ウクライナへの対艦ミサイル供与で、小麦と世界経済が動く!

ロシアから黒海の「制海権」奪回 切り札に
  • ロシアの黒海制圧でウクライナが小麦輸出できず世界的な価格高騰に
  • ウクライナにアメリカなどの新しい対艦ミサイル「NSM」供与か
  • NSMでロシア海軍を後退、ウクライナが制海権を奪回できれば…

今回のウクライナ軍による地対艦ミサイル配備で、ロシア海軍は100kmの後退を余儀なくされた。西側諸国からNSM長射程対艦ミサイルの供与が検討されている。供与が始まれば黒海を封鎖中のロシア海軍の水上艦艇はほとんどの活動を逼塞させられ、小麦の輸出の再開も始まるだろう。

(文・蓮見皇志郎、監修・部谷直亮、構成・SAKISIRU編集部)

黒海にあるウクライナの主要港湾オデッサ(graphixel /iStock)

後退したロシア海軍

ウクライナ海軍司令部は6日、黒海北西部に位置していたロシア北海艦隊がウクライナ沿岸部から100km以上後退したと発表した。背景には、デンマークがウクライナに供与したハープーン地対艦ミサイルがある。

ハープーンはアメリカが開発した対艦ミサイルで1977年から運用が開始された。30か国以上に採用され、海上自衛隊の護衛艦や哨戒機にも搭載されている。射程は100~200km。速度はマッハ0.85(1040km/h)。しかし今の対艦ミサイルと比べて射程も速度も劣っており、レーダーに映りにくいステルス性能を有しておらず、これからの戦争には通用しにくい。

オデーサにハープーン(射程200km)配置した場合の地図 

しかしなぜロシア海軍がそのような対艦ミサイルを警戒して後退したのか。要因として4月14日のネプチューン対艦ミサイルによるスラヴァ級巡洋艦「モスクワ」の撃沈が挙げられる。  

ネプチューンはウクライナが開発した対艦ミサイルで、射程は300km、速度はマッハ1(1,225km/h)。しかし去年の3月から配備を始めたばかりで、在庫は多くないと思料される。こうした背景により、ウクライナは西側諸国に対艦ミサイルの供与を求めたわけだ。 

スラヴァ級巡洋艦「モスクワ」は、旧ソ連時代の1982年の暮れに就役し、今回のロシアによるウクライナ侵攻では艦載する射程200kmのS-300F 対空ミサイルで広域防空艦として他のロシア海軍艦艇やズミイヌイ島の占領部隊に防空の傘を提供していた。  

黒海にいた唯一の広域防空艦を失ったロシア海軍は、ハープーンでさえ迎撃できない可能性がある。再び艦艇が撃沈された場合、国民の士気や戦意に関わるので後退したわけだ。  

西側供与NSMで露海軍さらに後退か 

ロイター通信によると、アメリカとノルウェーの政府関係者がNSM対艦ミサイルの供与を検討している。  

NSMはノルウェーとアメリカが共同開発した対艦ミサイルで、ノルウェー海軍が2012年から運用を始めた。射程は低空飛行ならば200km、高空飛行ならば500km、速度はマッハ0.7~0.95(857km/h1163/h)、ステルス性能を有する他、レーダーに映りにくい低空飛行に優れているので、発見されにくい。 

NSM(アメリカの開発会社レイセオン社からのホームページから)

NSM(射程500km)をオデーサに配置した場合の地図

黒海の半分を占める射程を持つNSMの運用が始まった場合、ロシア海軍は被害を避けるためにさらなる後退を強いられる。つまり黒海北西部の水上における制海権を大きく喪失する。 

ミサイルが家計を救う?  

現在、ウクライナは制海権を握っているロシア海軍による拿捕や撃沈を警戒して穀物を輸出できない状況だ。 

実際に侵攻開始直後、バングラデシュ船がミサイル攻撃を受けたこともある。(ウクライナかロシアのミサイルかは不明) 

ロイター通信によると、ウクライナの穀物輸出は平時なら月に最大600万tに達するが、黒海が封鎖されていたために輸出が出来ず、4~5月は100万tほどに低迷している。ウクライナ国営通信によるば、黒海封鎖の影響で2500万tの穀物が停滞しており、秋には7500万トンに達する試算が出ている。 

日本も無縁ではない。3月9日、農林水産省は輸入小麦の政府売渡価格を17.3%の引き上げを発表した。家庭用薄力粉が1kgあたり12.1円の値上がり、食パン一斤2.6円値上がりという試算も出ている。日本のパンやうどんやラーメンなどの小麦製品も値上がりしていく公算が高い。 

しかしNSMの供与が開始されれば、ロシア海軍はさらなる後退を強いられ黒海北西部の制海権を喪失するので、ウクライナは黒海の貿易ルートを再び利用できる。 

石油価格高騰やウクライナの小麦生産量42%減で侵攻前ほどの価格には戻らないだろうが、これ以上の小麦価格高騰はないだろう。地対艦ミサイルは家計を救うのだ。 

ただNHKが「ロシア黒海艦隊に巡航ミサイル搭載の潜水艦 」を報じるなど、潜水艦と航空機の脅威が残っている。ただしイギリスやトルコを中心に第三国海軍がウクライナ船を護衛することを協議しているので、これが実現されれば潜水艦と航空機の脅威から守られることになる。  

機雷の脅威も残っている。ウクライナ・ロシア両軍が機雷を敷設しており、現在この問題も協議中だが、特定の航路だけの掃海が必要だろう。しかしそれでも今回の地対艦ミサイルの供与は小麦価格上昇への大きな牽制になるだろう。 

日本への教訓

そして本件の意味することは、現在の小麦価格だけではない。さらに巨視的な視点でみれば、日本への教訓も大きい。 

今回のウクライナの試みは、ウクライナ版のA2/AD評される。A2/ADとは接近阻止・領域阻止を意味する中国軍のコンセプトだ。これは台湾有事に際し、米軍の来援する戦力を近づけず、在日米軍を壊滅させる手段とする構想だが、その中には対艦ミサイルによる米海軍の接近阻止と撃破が含まれる。  

中国やウクライナだけではなく、本邦も重要なシーレーン上にある南西諸島に対艦ミサイルを配備して日本版A2ADを形成しようとしている。その際も中国軍がシーレーンへの妨害を展開することは明白だ。今後、A2ADは軍事だけではなく、経済的観点でも考えていく必要がある。軍事と経済は不可分なのだ。 

 

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