護主義の観点でした。一方、中国は、「相手国に攻撃するために政治が経済に介入し、経済を武器に使う」ことをあからさまにやるようになりました。今回のコロナ禍で中国は自国民のワクチン接種分を減らしてでも、ワクチンを外交に使い「これが欲しければ台湾との国交を断つべし」と相手国に迫ったのです。

国際情勢を見れば2001年のWTOへの中国の参加が大きな転機で、これによって中国はグローバルサプライチェーンの大きな部分を占めるようになりました。一方で近年、米中はイデオロギー的、軍事的に対立することになり、切り離しが画策されている現状があります。トランプ政権はコロナ以前から米中対立を激化させていましたが、バイデン政権もその流れを基本的には踏襲しています。

バイデン氏(副大統領時代)と習近平氏(米国務省flickr:2015年)

政治と経済は「分けるべきものではない」

――中国による「経済を武器に政治・外交を動かそうとする」攻撃を日本が体験したのは、2010年、尖閣沖中国漁船衝突事件で中国人船長を逮捕・拘束した日本政府に対し中国政府が釈放を要求するとともに、レアアースの対日禁輸に踏み切った事例でした。

【鈴木】これはまさにエコノミック・ステイトクラフトで、禁輸という経済的手段をもって、船長の釈放という政治的意図を達成しようとしたものです。当時の中国の対抗手段は、自分の経済の安全を守るために取ったものではないため、「経済安全保障」とは言い難いですよね。

――当時、レアアース禁輸に対して日本側は「衝突事件とは全く無関係の経済的手段を使って圧力をかけるなんて、中国は卑怯だ」という反応だったように思います。「外交のために経済を使うな」と。

【鈴木】いや、むしろ私は政治と経済を分けるべきだという考え方のほうが間違っていると思っていました。いずれも国家のパワーですから、中国が経済的な力を持つにつれ、それをいかにして対外的な力と結びつけるかを戦略的に考えるのは当然のことだと思います。

米中対立が抱える「大きな矛盾」とは

――国際社会の流れの中で、日本でも「政治と経済は別だ」とは言っていられなくなった。相手も使ってくるのだから、こちらも少なくとも対抗はしなければならない。しかも米中対立がその中心にあるのですね。

【鈴木】今は「米中新冷戦」とも言われますが、「米ソ冷戦」とは大きく違います。当時のアメリカとソ連はもともと経済的に分断されており、イデオロギー、軍事、経済のすべてが隔絶した、二つの世界が存在していました。だからココム(対共産圏輸出統制委員会)などの規制もうまく働いたのです。

ところが現在、米中の経済は完全につながってしまっています。そのため、市場を二分するのではなく、半導体や蓄電池など重要品目だけはデカップリングしようということで、サプライチェーンを見直している最中です。

しかしアメリカがいくら「デカップリングだ」と言っても、それはあくまでも「上半身」の話。上半身で政治的に喧嘩してはいても、「下半身」である経済は一体化している状況ですから、米中対立はものすごく大きな矛盾を抱えています。

その米中対立の矛盾を、なんとか制御可能な範囲でとどめようとしている。それがこの「経済安全保障」がより強くクローズアップされ始めた背景と言えるでしょう。

#2に続く

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