「引き抜き」巡り、大手コンサル会社と元役員が法廷で全面戦争 #1

会社側「規定違反」VS.元役員側「証拠捏造」
  • 大手コンサルが元役員を相手に退職後に部下を引き抜いたとして1.2億円の損賠訴訟
  • 会社側は役員規定違反を主張も、条項制定時の社長が「記憶にない」と証言
  • 損賠の根拠となる約4000万円の調査費にも疑義。業界内で「嫌がらせ」の見方も

終身雇用の崩壊を背景に、労働市場が流動化することが経済に活力を生むとの見方がある。しかし、より活躍の場を求めて外に行く「個人」と、人材流出が脅威となる「組織」との間ではトラブルも。そんな中、昔から転職が当たり前のコンサルティング業界で密かに注目を集めている訴訟がある。人材流動化時代を占う上で示唆することも少なくないこのバトル。法廷に出てきた証言や証拠を検証し、関係者もつかまえてみると…。

y-studio/iStock

元社長が知らない「引き抜き」条項

7月13日、コンサルティング業界で著名な経営者が東京地方裁判所の法廷に証人として立った。
このような条項を規程に入れた覚えは私の記憶にはありません」。この言葉に、裁判官は目を大きく見開き、証人を見つめた。

証言したのは、現在、四大監査法人系のコンサルティング会社、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(以下EY)で代表取締役を務める近藤聡氏だ。氏は前職のデロイトトーマツコンサルティング合同会社(以下DTC)の社長時代、10年以上に渡って同社を猛烈な勢いで成長させたことで注目された。2018年10月にDTCを退職し、競合のEYに転職してすぐに売上高を40%伸ばしたことでも名をはせた。

そのコンサル業界のカリスマ的存在である近藤氏が証人となった民事訴訟は、氏の側近だったDTC元役員が訴えられた裁判。その元役員が退職後にDTC時代の部下を引き抜いたとして、DTCが1億2000万円もの損害賠償を求めたのだ。

DTCの役員規程では退職後に社員を引き抜いた場合は、引き抜かれた社員の基本給と賞与の合計額の2年分を請求する、顧客を奪った場合はDTC在籍時にその顧客から得ていた売上高2年分を個人に請求するという条項がある。DTC側は、その条項は近藤氏が社長時代に自ら入れたと主張するが、冒頭の証言にもあるように近藤氏は、こうした条項を入れた記憶がないと反論している。

コンサル業界では1つの顧客から数十億円の受注も珍しくない。このため、個人に対して億円単位の損害賠償請求を行うことができる規程になっているそうだ。しかし、この裁判では、この規定の存在自体が争われている。被告側は規定の捏造を主張し、近藤氏の証言自体がそれを匂わせるものだった。最近退職したDTC役員が「(この条項には)承服しかねる」と自筆でサインした文書が、被告側の証拠として法廷に提出されている。

このほかにも、数名のDTC役員が退職時、役員規程の中にこうした条項は無かったはずだとして退職時の誓約書にサインせずに辞めたという。このうちの一人に話を聞いたところ、「DTCは『誓約書にサインしなければ退職金を払わない』と脅してきたため、数千万円の退職金を放棄した」という。

業界で「嫌がらせ訴訟」の見方も

DTCが入居する丸の内二重橋ビル(Kakidai /Wikimedia CC BY-SA 4.0)

DTCではパートナーと呼ばれる役員が出資し、共同経営者と位置付けられている。役員規定を改定する場合には、全パートナー(役員)が出席する会議で、改定の理由と改定の内容が詳細に説明され、同意を得たうえで、社長ら上位階層の役員数名で構成される経営会議で最終決定される仕組みとなっている。

コンサル業界は転職が多い世界。有能な役員が転職すれば、チームごと移ってしまうことは珍しくない。このため、転職に関する規定の改定に際しては丁寧に説明されるはずで、役員はその内容を把握しているはずだ。さらに、DTCではこれまで、規定を改定する場合は、新旧対照表によって何が変わったのかを明示してきたが、今回の改定ではその新旧対照表が存在していない。

そもそも退職した複数の役員が、過去から存在していたとDTCが主張する規定の条項の内容を知らず、経営会議のメンバーだった近藤氏も「その条項を入れた記憶がない」と言っていることからしても、非常に不透明な改定だったと言わざるを得ない。

また、今回の訴訟で被告となった元役員が重要顧客を奪ったり、社内の秘密を持ち出したりしたわけでもない。しかし、訴訟となったのは、明らかに「嫌がらせ訴訟」であり、転職の自由を奪うものだとの見方が業界からは出ている。その元役員は、メディアへの露出が多く、採用活動や企業イメージ向上のために貢献していたため、DTCにとっては退職されたことが「痛手」だったのだ。

「嫌がらせ」のためにDTC側が無理やり裁判をしたのではないかと窺がわせるようなフシは他にもある。それは、被告に対する損害賠償額の根拠の一部とされる、DTCが関連会社にグループ内発注をした調査費用だ。DTCは約4000万円の調査費が発生したとしているが、DTCに対する請求書しか証拠書類として提出されておらず、支払いを明確に証明する書類が現時点で提出されていない。

法廷で被告は「証拠として出されている三井住友銀行の支払い明細には、銀行印が押されていないうえ、請求額と一致する支払い明細も記されていない。本当に支払ったのであれば、三井住友銀行の支払いレコードに請求額と一致する金額が記されているはずだ」と主張。さらに「本当に支払っていれば銀行の印鑑を押した証拠となる支払い明細を裁判用に提出するはずだが、それを出せないということは請求額自体が捏造だ」と論破した。

「捏造疑惑」はこれだけに止まらない。被告が引き抜いたとされる元部下が、社内に混乱を招くべく、被告の指示に基づいて“なりすましメール”を送り付けたという証拠がそれだ。この元部下はホワイトハッカーとして日本でも有名な人物である。元部下は証人としてこう語った。

#2に続く。次回は取材による関係者証言も

 

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