60年ぶり百貨店ストライキの本質、「そごう・西武」紛糾劇に見る日本の“お気持ち資本主義”
処理水問題と通底する社会構造- 大手百貨店で61年ぶりストライキ、「そごう・西武」紛糾劇の本質は?
- 労組に「判官びいき」報道、資本主義よりお気持ち優先な日本社会
- 労組と上がらない賃金の相関とは?日本の社会に何が足りないのか
セブン&アイHDが、傘下の大手百貨店そごう・西武の米系投資会社フォートレスへの事業譲渡に動き出したことをめぐり、雇用継続への懸念から反発したそごう・西武の労働組合が8月31日、西武池袋本店でストライキに踏み切った。
日本の大手百貨店でのストライキは61年ぶりということで注目されたが、ここまでに至る経緯を見ると、要所要所で市場メカニズムが機能不全に陥り、福島原発の処理水問題と同じく「お気持ち」優先で問題を先送りにし続けてきた日本社会のありようを象徴しているように思えてならない。

歴史的なストライキの可能性が高まったことを見越し、筆者は先日、労組側がスト権確立を発表した記者会見を取材した。労組側は「売却されること自体を否定的にとらえているわけではない」としているものの、「雇用維持や事業継続の観点から理解・納得できる状態に至っていない」と反発した。
労組の主張に対し、セブン&アイHDは「詳細な資料を示し、誠実に協議をしてきた」と反論。真っ向から見解が対立している。セブン&アイHDの関係者は筆者の取材に対して「表にはまだ出せない内容を含めて売却後の雇用確保や事業計画を説明したが、交渉は平行線のまま。多少の反発があっても首脳陣が売却へ腹を括るしかなかった」と指摘した。労組と会社側は全く折り合いがつかず、ついにストライキが断行された。
マスコミは判官びいきとあってか労組寄りの論調が多い。労組を担当する社会部系だけでなく、数々の企業取材の場数を踏んでいる有名ビジネス誌ですら「家電激戦区の池袋にヨドバシが出店しても計画は難しい」などと、セブン&アイ側の計画を徹底的に酷評した。ひと頃、週刊誌などはコンビニなどでの売り場を抱える流通大手を叩くのは「タブー」と目された時期もあったが、近年、同誌の電子版が堅調に成長したためか、セブン&アイ側に容赦ない論調だったのは、前出の関係者が「昔では考えられない」と困惑したほどだった。

この問題の本質は何か?
しかしそもそも百貨店は、私がかつて過ごした新聞業界と同じく典型的な衰退産業だ。ネット通販の荒波に揉まれつつ、2010年代は業界全体で6兆円の売り上げを横ばいで維持していたものの、コロナで来店が困難となって苦境が鮮明になった。そごう・西武はすでに4年連続の赤字経営で、約3000億円もの有利子負債を抱えている。
セブン&アイHDが売却に踏み出したのは、百貨店事業の切り売りを求める大株主の外資系アクティビストによる圧力の影響も大きかったが、SNS「X」でこの日、ビジネスインフルエンサーの田端信太郎氏が「今さら百貨店が1日閉まったくらいで、ほぼ誰も「迷惑」に思ってくれない!ということが、労使を超えた、この問題の本質では?」と喝破したような事実は、誰も否定できないのではないか。こう書くと会社側の論理に毒されていると反発する人は多そうだが、「フォートレスへの売却が成立しなければ雇用維持も事業継続も極めて厳しくなる」(セブン&アイHDの関係者)のは誰が見ても明らかだった。
昨年2月の1次入札には当初10グループが手を挙げ、3度目の入札までに3グループに絞り込み、その中で最も高値の2000億円超を提示(※)して優先交渉権を獲得したのがフォートレスであり、定評のある駅前店舗開発で西武池袋本店を「蘇生」させようとしたヨドバシカメラだった。(※追記:売却成立後のセブン&アイHDの1日に発表した譲渡額は2200億円の企業価値だったのを、負債を割り引く形で8500万円)
すでにルイヴィトンがヨドバシの店舗計画に反対したようにラグジュアリーブランドが家電量販店と両立できないのは自明の理だが、セブン&アイHDとしては有効な妙策がない以上、他の応札グループよりも高値を提示し、コストとリスクを抱えてでも本気で再生しようというフォートレス・ヨドバシ連合にかけてみるのは経営判断としては仕方ないのではないか。

資本主義よりお気持ち優先
「ヒト」が停滞しているという日本経済の縮図も今回は透けて見える。業界全体が衰運の途上にあり、会社が瀬戸際にもかかわらず、なぜ転職をしないのか…人材市場が流動化しているアメリカ人ならそういう疑問を持つであろう。
かつて凋落したのに余剰人員に悩まされた電機メーカーもそうだったように、日本は労働市場改革が遅れ、金銭による解雇解決もほぼ認めていないために、人材が流動化せず、雇用主も労働者も未来を向いて前に進むのが困難になっている。
しかも今回はセブン&アイHDが売却後の雇用維持まで打ち出しているというから、M&Aが活発なアメリカでは考えられない。もはや資本を手放した後にまで「お気持ち」を優先するような対応は、「普通の資本主義」が機能していない「日本らしさ」すら感じさせてしまう。
地元・豊島区の高野之夫前区長(故人)が法的根拠もないのに、ヨドバシの出店計画に反対し、「今まで築き上げた“文化の街”の土壌が喪失してしまう」との理由で、民間企業同士の事業売買にマイナスの影響を与えたのにも違和感が大きかった。
まちづくりの理想を持つ高野氏の信念を全否定するつもりはないものの、結果として地元世論の「お気持ち」に火をつけてしまった面もあるのではないか。政治家の「お気持ち」優先主義は、原発問題や処理水問題とも通底する。反対派のお気持ちを過剰に慮る部分最適を極大化し、時間と資金を空費して全体最適に程遠くなっている。

日本に足りないものは?
ただ、こう書くと「資本家や企業側の代弁しかしないのか」と拙論に反発する人もいるだろうが、筆者はガチンコの資本主義(あるいは民主主義)が足りないと主張している。
そもそもストライキが少ないこともその裏返しだ。1970年代には年間のストライキ件数が5000件を超えていたが、2021年はわずか65件。80年代以降、労使協調路線にシフトして減少の一途とされるが、欧米の労組が産業別で組織されるのに対し、日本は企業別というのも弱体化した理由だ。これもせめて同じ業界内でヒトが移動していれば欧米並みの強い労組ができやすくなるはずだが、皮肉にも保守的すぎる雇用制度の影響で、「闘う労組」が消えその形骸化を促した側面は否定できまい。
その結果、何が起きてきたのか。折りしもこの日、岸田首相は最低賃金を2030年代半ばまでに1500円に引き上げると目標を掲げたが、英仏独は日本を尻目に1500円を超えて久しい。無論、経済が成長しない日本とのギャップが大きいことが要因だが、労組が過度に弱体化したことは、結果として、企業が労組にビビることなく内部留保を溜め込みやすくなり、日本の賃金を上げなくても済んでしまう構造にもなっていたのではないか。
岸田首相は再分配強化と中間層復活をめざし「新しい資本主義」を掲げているが、むしろ官民ともに時代遅れの構造にメスを入れ切れず、そもそもの「正しい資本主義」がこの国に足りないのではないか。大手百貨店で60年ぶりのストライキは、そんな日本の歪な実態が噴出したシンボリックな事象なのだ。
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