「台湾有事は目前なのに……」日本の国防議論を阻害する「平和教育」と「陰謀論者」
櫻井翔が炎上した理由も...3つの問題点とは?- 台湾情勢が緊迫しているのに、日本で国防議論が盛り上がらない理由とは
- 国防や安全保障の話をすると危険人物扱いにされる…などの3つの問題点
- 「冷徹で合理的、そして健全な語り口で、国防議論をすべき」と奥山氏
台湾情勢が熱を帯びている。今年に入って、中国は空軍機を台湾近くの空域に大量に侵入させると、アメリカの専門家たちは次々と台湾有事を警戒するような声明を発表。北京とアメリカの緊張は高まっている。
日本でも安倍元首相がここ数週間で二度ほど「台湾有事は日本有事」と発言したことに対して、北京政府が反発したとのニュースが流れた。
それでも日本の世論における警戒感は少なく、「台湾有事に備えよう」とか「国防費GDP2%を目指そう」という議論はほとんど起こっていないし、メディアも騒ぐ様子がない。
現在、国民から自衛隊への信頼度は80%超と非常に高い(参考)。災害派遣や海外へのPKOやアフリカ沖での海賊対処、そして大規模ワクチン接種会場の設置など、地道な努力の積み重ねの結果といえる。だが、自衛隊が本来担うはずの任務である国防や安全保障に関する議論は、全くといいほど盛り上がっていない。これは目の前の台湾有事の可能性が取り沙汰されている状況と比べても、非常に強いコントラストを描いている。
「国防議論が盛り上がらない」3つの問題
ではなぜ国防論の話が盛り上がらないのか。最大の問題は、そもそも日本国民の間で、そのような議論への関心が薄いという致命的な要因がベースにあるように思える。これはあくまで情報の「受け手」の問題だが、今回はその焦点を「発信者側」の問題として捉えてみたい。
私見であるが、この原因には大きくわけて3つあると考えている。
第一に、国防論の話が専門的すぎる、という点だ。ハッキリ言って、国防や安全保障の問題は、一般の国民(やマスコミ関係者)にとって、難しすぎる。
たとえば専門用語。最近無料で公開された、民間のシンクタンクによる日本の国防・安全保障問題における優れた報告書がある。だが、冒頭から「抑止」「極超音速ミサイル」「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)」など、我々が学校で決して学ばないような言葉が並んでいる。
懲罰的・拒否的抑止、ハイブリッド戦争、信頼醸成措置、能力構築……その筋の専門家たちの間では常に使われる言葉でさえ、一般読者に一見して「専門家たちだけが語るもので、私たち一般人には関係ない」という印象を与えるに十分だ。
つまり日本のような高度な教育システムを持っている国民にとっても、国防や安全保障の話は学校教育の中で排除されているため、そもそも基礎知識がなく、専門的で難しいものという印象しか残らない。ゆえに、当然ながら自分たちの生命や財産のかかった深刻な影響を及ぼすもの、というリアリティを感じられずに敬遠されてしまうのだ。
「戦争=人殺し」…櫻井翔が炎上した理由
第二に、「国防や安全保障の話をする人は危険人物である」という印象がある点だ。
たしかに国防や安全保障というのは、その究極の形である「戦争」や「戦闘」、さらには「軍事」というトピックに直結する話題でもある。そのため、「国防」を語る人が必然的に「戦争挑発者」(warmonger)という印象を受けやすい部分がある。もちろんこれは「日本が総力戦で大敗北し、国を滅ぼした」という特殊な歴史による部分はある。
そもそも今の世代の日本のほとんどの人間は「戦争はいけないこと」であるという学校の教育を受け、社会の雰囲気の中で育ってきた。そのため「戦争=人殺し」と認識してしまう。
たとえば最近、夜のニュース番組でアイドルグループ嵐の元メンバー・櫻井翔氏が、戦争特番のキャスターとして真珠湾攻撃に参加した100歳を過ぎた元搭乗員に取材した。その際、「アメリカ兵を殺してしまったという感覚は?」と質問し、ネットでは炎上した。これなどは、櫻井氏特有の問題ではなく、戦争そのものを忌避して、それが国家の生き残りをかけた政治行為であることを客観的に教えない、もしくは教えられない日本の教育制度の問題ととらえるべきだろう。
こちらが平和を企図しても、相手もそうとは限らない
日本では「平和の大切さ」については何度も教え込まれるが、その平和を誰がどのように維持しており、それをどうすれば実現できるのかについては教えられない。「外交による話し合いが大事だ」と言うだけで、そこで思考停止してしまっている状態だ。
さらにこのような教育では、「相手の存在や意図」は無視される。それが現代の国防の話においても続いてしまう。こちらの平和の意図に関係なく、相手が「命をかけても島や領土を取りに来たい」と考えているという事実は、都合よく無視されるか、そもそも存在しない要素として扱われる。
また「危険人物」というわけではないが、そこからややレベルが下がったものとして、国防や安全保障の話を正面から語る人物は、単なる軍事オタク(いわゆるミリオタ)や変な趣味を持った人間だと見られて、話をまともに受け入れられない、という点もある。
安全保障を「陰謀論」で語る弊害
第三に、国防や安全保障を語る人間は「右翼の民族主義者」であったり「人種差別主義者」であるという印象を与えている点だ。これが最も深刻だ。
やっかいなことに、実際にそのような人物による発信は、ファクトチェックの効かないネットメディアやSNS、そして動画サイトなどの世界では実に多いのだ。しかも困ったことに、彼らは海外のデマ情報サイトやニセ情報にコロッと騙され、事実無根な情報を確認もせずに垂れ流す。彼らによる2020年のアメリカの大統領選における「不正選挙」議論の異様な盛り上がりは記憶に新しい。
さらに最悪なのが「陰謀論」から国防や安全保障を語る人々であり、「ディープ・ステート(DS)が」「イルミナティが」という語り口で、YouTubeなどの動画サイトで主張や説を垂れ流している。
もちろんこのような話はエンターテイメントとして楽しむ分にはかまわないが、政治家を動かす国民や、さらには国の政策を動かす実務者たちには、そのような議論はまともに受け取ってもらえない。
日本で安全保障議論が盛り上がらない3つの理由について述べた。日本は安全保障面で本当に危機を迎えつつある。とりわけその脅威がアジア方面にある今、危機を論じることそのものが人種差別的と誤解されることは何のメリットもない。冷徹で合理的、そして健全な語り口で、国防議論をすべきであろう。日本には健全な国防・安全保障に関する議論が必要だ。
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