「生物兵器製造に転用できる」…機械輸出で逮捕も「起訴取り消し」の理由とは

【連載】経済安保「不都合な真実」国賠訴訟の弁護士に聞く #1
ライター・編集者
  • 外為法違反容疑で社長らが逮捕も、起訴取り消しとなった事件の「教訓」
  • 「被害」にあった企業の弁護士に連続インタビューで教訓を探る
  • 経済安全保障を推進する上で、浮かび上がる行政、警察の不備とは?

「生物兵器の製造に転用できる噴霧乾燥機を、ドイツ企業傘下の中国の子会社に無許可で輸出した」との外為法違反容疑で、2020年3月、機械メーカー・大川原化工機の社長以下幹部3名が逮捕された。勾留は11カ月に及び、1名は勾留停止中の入院先で、ガンで死去。だが2021年7月、起訴取り消しとなり、現在、大川原化工機が国と政府を相手取る国賠訴訟を提訴している。

一体どんな経緯があったのか。この事件を経済安全保障重視の視点から考えるべく、国賠訴訟の担当弁護士である高田剛弁護士(和田倉門法律事務所)に聞いた。

「軍事転用できる機械を無許可輸出」?

――この事件を知ったのは、「生物化学兵器の製造に転用できる噴霧乾燥機(スプレードライヤー)を無許可で、しかも中国に関係する企業に輸出してトップが逮捕された」という経済安全保障にかかわる文脈でした。その後、「地検が起訴取り消し」という報道を見ましたが、取り消し理由は「法規制に該当することの立証が困難」としか説明されておらず、経緯がよくわかりませんでした。

そのため、「やっぱり特定の技術が軍事転用できるかどうかの判断が難しいから、やむなく取り消されたのだろうか」と思っていたのです。のちに高田弁護士がお書きになった一連のnote記事を読んで、想像以上に入り組んだ事件だった、と驚きました。

高田剛・弁護士(和田倉門法律事務所)
1995年、東京大学薬学部卒業。東京大学大学院薬学系研究科中退後、2000年、弁護士登録。2016年、和田倉門法律事務所設立。株式会社マルエツ社外監査役、東プレ株式会社社外取締役、株式会社見果てぬ夢社外取締役、ノーリツ鋼機株式会社 社外取締役(監査等委員)などを務める。専門は企業法務、情報法・知的財産法、外為法など。大川原化工機外為法冤罪事件の国賠訴訟を担当。

【高田】私はもともと、企業法務が専門なので、事件裁判を担当しても裁判内容を外に向けて発信するようなことはこれまでありませんでした。企業法務において弁護士は「黒子」ですから。

しかし今回は、外為法違反で大川原化工機の大川原正明社長以下、3名が逮捕され、11カ月も勾留されながら「起訴取り消し」となり、その経緯に数々の重大な問題をはらんでいることから、国賠訴訟に踏み切りました。公共的、社会的な意義のある訴訟なので、広く知ってもらおうとnoteで発信したのです。

――こうした事例は、「インスタントコーヒーやカップ麺の粉末スープを作るような『身近な』機械でも、生物兵器が製造できてしまう。だから輸出制限されているのに、それを無許可で、しかも中国と関わる企業に輸出するなんてけしからん!」という話になりがちなのですが、そう単純な話ではない。

【高田】後ほど詳しく説明しますが、規制があるといっても、大川原化工機は「輸出してはダメ」なものを、そうと知りながら無許可で輸出したものではありません。

そもそも輸出規制に引っ掛かる性能を備えた機械ではなかったうえ、出発点である「規制」の解釈自体にも問題があった。警察はそのことを知っていながら、何とかして立件に持ちこもうと無理な解釈と歪めた事実を検察に伝え、事件として押し込んだ。こうした背景があるため、紙面や字数に限りのある新聞などで詳細に報じる難しさは理解できます。

経産省の凡ミスが招いた事態

――note記事を拝読すると、この事件は「輸出規制、という国際的に決まったルールを国内でどう運用するか」という大きなくくりの中で、「監督官庁である経産省の不備」と「外事事件に敏感な警視庁公安部(警察)のごり押し」が合わさって、一企業、その経営陣に非常に大きな負荷がかかった、という構図ではないかと思います。まずは輸出規制の国際合意について教えてください。

【高田】外為法の輸出規制は、国際輸出管理レジーム(大量破壊兵器や通常兵器の不拡散の観点から、国際間の物品、技術等の移動制限について多国間で取り決める安全保障貿易管理の枠組み)の合意を国内法化したものです。生物化学兵器の拡散防止を目的とする枠組みは「オーストラリアグループ(AG)」と言います(参照)。

立件の対象となったスプレードライヤ(L/OCシリーズ)

このAGにおいて噴霧乾燥機が規制の対象になったのは2012年から。それ以前も凍結乾燥機など別な機械の輸出の規制はあったのですが、「噴霧乾燥機」も対象になったのは2012年に北欧のある国が「スプレードライヤーも生物兵器の製造に使われる危険があるので、規制対象にすべきでは」と申し出たことが規制のきっかけです。

AGにおける2012年の合意を、担当官庁である経産省が日本語に落とし込んだ時に、規制文言の用語の意味をよく整理せずに法令を作成していたことが、今回の件でわかりました。翻訳ミスと言ってよいと思います。

――翻訳ミスについて、簡単に説明すると①国際合意では「滅菌(sterilization)」と「消毒(disinfection)」となっているところを経産省による日本の文言では、定義があいまいな「殺菌」としてしまったこと②原文では消毒は「殺菌効果のある化学物質の使用を通じて」すべての微生物の感染能力を除去するものと定義されているのに対し、日本ではこの部分を脱落させてしまっていた、と。

【高田】はい。国際ルールの原文との比較の詳細はnote記事(「国際ルールを”誤訳”していた残念な通達」)をお読みいただきたいのですが、この合意に参加した中で、特に法整備の遅れているトルコを除く40か国すべてが、ルールを原文通り、正しい自国語に翻訳していました。日本だけ翻訳ミスがあったことになります。

ただし、これは2002年に規制が定められた時点の翻訳ミスが、そのまま引き継がれてしまったものです。規制を受ける事業者側からすれば、翻訳が不正確なんて「あってはならない」ミスですが、経産省の担当官もずっと同じポストにいた方ではないので、それ自体を強く責めてもしかたないのかな、とも思います。

許可申請は全国で1社のみ

――ミスが放置されたままで、実際の申請や輸出許可に影響はなかったのでしょうか。

【高田】この噴霧乾燥機の輸出許可は、大川原化工機だけではなく、ほとんどの会社が申請をしていませんでした。唯一、ある会社が、経産省の地方局に電話で「こういう機械を輸出するが、規制要件に該当するのか」と相談したところ、「可能性がありそうなら、一応出しておいてはどうか」と言われて許可申請を出したという、その一件しかありません。それ以外の会社は、国際的な大手企業を含めどこも許可申請していませんでした。そもそも規制要件を見る限り、主として製薬用途の噴霧乾燥機を対象としたものと考えるのが自然だと思います。

――製薬用途の噴霧乾燥機を輸出したのではないにもかかわらず大川原化工機が捜査対象になったのは、「取引先の子会社に中国企業があった」ことが問題視されたからですか?

【高田】外為法では、用途や需要者に着目した「キャッチオール規制」という輸出規制を置いています。これに対し今回の立件は「リスト規制」によるものです。リスト規制とは、法令の定める客観的性能に該当する機械を輸出する場合には、どこの国に対して輸出するものであっても許可申請をせよ、というもので、輸出相手国は関係ありません(参照)。

噴霧乾燥機はリスト規制に関するものなので、相手が誰であれ、機械の性能が要件に該当するものはすべて許可申請を出す必要があります。もっとも、許可申請は通るのが通常です。申請時には相手先企業との契約書などを添付して提出し、経産省の担当官がチェックして問題なければ輸出してよし、ということになります。

y-studio/iStock

警察の虚偽に基づく「揺さぶり」

――そうなるとますます、大川原化工機だけが外為法違反を問われ、逮捕までされた理由が分かりませんね。

【高田】そこには、警視庁公安部の、「立件しよう」という前のめりの姿勢があったのだと思います。大川原化工機は、噴霧乾燥機の部門では国内トップのメーカーです。ここを「挙げ」れば、見せしめとしての効果も大きいと考えたのでしょう。

警察は2017年5月ごろから大川原化工機に対する秘密裏の捜査を始めています。2018年10月に家宅捜索を行い、取り調べを開始。取り調べは実に二百数十回にも及んでいます。その過程で、警察は大川原化工機の役職員に対して「おたくの機械が、あってはならないところから見つかった」と言って揺さぶりをかけていましたが、実際にはそれすら虚偽で、「あってはならないところから見つかって」などいないのです。

実際には「規制の要件を満たしていない」「他のほとんどの企業も許可申請を出していない」機械の輸出であったにもかかわらず、大川原化工機を「外為法違反」で立件しようとした。そのため警察の主張にも相当の無理が生じたのです。

#2につづく

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