食料価格高騰!日本の食糧安全保障を危機に追い込む「甘い想定」

戦略学の視点から日本が学ぶべき2つの教訓
地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員
  • ウクライナ危機で食料価格が高騰。商社出身の有識者が驚くべき見解
  • 「投資で恩を売っておけば…」透けて見える日本政府関係者の甘い想定
  • 「勝手な思い込み」が事態を深刻に。戦略学的に日本が学ぶ2つの教訓とは

今回のウクライナ危機で小麦をはじめとする食料などの値段の高騰は、我々にも日々の生活の中でそろそろ実感されてきたところだ個人的には井村屋のあずきバーの値上げにショックを受けている

そのような中、先日の日経新聞に、大手商社・丸紅出身で「資源・食糧問題研究所」の代表をつとめる柴田明夫氏のインタビュー記事が掲載された。彼は「日本は食料安全保障を十分に確保しているといえるのか」という記者の質問に対して、次のような驚くべき返答をしていた。

戦争前、小麦の一大輸出基地だったウクライナのオデッサ港(撮影は21年8月 elena_larina /iStock)

「投資で恩を売っておけば…」甘い想定

「政府は海外市場に貢献すればするほど、日本の食料安全保障を強くできるという考えを持っていた。平時は途上国の経済成長に貢献し、緊急時に優先的に日本に向けてもらうという考え方だ」

つまり「日本が途上国の経済に投資して恩を売っておけば、危機になったときにそのような国が日本に農産物を積極的にわけてくれるはずだ」と日本の政府関係者たちは想定していたということだ。

ところがすでにニュースになっているように、近年の気候変動、異常気象などの影響もあって、世界の食糧生産に劇的な変化が生じている。もちろん生産国である各途上国はここ最近になって一斉に海外への輸出を制限しはじめており、前述の柴田氏もこう述べている。

「コロナ禍やウクライナ危機で価格が先高になれば、生産国は輸出を制限しだす。決して日本を優先するわけではない

当然の結果だが、なぜ日本は「恩を売っておけばいざという時助けてもらえる」などと甘い想定をしていたのだろうか?

「甘い」と批判することは簡単だが、実はこれは洋の東西を問わず、リーダーが戦略的な決断をする際に陥ってしまいがちな間違いであることがわかる。以下で2つの例をあげて考えてみたい。

「勝手な思い込み」が事態を深刻に

甘い想定をしてしまう第一の理由が「ミラー・イメージング」というものだ。これは判断をする側の人間が、相手に自分の考えを投影し、「自分もこうだから相手もこうするはずだろう」という勝手な思い込みを元に誤った判断をしてしまう現象のことだ。

インテリジェンスに関する分野や国際関係論の分野では、1960年代初期、後に子供の心理学の研究者として知られるソ連出身のアメリカの学者ユリー・ブロンフェンブレンナーが、当時の米ソ関係において政策決定に重大な間違いを起こす要因の一つとして挙げた概念である。

米ソの場合は、両政府の人間が、自分の想像力や組織的な都合から相手を必要以上に脅威に見てしまうことが指摘されていた。これは悲観的な勘違いによって、米ソ冷戦のような深刻な事態がますます深刻化するという危険につながる。

ところが逆に楽観的な勘違いもある。上記の日本の場合がまさにそれで、「自分たちも恩を感じたら相手を助けるはずなので、途上国も同じことをしてくれるはずだ」という、いわばポジティブな勘違いにつながったと想定できる。

能天気であったといえばそれまでだが、これと似たような判断の間違いは日本特有の話ではなく、アメリカの戦略を考えるブレーンたちの間でも起こっている。

「中国はアメリカの脅威になるか?」論争

甘い想定の第二の例として参考になるのが、アメリカを代表する国際政治学者と戦略家が2005年に「フォーリン・ポリシー」という外交誌で行った、誌上討論という体裁をとった議論の内容である。

その時の議論のテーマは「台頭する中国はアメリカに脅威になるのか」。そこで展開された討論が実に印象的だったので簡単にご紹介したい。

まず一方の論者であるジョン・ミアシャイマーは、シカゴ大学の名物教授だ。最近は「ウクライナ戦争の主な原因は西側諸国にある」という議論を展開して話題になった(参考)。

「大国は安全を求めて拡大する」とする「攻撃的現実主義」(オフェンシブ・リアリズム)という彼が確立した論理は、英語圏の国際政治の学徒たちの基礎知識となっている。

ブレジンスキー氏(左)とミアシャイマー氏Bunker_by, CC BY-SA 3.0Mearsheimer CC BY-SA 3.0

もう一方のズビグネフ・ブレジンスキーは、ポーランド出身の学者であり、カナダからアメリカに移って実務家・戦略家として活躍した人物だ。1970年代後半に1期だけで終わったカーター政権における安全保障担当補佐官をつとめて有名になった。

2017年に亡くなっているが、その直前までメディアなどで中東や欧州に対するアメリカの対外戦略について、実務経験者の立場から積極的に発言していた。

この2人の有識者による討論の全体的な構図としては、中国の台頭は経済面だけになるとするブレジンスキーに対して、ミアシャイマーが自身の理論を元に「中国は安全を求めるが故に、いずれアメリカと熾烈な覇権争いを目指す」と反論するものであった(参考)。

大事なのは「今」ではなく「未来予測」

とりわけその中でも興味深かったのが、2005年当時にブレジンスキーが訪中し、北京の指導者たちと直接話をしたときのエピソードを議論に使った個所だ。「彼らの台湾に対する態度は、表向きよりはずっと慎重であり、北京はアメリカに軍事的に挑戦する気はなく、当分は経済成長に集中するように見えた」とコメントしている。

ところがミアシャイマーはそれに対する反論として、

「たしかに経済に集中しようとしているのは事実かもしれないが、将来を考える際にはほとんど関係ない。なぜならここで本当に重要なのは、中国の指導者や国民が2025年の時点で台湾についてどう考えているかという点だからだ

と、2005年当時の北京の政策担当者たちの考えは、今後の中国の態度を占う上では全く関係ないと述べた。

では何が重要なのか。ミアシャイマーは「未来を予測するための理論である」という。つまり自身の理論の元となった過去の大国の侵略的な行動、例えば両大戦前のドイツや第二次大戦の時の日本のように、経済的な損得を度外視してアメリカに対して軍事的な挑戦をしてきた国々の例を挙げて「中国もいずれ米国の覇権に軍事的に挑戦するようになる」と主張したのだ。

この討論の判決はどうなったか。2010年前後から中国のGDPが日本を追い抜いたこともあって、中国の台頭は平和的ではないことが徐々に明らかになってきたことを踏まえれば、結果的にミアシャイマーに軍配が上がったことになる。中国の台頭は明白な脅威となったからだ。

その後、ミアシャイマーが2014年に来日した際、私は彼から直接この誌上討論の結果を聞いたことがある。2010年頃にある会合で会ったブレジンスキーから、こう言われたという。

「ジョン、あの時の誌上討論だけと、結果的に君の意見のほうが正しかったな」

日本が得るべき2つの教訓

pdress /iStock

もちろんこれはミアシャイマー自身の、よくできた作り話である可能性もあるが、仮にこの話が真実であったとすると、私はここから簡潔に2つの教訓が得られると考えている。

1つは、ミアシャイマーのように、目の前の現実に引っ張られずに、その先がどのようになるのかという長期的な視点にたった悲観的なシナリオ(や理論)も、平時から真剣に検討しておくことだ。

冒頭の例でいえば、日本政府は「危機になったときでも途上国から農産物を分けてもらえることなどありえない」という意見を大切にして、農業を国家安全保障問題として粛々と国内生産を高める態勢だけは残しておく。常に政策の前提を疑えるようにしておくのだ。

もう1つは、その時に下した最適解のような決定も、時間がすぎて状況が変われば一気にそのメリットが消し飛んで大災害を引き起こす可能性があるので、柔軟に対応できるような組織にしておくということだ。

そのための第一歩は、ブレジンスキーのように戦略判断の間違いを認め、新たな政策を打ち出して実行することだろう。

インフレ等で世界経済の景気後退もささやかれていることもあり、日本政府には残されている時間はほとんど無いと言っていい。他人事ではないが、善戦を祈るのみである。

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地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員

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