コロナ禍とはいえ、皇室が国民の前にお出ましにならないままでいいのか

八幡和郎氏 連載「ポストコロナ時代の皇室を憂う」#2
評論家、徳島文理大学教授

【編集部より】小室眞子さん、圭さんの結婚騒動の余波で、悠仁さまの高校進学までバッシング対象にされるなど、いまの皇室は前途多難です。2月23日の天皇誕生日に先だって行われた陛下の記者会見でのお言葉に「さまざまな問題を解く鍵が隠されている」と八幡和郎さんは指摘します。

連載「ポストコロナ時代の皇室の憂い」第2回は、コロナ禍で皇族が国民にお姿を直接見せることが激減した問題について指摘します。

宮内庁サイト

コロナで現場でのお姿が激減

最近、私が心配しているのは、皇室の公務という形でのプレゼンスが極端に少ないことである。即位された2019年には各地に行幸されており、皇后陛下の体調に配慮されて大幅に簡略化はされていたが、多くの人と会われている。

ところが新型コロナウイルスが流行し始めてからは、ご進講、関係者の御所での御接見、オンライン視察はあるが、現場を訪れてのお見舞いや激励は皆無で、皇居や御所以外での行事に出席されたのは、国会の開閉会式や戦没者慰霊式典、五輪開会式などごくわずかであって、いずれも都心部だ。

平成の陛下の災害現場などへの頻繁な行幸についてはご立派だったが、現場にとってもたいへんというのにも一理があったし、皇后陛下(雅子さま)の体調を考えれば同等の公務の頻度は難しそうだった。そこで、私は令和の両陛下が同じようにされる必要はないと提案してきた。

現状は、菅義偉・岸田文雄両首相が陛下より高齢でも盛んに現場へ行っているのに、両陛下はじめ皇室のプレゼンスがないのは奇異だ。陛下の記者会見でのお言葉は、医療従事者だけでなく広い範囲の「エッセンシャルワーカーの皆さんが多くの人の日々の生活を支えていてくれることも有り難く思っています。これら多くの方々に心からの感謝の気持ちを伝えたいと思います」と適切な配慮をされている。それだからこそ、どうして、現場へ行って直接、現場視察や直接のお声がけがないのか違和感を感じる

社会福祉法人を「オンライン訪問」される天皇・皇后両陛下(宮内庁サイト)

現場の邪魔になるとかいうが、小康状態などいくらでもあったし、総理などの視察が迷惑でないなら陛下の同様の訪問も問題ない。むしろ大歓迎されるだろう。

東京オリンピック・パラリンピックについては、「大会を無事に終えることを可能にした。関係者の尽力に敬意を表したい」「(選手たちが)力を尽くして競技に臨む姿から、新たな希望と勇気を見いだした」とされたのは適切だが、それならどうして、開催中にせめてテレビ観戦されているお姿を頻繁に報道させるなどして選手たちや国民と喜びをともにされなかったのかと思う。

東京大会の開催を巡って議論があったからそのときは避けたというなら、いまだ、北京オリンピックへの参加に国民がすっきりしていない状況でありながら、肯定的に言及されたのか意図を察しかねる。

皇后陛下の状況については、「コロナウイルス感染症の感染拡大による活動への制約などから、体調を整えにくくなっている面はある」「皇居への移転に伴い、生活環境が大きく変わる中で,自分なりに公務と生活のリズムを整えようと懸命に努力している」「いまだ快復の途上で,体調には波があり、大きな行事の後には,疲れがしばらく残る傾向にあります」とかなり厳しい状況であることを率直に語られている。

皇后陛下の活動量が平成に比べて少なくなるのは避けられないが、それなら、陛下単独、別の皇族とご一緒に、秋篠宮皇嗣殿下ご夫妻をはじめ別の皇族で公務をするように宮内庁は計ったほうがいい。

ところが、東京五輪でもコロナ現場の見舞いでもそうだが、感染により神経質に対処せざるを得ず、皇后陛下が動けないから陛下も他の皇族も対処せず、結果、皇室のプレゼンスが大幅に下がっているのが現実だ。

皇室外交の低調は国益毀損

皇后陛下の外遊は、2006年にオランダにご静養に、2013年に国王戴冠式に出席のために行かれたのが最後であるが、オランダには皇后陛下のご両親である小和田夫妻が住まれていたことで安心していたのだろう。国内の行幸では、急な体調の変化に対応は容易だが、海外ではそういうわけにいかないのが理由のようで、今後とも急な改善は難しそうだ。

宮内庁サイト

だとすれば、両陛下ご一緒に拘らない公務を工夫すべきだし、逆に、それが気分転換になるなら、海外の王族のようにバカンスに海外へ行って息抜きすることを、国民にきちんと説明して実行されたらいいと思う。皇室外交の低調は国益にとっても大きな損失だ

天皇陛下は誕生日の記者会見で、週刊誌報道やインターネット上の書き込みにつき,言論の自由の大切さを話されつつも、「他者に対して意見を表明する際には、時に、その人の心や立場を傷つけることもあるということを常に心にとどめておく必要がある」と仰っている。

その一方、「皇室に関する情報をきちんと伝えていくことも大事なこと」と仰ったものの、事実と違う報道に宮内庁がどう対処するかについては、あえて触れられなかった。

皇室について極端な情報が多い原因は、宮内庁の極端な秘密主義や、新聞・テレビなどが大本営発表しか扱ず健全な批判や是非についての論争をしないからだ。そういうなかで、かつては週刊誌だけが、現在はネットが情報を流し、その真偽が時間をかけて明らかになってくる状況だが、あきらかなトンデモ情報も宮内庁や主要メディアが報道も検証もしないから否定されないまま流布されるし、宮内庁の否定はしばしば信頼できない。

しばしば上皇后陛下が週刊誌の記事を気にされることが話題になるが、それは、両陛下すら何が起きているか、宮内庁からの報告でなく週刊誌に頼っておられると云うことだ。

週刊誌とネットがなければさらに迷走

写真:代表撮影/AP/アフロ

小室眞子さんの結婚については、もし、週刊誌やネットが頑張らなかったら、いわゆる女性宮家が実現し、小室圭氏は“皇族”になっていた可能性が強い。陛下は記者会見で、「結婚に至るまでの状況を踏まえ、納采の儀などは秋篠宮家の判断で、また、朝見の儀などについては。私の判断で執り行わないこととなりました。今後、幸せな人生を歩んでいってほしいと思いますが、同時に、この間、多くの方に心配をお掛けすることになったことを心苦しく思っています」とされている。

この結婚を止めることはできなかったが、眞子さんが一時金を辞退し、納采の儀や朝見の儀は秋篠宮殿下や陛下の意向でされなかったのは、眞子さま個人の婚姻の自由と皇室の立場が良好に調和されたからだった。週刊誌やネットこそが、“現代の和気清麻呂”としての役割を見事に果たしたと言える。

本来は、皇族は子どものときから、芸能人並みとまでは言わないまでも、同年配のスポーツ選手と同等くらいには、肉声が報道されていいと思うし、20歳を過ぎれば完全な公人として扱われるべきだと思う。

皇族時代の眞子さんについての報道でも、あたかも何も知らない無垢な子どものように扱いして小室圭氏に瞞されているといわんばかりの向きが多かったが、現実の皇族はそんなものでないし、成人した方を子ども扱いするのはかえって失礼だ。

(第3回『悠仁さまの今後の「教育」と気になる「お妃捜し」』はこちら)

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