追い込まれるトヨタ、攻めまくる日鉄 〜 仁義なき“チャンピオンバトル”の行方
価格交渉の激化、特許侵害訴訟...影を落とす経済安保の時流(編集部より)価格交渉の激化に始まり、特許侵害訴訟へ--。ついに法廷闘争にまで至ったトヨタ自動車と日本製鉄の確執。自動車業界を長年取材してきた井上久男さんが、ここまでの経緯を改めて解説しながら、どちらかといえば、トヨタに世論の分が悪いと見る背景に迫ります。

トヨタ有利だった価格交渉で異変
日本の経済界を代表する2社、トヨタ自動車と日本製鉄(日鉄)が激しいバトルを展開している。
まずは自動車用鋼板を巡る激しい価格交渉だ。トヨタは今年8月、下半期に購入する鋼板価格を1トン当たり約2万円値上げすることで日鉄と合意したが、日鉄側が「値上げを飲まなければ供給を停止する」などと迫る近年稀にみる激しい交渉だった。
トヨタと日鉄の価格交渉は「チャンピオン交渉」と呼ばれる。両社の交渉による妥結価格が自動車業界における鋼材価格の相場を形成するからだ。トヨタは、下請け企業が使う鋼板まで一括して調達するため、妥結価格は「集中購買(集購)価格」と呼ばれる。
これまでトヨタは一括調達による量の多さをバックに値下げを求めてきた。これに対し、日鉄を含めた国内の鉄鋼業界は過剰設備による供給能力が過多状態にあったため、トヨタの要求を飲まざるを得なかった。トヨタのバイイングパワーで日鉄を押さえつけた結果、「トヨタの集購価格が世界で最も安い鋼材価格」とまで言われるようになった。
原材料費デフレの時代は、鉄鋼業界はそれでも何とかやっていけたが、原油に加えて鉄鉱石が値上がりし、原材料費インフレの局面になると、トヨタの集購価格では収益が出づらくなった。さらに鉄鋼業界もカーボンニュートラルが迫られているため、「水素還元方式」などにより二酸化炭素の排出を抑制した製造手法の開発投資に大きなコストがかかるようになった。

「鬼」の日鉄社長による逆襲
ところが価格交渉でトヨタ優位の流れの潮目が変わり始めたのが、2019年からだ。同年、新日鉄住金から社名変更して新生「日本製鉄」の誕生と同時に社長に就いた橋本英二氏は、これまでの社長と違って価格交渉を営業部門に任せず、社長直轄マターとし、重要経営課題の一つに掲げてトヨタに値上げを強く迫り始めた。
この橋本氏は業界では「仕事の鬼」「けんか上手」などと評され、巧みな交渉術を持つ経営者だ。輸出畑が長い国際派でもあり、提携先のブラジルの製鉄大手ウジミナスの担当の時には、「あんな手ごわい日本人はみたことがない」と外国人経営者に言わしめたほどだ。
橋本氏は価格交渉でトヨタを徹底的にやり込んだ。2万円の値上げは最低ラインで、来年以降はさらに値上げを要求すると見られている。「集購価格」とは別に、特殊鋼など購買量が少ない鋼材は下請け企業と日鉄が市況価格をベースに価格を直接交渉するケースもあるが、ここでも日鉄は「トン当たり1万数千円の値上げを飲まなかったら供給を止めると迫っている」(トヨタ系部品メーカー役員)そうだ。
こうした価格交渉の成果は日鉄の業績に現われ、11月2日に同社が発表した22年3月決算の業績見通しでは純利益を従来予想から1500億円引き上げて5200億円とした。達成できれば過去最高益となる。
橋本氏は、これまで日鉄はトヨタの言いなりの価格で鋼材を納入してきたが、今後は「対等な関係」を構築することを狙っている。
特許侵害でもトヨタの責任追及
日鉄がトヨタを攻めるのは価格交渉だけではない。10月14日、日鉄は特許侵害でトヨタを訴えた。訴訟の内容は、電気モーターの材料となる電磁鋼板で日鉄が持つ知的財産を中国の宝山鋼鉄が侵害し、その特許侵害により宝山が製造した電磁鋼板をトヨタが調達したとして、トヨタと宝山にそれぞれ200億円の損害賠償を求めた。
特許を侵害したとされる電磁鋼板で造った電気モーターは「プリウス」に採用されており、日鉄は販売差し止めも求めている。
トヨタは「材料メーカー同士(日鉄と宝山)で協議すべき事案であると認識しており、弊社が訴えられたことについては遺憾に感じている」などとコメントしているが、知財の分野では、「盗品」とは知らなくてもそれを使えば責任が問われるのが世界標準の考え方だ。仮にトヨタが宝山製の電磁鋼板が特許侵害のものであることを知らなくて使っていたとしても責任は追及されるのだ。

価格交渉、知財訴訟とトヨタ・日鉄という日本の産業界を代表する両雄が激しくつばぜり合いを展開しているが、政財界の見方や世論はどうもトヨタに分が悪いようだ。
まず、価格交渉については、岸田政権が重要政策に掲げる「分配と成長」とも密接に関係している。サプライチェーンの頂点にいるトヨタが決める資材や部品の調達価格は、下請け企業の経営を左右するため、それが社員の収入にも大きく影響する。国内に自動車関連の就業人口は約542万人と言われるが、そのうちトヨタや日産自動車、ホンダなどの完成車メーカーは20万人程度で、残りは資材・部品メーカー(鉄鋼、非金属、金属、化学、繊維、石油精製、電子部品、プラスチック、ゴム、ガラスなど)や整備工場、ガソリンスタンドなど周辺産業の従事者だ。
トヨタが仕入れ価格の値上げを飲まないから下請けの賃金が上昇しない、といった見方が政財界の一部で強まっている。
トヨタは11月4日に22年3月期決算の通期業績見通しを発表。純利益は過去最高に近い2兆4900億円となる。この決算のニュースを朝日新聞がヤフーに配信すると、決算報道では珍しく約1800件の読者コメントが付いた。トヨタ関連報道ではこれまで、サクラによるものと見紛うようなヨイショコメントが付くことが多かったが、今回は、トヨタ一人がもうけ過ぎ、といったトヨタに対する辛口コメントが多く、世論もトヨタに厳しい視線を送り始めていることが分かった。
トヨタに吹き付ける「経済安保」の風
次に知財訴訟は、岸田政権がもう一つの重要政策と位置付ける「経済安全保障」とも関係している。経済安保では対中国戦略が念頭にあることは間違いなく、機微技術の漏洩対策などを強化していく流れだ。
今回、トヨタが特許侵害の疑いがある宝山製電磁鋼板を使ったのは、「知らなかったからではなく、むしろトヨタと宝山が結託して特許を侵害したのではないか」との見方が鉄鋼業界では強まっているのだ。
こうした見方が事実だとすると、産業界のリーダーが率先して日本の知財を「懸念国」に流出させていたことになり、とんでもない話だ。
鉄鋼業界に限らず、非トヨタ系部品メーカー役員は「日鉄に頑張ってほしい。最近のトヨタは取引をちらつかせて技術提案を要求し、その情報を平気で競合他社に横流ししてこれより安く造れと指示している。トヨタは全く信用できない会社に成り下がったので、日鉄がトヨタにぎゃふんと言わせてほしい」とまで言う。
トヨタ、日鉄ともに日本経団連の会長を輩出する企業であり、日本の財界を引っ張ってきた。その両雄の激突は、日本の産業界の動向に影響を与えるのは必至で、その展開から目が離せない。
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