全国初の「産科枠」造設で注目 〜 地方の産科医不足は解決するのか

そもそも大学入学時点で診療科を決めるリスクも...
医学博士、医療ジャーナリスト
  • 和歌山県立医大が、県内で産科に従事する医師を育てる「産科枠」設置を発表
  • 全国初の取り組みで話題も、こうした「地域枠」造設の効果はあるのか?
  • 地域枠で入学後も離脱した先例も。大学入学時点で診療科を決めるリスクは?

和歌山県立医大は、4月17日に、県内で産科に従事する医師を育てる「産科枠」を設置すると発表した

同医大は、現状でも、大学卒業後の9年間、県内の中核医療機関でのキャリア形成を義務づける20名の「県民医療枠」があり、それが、令和5年度(2023年度)の入学試験では、A,B,Cの3種類に分け、Aが現状の県民医療枠、Bが産科枠、Cが、県内で特に不足する3診療科(産科、小児科、精神科)に従事する医師を育成する募集枠とすると発表した。産科枠は3名程度の募集とみられる。

こうした背景には、地域の産科医不足があり、和歌山県立医大の産科単独の枠を設ける取り組みは「全国初」とあって大きく報道され、幅広い注目を集めている。

baona /iStock

「地域枠」造設も、定員割れが続く現状

令和2年(2020年)に和歌山県の作成した「和歌山県医師確保計画」によると、医師が主に和歌山市をはじめとする中心部に集まっており、それ以外の医療圏では医師数が少なく、偏在がみられる。こと産科医に関しては、60歳以上の医師が約3割と高齢化がみられ、若い世代では、女性医師の増加が著しい。

また、県内で分娩数は減少しているものの、高齢出産などのハイリスク分娩の割合が増加しており、医師の偏在の地域への影響は大きいようだ。 今回の産科枠造設の背景にあるのがこういった地域事情であり、これは、和歌山県のみならず、同様の事情を抱えている地域は少なくない。

これまで、地域での特定の診療科の医師不足対策として、「地域枠」の造設が行われてきた。地域枠は一般的に、入試の難易度は、地域枠以外の一般受験者よりも劣り、入りやすいとされ、返済不要の奨学金が支給されるケースもあり、入学者への経済的なメリットもある。 ただ、卒業後は一定期間の間(9年間というケースが多い)、その地域の医療機関で働くという義務がある。

また、特定の診療科に進むことが義務づけられている場合には、診療科の選択に制限がかかる。

では、平成20年度(2008年度)に、医学部定員増加に伴い設置され、現在設置後10年あまり経過した地域枠は、これまで、地域の医師不足を解消するのに役立っていたのだろうか。

地域枠で「地域への定着」はできるか?

厚生労働省のアンケート調査によると、地域枠で入学した学生は、そうではない学生と比較して、その地域への定着率は高く、県をまたがない地域枠では、9割程度が地域に定着している(図1)。

ただ、地域枠は、はじまってまだ10年強であり、地域枠の卒業生は、まだ若手医師としてのキャリアを踏み出したばかりだ。現在の地域での勤務が、長期的な定着につながるかは未知数といえる。

地域枠と地域枠以外の地元出身者の定着割合

平成29-31年の臨床研修修了者アンケート調査をもとに厚生労働省作成

一定の役割を果たしているように見える「地域枠」だが、2018年に、奨学金の貸与実績が悪いなどの理由で、定員の充足しないプログラムがいくつもあることが話題になった。

2008年度から2018年度の11年間、47都道府県を対象とした、厚生労働省の「地域枠履行状況等調査」では、11年間で定員が埋まらず、2500人あまりの「定員割れ」が生じていたことが判明した。その後、充足率の悪い「手挙げ方式」(別枠募集ではなく、入学した後で地域枠に応募する)を行わないことにするなど、制度の変更が行われている。

地域枠離脱の理由は「希望する進路との不一致」

地域枠で入っても、離脱するケースがある。これは、入学後年数が経過するごとに離脱率が高まる傾向があり、厚生労働省の調査によると、離脱する理由の第一位は、「希望する進路と不一致のため」だ(図2)。

地域枠履行状況調査をもとに厚生労働省作成

僻地勤務などの地理的要因が大きな割合をしめているように見えるが、募集枠により診療科が産科1本に絞られる場合、他の診療科に興味がわくケースも出てくるだろう。

筆者の実体験と照らし合わせても、大学入学時点で診療科を決めるのは、かなりリスクのある選択だ。大学入学時点で、医師の仕事について正確なイメージを持てる人は殆どいない。

医学部を卒業し、2年間の初期研修を経て選んだ専攻ですら、「やってみたら合わなかった」と、その後進路変更する人も決して少なくはない。特に、ハードワークで訴訟リスクも抱える産科については、募集の時点で、学生に対する真摯な説明が求められるのではないだろうか。

 
医学博士、医療ジャーナリスト

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