日本の投資家も関与?米国が「緩和縮小」見通しも長期金利が下がるワケ
金利上昇で利益を上げた経験から見えること- 米国で量的緩和縮小の動きも、長期金利が上がらない謎?藤巻健史氏が分析
- 「海外勢が買い」と日経。その背景に、会計方式の違いがもたらす利益チャンス
- 藤巻氏もかつて金利上昇で利益を上げたが、取引は難しい。米長期金利の今後は?
もうパウエルFRB議長は16日米連邦公開市場委員会(FOMC)の会見で、量的緩和策縮小の議論を始めたことを認めた。市場予想よりタカ派的な発言で。米10年債利回りは1.49%台から1.59%台へ上昇した。予想より早い金利上昇なら長期金利が上昇するのは当然の動きだ。ところが翌17日から18日にかけて10年債利回りは1.43%台へと下落した。
6月21日の日経新聞(電子版では20日夕方)では、これを「一昔前に『謎』と呼ばれた現象が米国債市場で起きている。金融緩和の修正が意識されているのに、長期金利が上がりづらくなっているのだ」と解説している。この記事によると、長期金利上昇を抑えているのは海外マネーだという。「ゴールドマン・サックスの試算では21年の米国債の最大の買い手はFRBの約9600億ドルだが、それに次ぐのが海外の約8000億ドルだ。米家計や投信・投資顧問、年金はそれぞれ2000億~3000億ドルにとどまる」そうなのだ。米国債は主要国では金利が突出して高いので海外勢の資金が魅力を感じて流れ込んでいるというわけだ。
簿価会計と時価会計の相違?
この分析を読んで思い出すのは、JPモルガンが簿価会計から時価会計に完全移行する契機となった出来事だ。ドイツで景気が急回復して誰もが今後、長短金利が急上昇すると予想されていた時(もう時効だと思うので書くと)、フランクフルト支店の国債トレーダーが大量に長期国債を購入した。長期金利が上昇すると値段が下落するわけだから、このトレーダーは今後値段が下落するのがほぼ明白だったものを「爆買い」したわけだ。理にかなっていない。
ところがしばらくの間、短期金利は低位安定しており、長期金利より低かったから、長期債を買えば買うほど資金尻益が上がった。その結果、このトレーダーの挙げた収益は半端なものではなく、多額のボーナスをもらった。そしてその直後に彼は辞めていったのだ。トレーダーが去った後ブンデスバンクは市場予想通りに利上げを重ね、短期金利がフランクフルト支店保有国債の利回りよりはるかに高くなっていった。そのせいでフランクフルト支店は大きな逆ザヤで損失を重ね、長年苦しんだのだ。要は、簿価会計ではトレーダーの利益と会社(=株主)の利益が相反してしまったのだ。
その反省に基づき、JPモルガンは簿価主義と決別し、完璧なる時価会計に移行した。その後SEC(米国証券取引委員会)も率先して時価会計を推し進め、米国では、今や簿価会計は前世紀の遺物である。
時価会計になると、金利上昇期には国債を売っておけば、値下がりで大きな利益を計上できる。その結果、ポートフォーリオ・マネージャーも、資金尻益に全く興味が無くなった。JPモルガンで、世界中で最も大きなリスクテークのポジションを取らせてももらった私がそうだったのだからジュニア・トレーダー達も同じだろう。1年間や2年間に稼ぐ資金尻益は金利の上昇(=値段の下落)で1晩か2晩で稼げる。言い方を変えれば、1年間や2年間かけて稼いだ資金尻益は金利の上昇(=値段の下落)で1晩か2晩で吹っ飛んでしまうのだ。
この経験から考えると、景気が回復し、いずれは短期金利も上昇するとわかっているときでも長期債を買う海外勢とは、いまだ簿価会計を採用しているだろう外国政府と、時価会計が徹底していない日本の投資家だと思われる。逆に、米国のポートフォーリオ・マネージャーは長期国債の保有ポジションを落とし、先物等を通じて売り越しを作り大きく儲けるチャンスを狙っているのだろう。
それでも米長期金利は上昇する
金利上昇期に、簿価会計が採用されている機関のポートフォーリオ・マネージャーは苦しい。売り先行で儲けるのは至難の業だからだ。実際、私も、JPモルガンがまだ簿価会計を採用していた時。「伝説のトレーダー」と呼んでくださった会長の前任者に「金利上昇に利益を上げた我が社最初のトレーダー」と褒められたことがある。会長が「わが社最初の」と言ってくださった程に金利上昇期に簿価会計下で利益を出すのは大変なことなのだ。
簿価会計の下、金利上昇期に儲けるために、長期資金を調達してから(=長期債の売却)すぐに短期金利が上昇し、調達金利以上にならねばならない。その結果、長期調達(低い金利)、短期運用(=高い金利)で儲けることが出来る。タイミングが非常に難しい。だから、先に述べたフランク支店のトレーダーのように、どうしても長期債の買い先行で儲けようとする。そして短期金利が上昇するときになって、人より一歩先に売ろうとするが、往々にして人より半歩遅れることになり大損をする。
景気が上昇するときに、国債の需給のみで長期金利が低位に抑えつけられることなどまず無い。あっても一時的だ。設備投資の好機と見た企業の社債発行増や、住宅着工増に伴うMBS (不動産担保融資裏付証券)発行増加に伴い長期金利は上昇していく。国債金利もその動きに逆らえない。景気が今後回復し、将来短期政策金利をFRBが上げていくというファンダメンタルズがある限り、長期金利の下落はごく短期的なはずだ。個人的には米長期金利は今後とも大きく上昇すると思っている。
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