「ドローン前提軍」への転換:防衛白書が示した第一歩

日本にも到達した軍事革命の波
安全保障アナリスト/慶應義塾大学SFC研究所上席所員
  • 正規軍同士の戦いでは世界初のドローン実戦投入について、防衛白書が異例のコラム
  • 岸大臣や防衛省・自衛隊の意気込み。ドローン兵器の心理戦における可能性にも言及
  • 白書では認識の変化が明らかに。「ドローン前提」で日本オリジナルの作戦構想を

今年の防衛白書は表紙に注目が集まっているが、中身で転換点があったことも指摘したい。実は、今回の防衛白書は、近年では珍しい大きな加筆があった。

今回の防衛白書ではコラムにおいて、ドローンが大きな威力を発揮したとされる昨秋のナゴルノ・カラバフ紛争が1頁にもわたり「ナゴルノ・カラバフをめぐる軍事衝突」として特筆された。防衛白書で、最近の紛争(それも日本の国益がほとんど絡まない地域の)と技術革新を結び付けて指摘されたことは、近年では例はない。

異例の加筆だった「ナゴルノ・カラバフをめぐる軍事衝突」(令和3年版「防衛白書」P92より)

白書は実戦でのドローンをどう書いた?

防衛白書のコラムとは、権益の複合するややこしい場所だ。毎年、内局、統幕、陸幕、海幕、空幕などの各勢力がどれだけのコラム数を獲得できるかについて熾烈な争奪戦を繰り広げているからである。その争いが本質的なものであるかどうかはさておき、それだけの群雄割拠する箇所に1頁も割いて各部局の権益と無関係な内容を書き込んだことは、岸信夫防衛大臣や防衛省・自衛隊としての意気込みを感じるところだ。

それでは、その中身を一部抜粋しながら見てみることにしよう。

戦闘では、当初こそアゼルバイジャン側の機動部隊に多くの被害が出たものの、戦局はアゼルバイジャン側に優位に進み、ナゴルノ・カラバフの南部や、これまでアルメニアが占拠していた領土の多くを掌握しました。

その理由のひとつとして、無人機(UAV)の活用が指摘されています。アゼルバイジャン軍はイスラエル製及びトルコ製のUAVを極めて効果的に運用し、これが戦果に大きく貢献したとみられています。

ここで今年の防衛白書は、今回のアゼルバイジャンとアルメニアの紛争において、アゼルバイジャン軍のドローンの使い方の巧みさが戦果拡張に貢献したと指摘する。これは間違いない見解だが、これまでのドローン軽視から一転してドローンの正規戦における役割を認めたのである。

これは後段の「今般のナゴルノ・カラバフでの軍事衝突は、局地戦とはいえ、正規軍同士の戦闘においてUAVが本格運用された初めての例であり」との指摘からも防衛白書での認識は、よく分かる。

アゼルバイジャン軍は、保有する旧ソ連製の輸送機を囮役として大量にアルメニアの防空網に進入させ、飽和攻撃を仕掛けると同時に、イスラエル製自爆型UAV「ハロップ」を投入し、アルメニアの主要な防空アセットであるロシア製地対空ミサイル・システムS-300陣地を破壊したとされています。このようにしてアルメニアの防空網を制圧したうえで、トルコ製攻撃型UAV「バイラクタルTB2」を投入し、敵の地上戦力を破壊したとみられています。

ナゴルノ・カラバフ紛争で同型機が実戦投入された「バイラクタル TB2」(Bayhaluk/Wikimedia)

さらに防衛白書は在来兵器や複数のドローンの組み合わせによる、いわば“コンボ”が重要であったと評価する。惜しむらくは、在来型の火砲や機甲戦力とドローンが組み合わされたことで大きな威力を発揮したことにも触れるべきであった。

ドローンは他の戦車や航空機や歩兵といった兵器システムと同じく、単体と言うよりも、他の兵器システム全般と組み合わさることで、戦術レベルでの勝利と作戦レベルでの可能性を開拓するのである。

アゼルバイジャン国防省が、無人機からの空撮映像をソーシャル・メディアに投稿したことから、その様子は世界中で広く知られることとなりました。

この一文は簡潔かつ明白で良い。ドローンの心理戦における可能性にも言及しているからだ。ドローンはそれ自体がシューターであるということのみならず、高性能な民生カメラによって戦場の様子を後方に高画質で送り、それをSNSに投下することで、敵国のみならず国際世論を打撃を与えたのである。まさに人間の認知領域における戦いでもドローンは有効なのだ。

実際、アルメニア軍はドローンが来ただけで逃げ出す兵士が続出し、大した損傷もないのに放置される装甲車両が続出し、国際世論もアゼルバイジャン有利との空気になったことが、その証左だ。

今回の白書は「ドローン前提軍」への号砲

防衛白書のコラムは、最後に以下のように締めくくる。

今回の戦闘でアゼルバイジャン軍が使用したような攻撃型UAVは、イスラエルやトルコのほかに、中国やイランも製造・輸出しており、使用側に人命リスクがなく、巡航ミサイルなどの攻撃兵器に比べ安価であることから、急速に普及しています。近い将来、あらゆる戦闘において、これらのUAVが使用されることが予想され、各国は様々な無人機を駆使した新たな戦闘様相への対処が求められています。

防衛白書ではドローンの存在が、近い将来にあらゆる戦闘において前提になっていくとまで明記しており、今年に入って一気に踏み込んだということがよくわかる。また、ドローンの優位性をコストの優位性としているのも注目すべきだろう。

ドローンの優位性とは人命においても、価格においても遥かに安価なのである。例えばイスラエル製の自爆ドローンであるハーピーはヘルファイア対戦車ミサイルの7割程度の価格である。同じく同国製自爆ドローンであるハロップは価格は約1億円と巡航ミサイルであるトマホークと変わらないが、攻撃しなければ再利用できることや遠隔操作で偵察を行える点はトマホークにはない利点だ。

※画像はイメージです(Naeblys/iStock)

何よりも現状では対ドローンアセットは政治的にも価格的にも高価だということだ。ドローンを探知する専用のレーダーや音響などのセンサーは高く、迎撃する手段としてもミサイルが高額なのは指摘するまでもない。レーザーの1発あたりは安価だが、本体はそうではない。電子戦も高価なために数が少なく、日本全土に配備するのは不可能だ。しかも周囲に与える電波妨害の付随的被害を考えれば、やたらめったに使えず、ドローンを操作する側が周波数を変えるなり、自律式にされれば意味がない。しかもその妨害電波の対象が対レーダードローンであった場合は、ドローンの餌食となりかねない。

人命という最大のコストについてはいうまでもない。このように、ここまでかつてない認識の転換を防衛白書では示したわけだが、これは岸大臣や防衛省による自衛隊の「ドローン前提軍」へのイノベーションの号砲と高く評価するべきだ。明らかにドローンは従来の戦車や航空機と同じく、存在が欠かせない兵器システムである。だからこそ、ドローンに対する対抗手段もまた必須なのである。

今回の防衛白書で示された認識に基づき、諸外国に比べて遅れている現場での実証―多くの機体を喪失する前提で―といったステップを踏み、ドローンを前提とした日本オリジナルの作戦構想を策定するべきだ。

 
安全保障アナリスト/慶應義塾大学SFC研究所上席所員

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