中国が狙う韓国の島とは?火の手が上がるのは台湾・尖閣だけではない!

中国が目論む黄海「内海化」戦略
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 中国の台湾侵攻への関心が高まる裏で、韓国との地政学的な紛争リスクが存在
  • 韓国が実効支配する黄海上の白翎島に、中国が存在感。黄海の「内海化」狙い
  • 米政治学者「大国同士の激突は、思いがけない場所での小競り合いから」

見落としてはいけない「紛争勃発の可能性」

先月開催された日米首脳会談の後の共同声明で台湾情勢が盛り込まれたことは、日本でも大きく報道されたのでみなさんの記憶にも新しいところだと思う。

日本でも数年前から習近平政権による台湾侵攻に関する関心が高まっており、『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』(新潮新書)など、その可能性を扱った、実に優れた本も続々と出版されてきている。

だがその一方で、われわれが見落としがちなのが、韓国(+米国)と中国の地政学的な紛争の勃発の可能性だ。

Oleksii Liskonih/flickr

黄海でも起きていた「中国漁船衝突事件」

そこで紹介したい興味深い記事がある。ブルームバーグの韓国系のコラムニストであるイ・ジョンホが、2021年5月4日に発表した意見記事(China’s New Flash Point With U.S. Allies Is a Hotspot for Spying)だ。

この内容を要約すると、次のような内容である。

  • 韓国が実効支配している白翎島(はくれいとう)は、従来は北朝鮮監視のための拠点であった。
  • ところがこの黄海にある島のそばで、近年は中国の漁船が大量に来るようになり、去年の12月には人民解放軍の軍艦が通過して、韓国の軍事関係者を驚かせた。
  • 北京は2013年にこの海域で「海洋作戦地域」(AO)の境界線を設定し、それから黄海での活動を活発化させている。
  • 2016年にはこの海域で操業していた中国の漁船が警戒活動をしていた韓国の沿岸警備隊の巡視船に突っ込んで沈没させる事案も発生している。
  • 近年の中国は南シナ海だけでなく黄海の支配権を確立しようと動いている。
  • 白翎島の5000人いる住民たちは、中国の動きを恐れて文在寅大統領にさらなる行動を求めている。

要するに、北京が黄海を完全に「内海化」しようと動いており、その近くを実効支配している韓国が警戒感を高めているというのだ。

中国にとっては「目障りな島」

この地政学的な状況について、本稿では以下の3つのことを指摘しておきたい。

第一が、この記事で焦点となっている「白翎島」の地理的な位置とその戦略的な意味合いだ。

実はここは、北京にとっての海の出口にある、戦略的に極めて重要な場所だ(下記GoogleMap参照)。

といってもその戦略的な重要についてなかなか実感がわかないのと思うので、一つのたとえを使ってみたい。それは、北京と東京の地理的な状況と比較することだ。

スケールは違うのだが、日本の首都の東京と東京湾と浦賀水道の関係は、中国の首都の北京と黄海(渤海+西朝鮮湾)と渤海海峡の関係にたとえることができる。

このように考えると、日清戦争の激戦地となった威海衛はさしずめ羽田や川崎にあたり、旅順などがある遼東半島は、千葉の富津岬にあたる。

すると、中国の首都である北京という位置から見た「韓国」は、日本の首都である東京から見て、千葉県(朝鮮半島)の南端にある「南房総市」にそのまま当てはまるといえる。

そして記事で話題になっている「白翎島」は、日本でいえば韓国にあたる南房総市のすぐ北側の東京寄りの海に浮かぶ、鋸南町の「浮島」にたとえられるのだ(下記GoogleMap参照)。

「南房総市が敵国の同盟国であり、しかもその先端は浮島にある」と考えると、日本政府に当たる北京にとって、その島の存在がいかに戦略的な位置にあるのかが、われわれ日本人としても実感できるだろう。

ちなみにこの湾と海峡と首都の関係において、日本では海上自衛隊の館山航空基地がその位置づけに近い。もちろんこの基地は日本海軍によって首都防衛のためにつくられたものだが、その戦略的な位置関係は北京にとっての(敵側が抑えている)白翎島のそれに近い。

白翎島(インチョン広域市サイトより)

黄海を支配下に 中国の強烈なインセンティブ

第二は、大国にとっての「内海」の重要性だ。

中国のような大国というのは、原則として周辺にある地域や海域に、他の大国が関与してくるのを異様に嫌う。

そして歴史的にも、そこに他の大国が関与してきたら強制的な排除に動いてきたことは、アメリカのカリブ海の例を見るまでもなく実に豊富にある。

月刊『ウェッジ』2021年6月号でも「押し寄せる中国の脅威 危機は海からやってくる」とする特集を組んでいるが、中国にとっては「(日本を含む)外国の列強の軍隊は渤海海峡を通って北京にやってきた」という記憶がある。そのため、中国が黄海を完全に支配下においておきたい、という強烈なインセンティブをもっていることは想像に難くない。

それはいわば日本にとっての東京湾の支配であり、支配するうえで邪魔になるのが、南房総市が支配している浮島だ――というように、中国は白翎島をとらえているのだろう。

もちろん南房総市やそれ以外の千葉(=韓国)を完全に支配するのは無理だとしても、せめて南房総市とその支配下にある浮島を無力化しようとする東京(=北京)の動きは、戦略地理的な位置関係としては「理解」できるものだ。

紛争の火の手は思いがけない場所から

第三が、紛争の発火点としての可能性だ。

ハーバード大学のグレアム・アリソン教授は日本でも話題になった『米中戦争前夜』(ダイヤモンド社)という本の中で、歴史的に見ると既存の大国と新興する大国が衝突し、大戦争になる確率が高まることを「トゥキディデスの罠(わな)」と表現し、現在の米中の対立もこれに当てはまるとして警告を発した。

もちろんアリソンは「米中衝突が必ず起こる」と言っているわけではないのだが、彼が歴史から導き出した一つの示唆として興味深いのが、

大国同士の激突は、思いがけない場所での小競り合いから始まる

としているところだ。

米中の衝突のきっかけとしては、日本では台湾危機や尖閣事案、さらには南シナ海案件が注目されやすい。

だが我々は、この韓国vs中国の焦点となる「白翎島」の存在も、次の危機の発生する可能性の高い場所として注目していくべきであろう。

もしアリソンのこの分析が正しいとすれば、白翎島のような注目されない場所からも火の手が上がるかもしれないからだ。

 
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授

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